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第二章~自由の先で始める当て馬生活~
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「……え? 一緒に住んでるの?」
一拍も二拍も遅れて呟いたのは、オレンジ色の髪の少女だった。ショックを隠し切れない様子で、手に持っていた大きな籠を落としかけ、慌てて抱え直す。
これは、早めに追い返した方が良いかもしれない。私の勘が告げる。
オーリーと歳の近いこの少女たちの目的がオーリーであるなら、その方が良いはずだ。
色恋というのは人を素晴らしい気分にもしてくれるけれど、反対に愚かにもすると、私は経験から知っている。
一方的に想っているだけで、相手の都合も迷惑も考えず行動を起こす人はいる。お城にもいた。
お城での色恋は何かとトラブルの元になるので、公には恋愛禁止なのにもかからわず、そういった人たちは堂々とするからなお悪い。
せめて、節度を保ちこそこそしてくれれば、という侍従長の嘆きは、彼女の心労を物語っている。
もし彼女たちがオーリーに付きまとっているなら、オーリーが帰ってきた時に彼が嫌な思いをするかもしれない。
どんな思惑があったとしても、オーリーとその両親は私にとって恩人に間違いない。なら私も誠意をもって彼らの留守を預かるべきだ。
「荷物なら私が預かります。帰ってきたらお渡しするので……えっと、ジェスにお渡しすれば良いですか?それともオーリーに?」
「おばさん……ジェスに渡してもらえますか?ターナーからと」
オレンジ髪の少女が遠慮がちに籠を差し出す。籠は思いの他重たくて、普通に差し出された籠を受け取った時、私はよろめいて足を一歩前に踏み出す。
筋力は確実に落ちている。
確かに魔力で肉体を強化すれば、私は見た目以上の力を手に入れられるけれど、元々の筋力が弱ければ、その最高到達点も下がるわけで、ともすればいつか足元を掬われかねないわけで。
「はい、確かにお預かりします」
トレーニングを再開しようと心に決めつつ、籠をしっかり抱える。
「くれぐれもよろしくお願いします」
青い髪の少女の、明らかに棘のある物言い。私は彼女を怒らせてしまったみたい。
対応、間違えたかも。マンナならもっと上手にやるわよね。もっとちゃんとマンナや侍女たちのしている事見ていれば良かったな。
「…………」「…………」
ほんの数秒、互いに無言で顔を合わせ「では、失礼します」私は目を伏せ、ドアを閉めた。
籠は机の上に置き、掃除をしようと拭き布を握り絞めた時だった。不意にドアの向こうから声がした。
「噂は本当だったのね」
「イブ? もしかして、あの人の事知ってたの?」
先ほどの少女たちの声だ。私には聞こえていないと思っているのか、話の内容は私の事だ。
盗み聞きなんてはしたないとは思いつつ、私は玄関の扉に耳を寄せる。
「オーリーが新しい恋人を家に連れ込んでるって……この前聞いて。あのオーリーに限ってとは思ったんだけど、少なくとも半分は正解だったみたい」
あのオーリーに限って? どういう意味かしら。オーリーって特別女嫌いって感じもしなかったけれど。だって私には普通に接してくれるもの。
「恋人って……サラは?先月までは良く一緒にいたわよね……確かに、恋人ってわけではなかったみたいだけど……」
「あの、色情魔の事だからまた、もう飽きたんでしょう?特定の相手を作ることすら珍しいのに、それも続かない。本当に救いようがない」
色情魔て……そっち?
オーリーってば、女性が苦手で硬派というのではなくて、逆に女性が好きでとっかえひっかえしてるの?
まさか……いえでも。私は小さく呟いた。
普段のオーリーはいかにも好青年といった感じで、親切で悪ぶる様子もない。毎日朝には私と一緒に狩りへ出かけ、町へ獲物を卸しに行っても夕方には家に帰ってくる。
少なくとも私がこの家に来てからはずっと同じサイクルで、どこにも遊んでいる余裕はない。
彼女たちの言うオーリーは本当に、私が知るオーリーなのかと疑いたくなる程だ。
けれど、よくよく思い出してみれば、彼に初めて会った時、彼は私の破廉恥な恰好を見ても、欠片も動揺していなかった。確かにあの時私は、この人は女性にモテるに違いないと思ったはずだ。
あの時は鋼の精神で動揺を上手く隠したと思ったけれど、本当は女性との経験が豊富だから今更動揺もしないと……彼女たちの会話を信じるなら、そういう事になる。
「でも、お家に連れてきたのって初めてのじゃない?今度こそ本気……ってことかな」
「エリン……まだ、決まったわけじゃないから。あいつが帰ってきたら捕まえて聞き出す!」
これ以降の、少女たちの会話は聞こえなくなった。けれど帰ったわけでもなさそうだ……というのも、少女たちは少し離れた所に置いてある岩に腰かけ、まだ話をしているからだ。
声は聞こえないけれど、楽しいのが伝わってくる。
初めからそうしていなかったのは、私に会話を聞かせようとしていたのか。疑心暗鬼を植え付け、恋人同士を破局させるなど、昔から存在している手口だ。
けれど、元々オーリーとは恋人でも何でもないから、関係ないのよね。
