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第二章~自由の先で始める当て馬生活~
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私の一日は夜も明けきらぬ時間に始まる。
朝、オーリーと共に森へ入り仕掛けた罠を見て回りながら、魔獣を狩りつつ密猟者がいないかも警戒する。
夕方前には家へ帰り、オーリーは捕らえた獲物の処理をし、町の組合に卸しに行き、私はというと、オーリーの母、ジェスの手伝いで掃除や洗濯、料理などをして過ごす事が多い。
基本的にはこの繰り返し。
オーリーは獲物を組合に卸しに行く際、一度だけ私を町へ連れて行ってくれた。
王都とは違うけれど、人の多い、賑やかな町だ。
近々武道大会が開かれるとかで、ポスターが町の至る所に貼られ、町の中心に築かれた円形闘技場には巨大な弾幕が掲げられている。
熱気も最高潮に達し、歩いているだけで元気になれる、そんな雰囲気だった。
獲物の買い取りをしてもらうだけ。けれど、城の外を殆ど知らない私はやっぱり楽しくて、オーリーに色々尋ねて、彼を呆れさせた。
知らないというのは、私をとても安心させてくれる。知ろうと思うだけで、その他の悲しい事をすべて忘れさせてくれるから。
掃除と洗濯も人生で初めての経験で、やってみると案外楽しかった。何も知らない私に教えるジェスは大変そうだったけれど、私は何でも一人でやってみたいとジェスに強請り、ジェスはその度溜息交じりに見守ってくれた。
溜息を吐かれているのに、私はジェスとのやり取りが何だか楽しくて、だからだと思う。余計に夢中になっていった。
「そういえば、料理は上手のね」
まな板の上で、軽快なリズムで菜っ葉を刻む私を、ジェスは意外そうにしながらも誉めてくれた。
レシピを見なければ料理はできないけれど、それさえあればだいたいは作れるという程度の腕前。けれど他が壊滅的のと比べれば雲泥の差だ。
刃物を扱う練習だといって、野営の時カクに散々料理をさせられたのが生きた瞬間だった。
「上手……とはほど遠いですけれど、他よりは馴染みます。何でしょう?」
森で魔獣と戦った時と同じく、どうしてできるのか分からないという、スタンスで答える。
魔獣討伐で野営する度、カクに叩きこまれていたので、サバイバル生活には自信があったりする私。実は町で暮らすよりも、森で生活した方が勝手は分かるというチグハグ具合。
やましい所はないのだから、堂々と相手の目をしっかり見れば良い。騙したいならなおさらそうすべき。
この誤魔化しがどう転ぶのかは分からないけれど、上手くいっていると信じたい。
だって、ジェスの表情も柔らかくなっているし、クライブも黙って私を受け入れてくれているような気がする。
あくまでも気がする程度だけれど。
「ああ、もうこんな時間」
ジェスが時計を睨む。それから、玄関のドアを見てため息を溢した。
「どうかなさったんですか?」
「今日はうちの人を病院に連れていかなきゃいけないのよ。それなのにまだオーリーが帰ってきてないの」
つまり、私を監視する人がいなくなるというわけね?
「それは……大変ですね。私も一緒に病院へ行きましょうか?お手伝いはあった方が良いでしょうし……」
クライブの右足はもう膝も曲がらない。一人では何かと不便もあるかもしれない。それもあっての提案だった。
ジェスはしばし思案した後、首を横に降った。
「大丈夫よ。今連絡を飛ばすから、すぐに帰ってくるでしょう」
「でも間に合わなかったら……その……あの、何と言いますか……」
これ以上は私の口からは言いにくい。私はモゴモゴと言葉を濁し、無意識に唇を尖らせた。
「フフッ」
ジェスがクスクス笑う。馬鹿にされているのではないはず。だからといって温かく見守るのでもない。ジェスの笑顔の意図が掴めず、私はキョトンとして、首を傾げた。
「いえね。素直な子ねと思って」
「それ、前にオーリーにも言われました」
そんなにわかりやすいかしら。演技の練習はかなりしたと思っていたのに結構ショック。
「あなたに留守番を頼んでも良いかしら?オーリーもすぐに帰ってくるから、心配ないわ」
「え?」
正気?怪しい人物を家に残していくなんて、たった数日で信用しすぎじゃない?もしかして試されてるのかもしれない。
逆をいえば、信用を得るチャンスという事だ。試練を乗り越えた先にあるご褒美が思い浮かぶ。
「任せてください!怪しい奴が来ても絶対にドアを開けません!」
