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第二章~自由の先で始める当て馬生活~

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 足元で下半身を空気に晒し、ピクリとも動かなくなったモーモーリを見て私は、もう一度溜息を吐いた。


「ああ、怖かった」


「嘘つけ」


 オーリーが木から飛び降りる。

 嘘じゃない。少し前に嫌になるくらい戦闘を繰り広げてきたばかりだけれど、それでも人と魔獣の戦闘は違うし、お守りの魔法具がない状態での戦闘はこれが初めてだ。

 少しの判断が命取りなる状態で、緊張しない方が嘘だ。


「なあ、あんたっていったい何者?どうして辺り前の様に、魔獣と戦える?」


「さあ……記憶がないから」


 あなたのお父様に色々教わってね、上手くなったの。幼い身では魔獣は恐ろしい化け物に思えていた事を思い出し、思わず頬が緩む。

 そうだった。それで彼のお父様は私が少しでも怖がらない様に、魔獣のことを色々教えてくれたのだった。


「猟師言葉、知ってるんだな。もしかしてやっぱり密漁者か?」


「そうかもしれないわね。それか、同業者……かもしれないわよ。良かったじゃない」


「何が?」


 オーリーが眉を片方、わずかに上げる。



「親切なゴリラを捕まえずに済む」


「意外としつこいな」


「あら?何の事?」


 私がとぼけるとオーリーは頭をガシガシ掻く。


「わかった。俺が悪かった。失言だった。撤回する」



 ……勝った。私を疑っているオーリーに謝らせたのだから、私の勝ちで間違いないわよね?

 マンナ!私頑張ったわ。私は拳を握り、ガッツポーズした。


「……何て奴だよ」


 オーリーは頭を振り、呆れたように笑った。





 オーリーは私の身元を知ら寝るに辺り、それらしき登録がないか組合に当たってくれるといった。それから捜索願いが出ていないかも確認してくれるらしい。

 探しても出てこないのが分かっているから、罪悪感を覚える。



 他人に迷惑をかけて、無意味と分かっているのに手間を掛けさせて。

 私はいったい何がしたいんだろう。

 城に戻れば良い。お金のあても出来た。私がどんな姿でも、マンナ達なら分かってくれる気がするし、捕まってもすぐに開放されるはず。


 あんなに欲しくてたまらなかった自由は、怖くて孤独て、寂しいものだった。

 期待外れだって言う私がいる。けれど、これだけがすべてでないはずと未練がましく訴える私もいて。


 ああ、何も考えたくないなって。それが一番ダメなのはわかっているはずなのに。



「ねえ、最近森で誰かを探してる……何て人はいなかった?ほら、私って森で記憶を失っていたでしょう?だから……」


「んん…………誰かを探している……ような奴はいなかったな。変に森をうろついている奴らならいたけど」


「それってどんな人だった?」


「確か薄茶の髪をした……二人だった」


「二人か……」


 マンナはお城で彼女の付き添わなければならないとして、カクとジージールが探しに来ていたという可能性はあるわよね。


「どうした?」


「いいえ、記憶にあるかなって思ったの。けれど、少しも引っかからないわ。その人達は私……ではないのよね?」


「ああ、顔が全く違う」


 オーリーが思い出す様に腕を組み首を捻る。それから首を振った。

 全く違うというの事は、たぶんマンナ達ではない。

 カクと顔は似てなくても、今の私はマンナやジージールによく似てる。その私と全く似ていないというのだから、私とは関係のない輩なのだ。


 もしも、今、城へ戻って、もう自由にして良いのよって言われたら、私は立ち直れないかもしれない。

 あんなに欲しかった自由なのに……変なの。



「まあ、気を落とすなよ。すぐに記憶も戻るさ」


 ポンポン、オーリーが優しく肩を叩く。


 もっと私を慰めて。喉まで出かかって、ぐっとこらえ、笑みを作る。


「ありがとう」


 これでも王女だった。数少ない公務での振舞いは完璧を求められ、求められるレベルで振舞えたという自負がある。
 己の隠すのは造作もない。


 私だって、誰に甘えるべきかくらいの区別はつく。



 アートに会いたいな。




 オーリーは手際よくモーモーリを解体し、見た目より容量が大きく、多くの物が持ち運べるカバンに詰めていく。私が折半だと強調すると、適当にハイハイと頷く。

 不安だったけれど、これ以上は言わない方が良いと、私は黙って作業を見守る。
 

「なあ、あんた、魔獣に詳しいみたいだけど、前をお願いしても良いか?俺は後ろを警戒する。俺の銃は距離がある方が扱いやすいんだ」


 作業を終え、膨らんだカバンを背負い、オーリーが言った。無限に入るわけではないカバンは、モーモーリを丸々一匹入れれば、それなりに膨らんでいる。
 重量もかなりのものだと思われ、行先も獣道を辿るだけ。私は断る理由もなく頷いた。


「ええ、もちろん良いわ」


 安請け合いしてしまったかしら。後悔した理由は、後ろから聞こえた金属音。

 銃を構える音に私は緊張する。


 何もない、大丈夫。考えすぎよ。


 そう言い聞かせながら、私は森の中を進んだ。



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