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第二章~自由の先で始める当て馬生活~

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 オーリーが町での用事を終わらせ自宅に足を向けたのは、お昼を大分過ぎてからだった。

 今日は早く帰るように言われていたのに、こんな日に限って何かとトラブルが続き、ようやく解放され家に急いでいるところだ。


 以前であれば、町で夜まで過ごしていたのだから、それから考えると随分早いともいえる。だが、例えクライブの事がなくとも、最近のオーリーは町で過ごす時間をグッと減らしていた。

 仕事を終わらせ友人と二言三言話しただけで、そそくさと自宅へ足を向ける。女遊びもしなくなった。
 友人たちがいくら誘っても酒盛りの場に顔を出さなくなったし、「女か?」と揶揄われれば不愉快だと言わんばかりに眉をひそめた。

 何を言われてもケロッと笑って返すオーリーにしては珍しいと、仲間内で動揺が走ったのはつい最近の事だ。

 どうやら女が居候しているらしいという噂とそれとが結びつくのに、さほど時間はかからなかった。




 自宅へ向かっていたオーリーが異変に気が付いたのは、バイクが展開されている不自然な魔法を検知しアラートを鳴らしたからだ。


 自宅のある丘を少し上った辺りだ。こんな場所に結界を張ったとは聞いていない。


 オーリーは両親からの連絡の内容を頭で反芻したが、やはり結界の事は言っていなかったのだろう。バイクから降りると、右手の中指の黒い指輪を銃へ戻し構えた。


「何も……ない?」


 わざわざ結界を這っておきながら襲ってくる気配がない。とはいえ、間違いと言い切るには胸が騒いだ。


 オーリーは一度銃を下ろし、指輪に戻し


「アイ……」



 一言呟くと、バイクを発進させた。


 だが、その直後だった。奇妙な声が聞こえてきたのだ。強弱のついた独特なシャウト。初めて聞く咆哮と共に枯葉色の何か、スライムが姿を現した。


 そのスライムは恐るべき速度で、オーリーを目掛けて近づいてくる。スライムを避けるため迂回すれば、スライムも合わせて方向を転換させてくる。初めからオーリーが狙いなのは明らかだ。


 初めに見えたのは細長い触手のようなものだった。それが地面を捉えるとアッという間に太く膨れ上がる。ただそこを起点としてまた新たな触手が伸ばされている事から、どうやらそうやって移動しているのだろうと思われた。

 方向転換も無駄な動きは一切ない。オーリー目掛け新たな触手を伸ばせば良いのだ。バイクに乗っていなければ、すぐに追い付かれていただろう。


 やはり初めて見る化け物だ。

 オーリーはバイクの運転を体重移動による操作に切り替え、立ちつつ走らせた。両手で銃を構える。
 しかし、銃口をどこに向けて良いのか見当もつかない。
  いや、それどころか、オーリーにはそれが魔獣なのか人精はのか、弱点はおろかどんな攻撃が有効かすら分からないのだ。

 オーリーは「チッ」と舌打ちし、父クライブに連絡を取った。
 すぐに応答があり、耳にはめた飾りからクライブではなく、母ジェスの声が聞こえてきた。


「どうしたの?」


 オーリが状況を正確且つ手短に伝える。


「あなたはこのまま家に向かって、状況の確認。決して、誰にも手出し無用よ。通信も切らないで」

 極めて冷静な母の声。その後ろからクライブの怒号が聞こえてくる。


「了解」


 か。オーリーは頭の中で反芻し、唇を噛んだ。

 



 その頃エリンとアイナは、イヴを連れて家の奥へ逃げ込んでいた。突如動き出したスライムから逃げる為だ。

 スライムが動き始めた瞬間、自分とスライム間に立つアイナの背中を見て、エリンは不思議な気持ちになっていた。


 スライムの粘液は毒かもしれないからと、アイナは一切二人には触らなかった。結果エリンは一人でイヴを運んだのだが、アイナはその間も敵の攻撃を警戒し二人を守った。

 エリンはアイナのその背中に頼もしさを感じると共に、彼女を守れない己の無力さを噛みしめる。エリンに出来るのは、一秒でも早く安全な場所に移動する事だけだ。それだけが、アイナを守る方法だった。


 オーリーが、スライムに壊された玄関から飛び込んできたのは、エリンがリビングに逃げ込んだ、そのすぐ後だの事だった。


「アイ!無事か!?」


 鬼気迫る。幼馴染の声を聞きつけ、エリンはイヴをリビングの机の下に隠すと、玄関を覗いた。

 二人は恋人じゃない。そう言っていたはずだ。言い聞かせながらドアを開ける。

 だがその先に待っていたのは、意外な光景だった。


「……!?」


 エリンが息を呑む。

 オーリーが意識がない男を足蹴にしつつ、アイナに銃口を向けている。

 一切の表情を削ぎ落したかのように青白い顔。嫌でもオーリーが緊張しているのが分かる。

 一方のアイナはエリンに背を向け両手を上げている。表情は見えずとも、流石のアイナも怯えているのではないか、そう思った。

 アイナは強い。戦闘に慣れている。そんな事、今日出会ったばかりのエリンでも十分に理解できた。一緒に暮らしているオーリーがそれを知らぬはずがない。

 ならば、彼がアイナに銃口を向ける理由は一つだろう。


「オーリー?」


 エリンは刺激を与えない様、幼馴染の名前をゆっくりと呼ぶ。


「エリン?何でお前がここに?」


 オーリーがチラリと目線だけを奥の扉に向けた。僅かにしか開かれていなかった扉がゆっくりと動き、エリンが姿を見せる。その時には、オーリーはもうアイナを見据えていた。


「聞いて、アイさんは私たちを助けてくれたの。そこの男から、身を挺して私たちを守ってくれたの……だから……」



 「やめて」言うと同時にオーリーの表情がクシャっと崩れ、手が下ろされ、同時に銃が指輪へ戻る。


「よかっ…………」


 誤解が解けた。エリンは胸を撫でおろす。だが次の瞬間には呼吸を忘れ、目を見張った。


「え?」


 銃が消え、指輪となり彼の指に納まるのとほぼ同時に、オーリーはアイナに駆け寄り、そのまま彼女を抱きしめたのだ。


 オーリーはアイナの体に纏わりつく粘液にも躊躇を見せなかった。

 覆い被さる様に頭から引き寄せ、体と体を密着させる。


 エリンだけでない、アイナもあまりの事に口を閉じるのを忘れポカンとしている。


「アイ……疑いたくはなかったんだ。でも…………すまない」


 オーリーがごめんと繰り返す。
 エリンに背を向けるアイナを正面から出し決めるオーリー。エリンからはその表情がよく見えた。

 長い付き合いのエリンですらほとんど見たことがない、後悔が滲む彼の表情。それだけで、オーリーの彼女に対する気持ちが痛い程伝わってくる。

 それから自身の奥から湧き上がる、久しく感じていなかったドス暗い感情。


「なんで……」


 魂が抜けたようだとは、まさにこの事だろう。

 エリンの視界から色が消え失せる。体が重くなる。

 ショックと困惑を隠しきれず、エリンはその場にへたり込んだ。
 






 



 



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