一番怪しいのは貴方だと訴えるジェスの目にも気付かず、胸を張る。私は生まれて初めてのお留守番に、心踊らせたのだった。
朝、オーリーと共に森へ入り仕掛けた罠を見て回りながら、魔獣を狩りつつ密猟者がいないかも警戒する。
夕方前には家へ帰り、オーリーは捕らえた獲物の処理をし、町の組合に卸しに行き、私はというと、オーリーの母、ジェスの手伝いで掃除や洗濯、料理などをして過ごす事が多い。
基本的にはこの繰り返し。
オーリーは獲物を組合に卸しに行く際、一度だけ私を町へ連れて行ってくれた。
王都とは違うけれど、人の多い、賑やかな町だ。
近々武道大会が開かれるとかで、ポスターが町の至る所に貼られ、町の中心に築かれた円形闘技場には巨大な弾幕が掲げられている。
熱気も最高潮に達し、歩いているだけで元気になれる、そんな雰囲気だった。
獲物の買い取りをしてもらうだけ。けれど、城の外を殆ど知らない私はやっぱり楽しくて、オーリーに色々尋ねて、彼を呆れさせた。
知らないというのは、私をとても安心させてくれる。知ろうと思うだけで、その他の悲しい事をすべて忘れさせてくれるから。
掃除と洗濯も人生で初めての経験で、やってみると案外楽しかった。何も知らない私に教えるジェスは大変そうだったけれど、私は何でも一人でやってみたいとジェスに強請り、ジェスはその度溜息交じりに見守ってくれた。
溜息を吐かれているのに、私はジェスとのやり取りが何だか楽しくて、だからだと思う。余計に夢中になっていった。
「そういえば、料理は上手のね」
まな板の上で、軽快なリズムで菜っ葉を刻む私を、ジェスは意外そうにしながらも誉めてくれた。
レシピを見なければ料理はできないけれど、それさえあればだいたいは作れるという程度の腕前。けれど他が壊滅的のと比べれば雲泥の差だ。
刃物を扱う練習だといって、野営の時カクに散々料理をさせられたのが生きた瞬間だった。
「上手……とはほど遠いですけれど、他よりは馴染みます。何でしょう?」
森で魔獣と戦った時と同じく、どうしてできるのか分からないという、スタンスで答える。
魔獣討伐で野営する度、カクに叩きこまれていたので、サバイバル生活には自信があったりする私。実は町で暮らすよりも、森で生活した方が勝手は分かるというチグハグ具合。
やましい所はないのだから、堂々と相手の目をしっかり見れば良い。騙したいならなおさらそうすべき。
この誤魔化しがどう転ぶのかは分からないけれど、上手くいっていると信じたい。
だって、ジェスの表情も柔らかくなっているし、クライブも黙って私を受け入れてくれているような気がする。
あくまでも気がする程度だけれど。
「ああ、もうこんな時間」
ジェスが時計を睨む。それから、玄関のドアを見てため息を溢した。
「どうかなさったんですか?」
「今日はうちの人を病院に連れていかなきゃいけないのよ。それなのにまだオーリーが帰ってきてないの」
つまり、私を監視する人がいなくなるというわけね?
「それは……大変ですね。私も一緒に病院へ行きましょうか?お手伝いはあった方が良いでしょうし……」
クライブの右足はもう膝も曲がらない。一人では何かと不便もあるかもしれない。それもあっての提案だった。
ジェスはしばし思案した後、首を横に降った。
「大丈夫よ。今連絡を飛ばすから、すぐに帰ってくるでしょう」
「でも間に合わなかったら……その……あの、何と言いますか……」
これ以上は私の口からは言いにくい。私はモゴモゴと言葉を濁し、無意識に唇を尖らせた。
「フフッ」
ジェスがクスクス笑う。馬鹿にされているのではないはず。だからといって温かく見守るのでもない。ジェスの笑顔の意図が掴めず、私はキョトンとして、首を傾げた。
「いえね。素直な子ねと思って」
「それ、前にオーリーにも言われました」
そんなにわかりやすいかしら。演技の練習はかなりしたと思っていたのに結構ショック。
「あなたに留守番を頼んでも良いかしら?オーリーもすぐに帰ってくるから、心配ないわ」
「え?」
正気?怪しい人物を家に残していくなんて、たった数日で信用しすぎじゃない?もしかして試されてるのかもしれない。
逆をいえば、信用を得るチャンスという事だ。試練を乗り越えた先にあるご褒美が思い浮かぶ。
「任せてください!怪しい奴が来ても絶対にドアを開けません!」
一番怪しいのは貴方だと訴えるジェスの目にも気付かず、胸を張る。私は生まれて初めてのお留守番に、心踊らせたのだった。
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