勘違いだと訂正しておくべきか迷ったけれど、盗み聞きしていたというのもバツが悪く、私はウンと背伸びをし、掃除を再開させた。
一拍も二拍も遅れて呟いたのは、オレンジ色の髪の少女だった。ショックを隠し切れない様子で、手に持っていた大きな籠を落としかけ、慌てて抱え直す。
これは、早めに追い返した方が良いかもしれない。私の勘が告げる。
オーリーと歳の近いこの少女たちの目的がオーリーであるなら、その方が良いはずだ。
色恋というのは人を素晴らしい気分にもしてくれるけれど、反対に愚かにもすると、私は経験から知っている。
一方的に想っているだけで、相手の都合も迷惑も考えず行動を起こす人はいる。お城にもいた。
お城での色恋は何かとトラブルの元になるので、公には恋愛禁止なのにもかからわず、そういった人たちは堂々とするからなお悪い。
せめて、節度を保ちこそこそしてくれれば、という侍従長の嘆きは、彼女の心労を物語っている。
もし彼女たちがオーリーに付きまとっているなら、オーリーが帰ってきた時に彼が嫌な思いをするかもしれない。
どんな思惑があったとしても、オーリーとその両親は私にとって恩人に間違いない。なら私も誠意をもって彼らの留守を預かるべきだ。
「荷物なら私が預かります。帰ってきたらお渡しするので……えっと、ジェスにお渡しすれば良いですか?それともオーリーに?」
「おばさん……ジェスに渡してもらえますか?ターナーからと」
オレンジ髪の少女が遠慮がちに籠を差し出す。籠は思いの他重たくて、普通に差し出された籠を受け取った時、私はよろめいて足を一歩前に踏み出す。
筋力は確実に落ちている。
確かに魔力で肉体を強化すれば、私は見た目以上の力を手に入れられるけれど、元々の筋力が弱ければ、その最高到達点も下がるわけで、ともすればいつか足元を掬われかねないわけで。
「はい、確かにお預かりします」
トレーニングを再開しようと心に決めつつ、籠をしっかり抱える。
「くれぐれもよろしくお願いします」
青い髪の少女の、明らかに棘のある物言い。私は彼女を怒らせてしまったみたい。
対応、間違えたかも。マンナならもっと上手にやるわよね。もっとちゃんとマンナや侍女たちのしている事見ていれば良かったな。
「…………」「…………」
ほんの数秒、互いに無言で顔を合わせ「では、失礼します」私は目を伏せ、ドアを閉めた。
籠は机の上に置き、掃除をしようと拭き布を握り絞めた時だった。不意にドアの向こうから声がした。
「噂は本当だったのね」
「イブ? もしかして、あの人の事知ってたの?」
先ほどの少女たちの声だ。私には聞こえていないと思っているのか、話の内容は私の事だ。
盗み聞きなんてはしたないとは思いつつ、私は玄関の扉に耳を寄せる。
「オーリーが新しい恋人を家に連れ込んでるって……この前聞いて。あのオーリーに限ってとは思ったんだけど、少なくとも半分は正解だったみたい」
あのオーリーに限って? どういう意味かしら。オーリーって特別女嫌いって感じもしなかったけれど。だって私には普通に接してくれるもの。
「恋人って……サラは?先月までは良く一緒にいたわよね……確かに、恋人ってわけではなかったみたいだけど……」
「あの、色情魔の事だからまた、もう飽きたんでしょう?特定の相手を作ることすら珍しいのに、それも続かない。本当に救いようがない」
色情魔て……そっち?
オーリーってば、女性が苦手で硬派というのではなくて、逆に女性が好きでとっかえひっかえしてるの?
まさか……いえでも。私は小さく呟いた。
普段のオーリーはいかにも好青年といった感じで、親切で悪ぶる様子もない。毎日朝には私と一緒に狩りへ出かけ、町へ獲物を卸しに行っても夕方には家に帰ってくる。
少なくとも私がこの家に来てからはずっと同じサイクルで、どこにも遊んでいる余裕はない。
彼女たちの言うオーリーは本当に、私が知るオーリーなのかと疑いたくなる程だ。
けれど、よくよく思い出してみれば、彼に初めて会った時、彼は私の破廉恥な恰好を見ても、欠片も動揺していなかった。確かにあの時私は、この人は女性にモテるに違いないと思ったはずだ。
あの時は鋼の精神で動揺を上手く隠したと思ったけれど、本当は女性との経験が豊富だから今更動揺もしないと……彼女たちの会話を信じるなら、そういう事になる。
「でも、お家に連れてきたのって初めてのじゃない?今度こそ本気……ってことかな」
「エリン……まだ、決まったわけじゃないから。あいつが帰ってきたら捕まえて聞き出す!」
これ以降の、少女たちの会話は聞こえなくなった。けれど帰ったわけでもなさそうだ……というのも、少女たちは少し離れた所に置いてある岩に腰かけ、まだ話をしているからだ。
声は聞こえないけれど、楽しいのが伝わってくる。
初めからそうしていなかったのは、私に会話を聞かせようとしていたのか。疑心暗鬼を植え付け、恋人同士を破局させるなど、昔から存在している手口だ。
けれど、元々オーリーとは恋人でも何でもないから、関係ないのよね。
勘違いだと訂正しておくべきか迷ったけれど、盗み聞きしていたというのもバツが悪く、私はウンと背伸びをし、掃除を再開させた。
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