アヒルの子~元王女は世界で一番憎い人と結婚します~

有楽 森

文字の大きさ
上 下
83 / 130
第二章~自由の先で始める当て馬生活~

13

しおりを挟む
 私の一日は夜も明けきらぬ時間に始まる。

 朝、オーリーと共に森へ入り仕掛けた罠を見て回りながら、魔獣を狩りつつ密猟者がいないかも警戒する。

 夕方前には家へ帰り、オーリーは捕らえた獲物の処理をし、町の組合に卸しに行き、私はというと、オーリーの母、ジェスの手伝いで掃除や洗濯、料理などをして過ごす事が多い。


 基本的にはこの繰り返し。



 オーリーは獲物を組合に卸しに行く際、一度だけ私を町へ連れて行ってくれた。

 王都とは違うけれど、人の多い、賑やかな町だ。

 近々武道大会が開かれるとかで、ポスターが町の至る所に貼られ、町の中心に築かれた円形闘技場には巨大な弾幕が掲げられている。

 熱気も最高潮に達し、歩いているだけで元気になれる、そんな雰囲気だった。


 獲物の買い取りをしてもらうだけ。けれど、城の外を殆ど知らない私はやっぱり楽しくて、オーリーに色々尋ねて、彼を呆れさせた。

 知らないというのは、私をとても安心させてくれる。知ろうと思うだけで、その他の悲しい事をすべて忘れさせてくれるから。

 掃除と洗濯も人生で初めての経験で、やってみると案外楽しかった。何も知らない私に教えるジェスは大変そうだったけれど、私は何でも一人でやってみたいとジェスに強請り、ジェスはその度溜息交じりに見守ってくれた。

 溜息を吐かれているのに、私はジェスとのやり取りが何だか楽しくて、だからだと思う。余計に夢中になっていった。



「そういえば、料理は上手のね」


 まな板の上で、軽快なリズムで菜っ葉を刻む私を、ジェスは意外そうにしながらも誉めてくれた。

 レシピを見なければ料理はできないけれど、それさえあればだいたいは作れるという程度の腕前。けれど他が壊滅的のと比べれば雲泥の差だ。

 刃物を扱う練習だといって、野営の時カクに散々料理をさせられたのが生きた瞬間だった。


「上手……とはほど遠いですけれど、他よりは馴染みます。何でしょう?」

 
 森で魔獣と戦った時と同じく、どうしてできるのか分からないという、スタンスで答える。

 魔獣討伐で野営する度、カクに叩きこまれていたので、サバイバル生活には自信があったりする私。実は町で暮らすよりも、森で生活した方が勝手は分かるというチグハグ具合。

 やましい所はないのだから、堂々と相手の目をしっかり見れば良い。騙したいならなおさらそうすべき。


 この誤魔化しがどう転ぶのかは分からないけれど、上手くいっていると信じたい。

 だって、ジェスの表情も柔らかくなっているし、クライブも黙って私を受け入れてくれているような気がする。

 あくまでも気がする程度だけれど。


「ああ、もうこんな時間」


 ジェスが時計を睨む。それから、玄関のドアを見てため息を溢した。


「どうかなさったんですか?」


「今日はうちの人を病院に連れていかなきゃいけないのよ。それなのにまだオーリーが帰ってきてないの」


 つまり、私を監視する人がいなくなるというわけね?


「それは……大変ですね。私も一緒に病院へ行きましょうか?お手伝いはあった方が良いでしょうし……」


 クライブの右足はもう膝も曲がらない。一人では何かと不便もあるかもしれない。それもあっての提案だった。

 ジェスはしばし思案した後、首を横に降った。


「大丈夫よ。今連絡を飛ばすから、すぐに帰ってくるでしょう」


「でも間に合わなかったら……その……あの、何と言いますか……」


 これ以上は私の口からは言いにくい。私はモゴモゴと言葉を濁し、無意識に唇を尖らせた。


「フフッ」


 ジェスがクスクス笑う。馬鹿にされているのではないはず。だからといって温かく見守るのでもない。ジェスの笑顔の意図が掴めず、私はキョトンとして、首を傾げた。


「いえね。素直な子ねと思って」


「それ、前にオーリーにも言われました」


 そんなにわかりやすいかしら。演技の練習はかなりしたと思っていたのに結構ショック。


「あなたに留守番を頼んでも良いかしら?オーリーもすぐに帰ってくるから、心配ないわ」


「え?」


 正気?怪しい人物を家に残していくなんて、たった数日で信用しすぎじゃない?もしかして試されてるのかもしれない。

 逆をいえば、信用を得るチャンスという事だ。試練を乗り越えた先にあるご褒美が思い浮かぶ。


「任せてください!怪しい奴が来ても絶対にドアを開けません!」


 一番怪しいのは貴方だと訴えるジェスの目にも気付かず、胸を張る。私は生まれて初めてのお留守番に、心踊らせたのだった。
 
 





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...