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第二章~自由の先で始める当て馬生活~
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「どうした?」
「私……誰、かしら、ね?」
庶民ってどんな喋り方していたかしら。お城のメイドたちなら知っているけれど、ああいった雰囲気で大丈夫?
とりあえず不安そうにしておけば及第点よね。
「何も覚えていないんです。気が付いたら森の中にいて、体が汚れていたから、あそこで水浴びをしてたんです」
敬語もやや砕けた感じに崩す。
恋をする演技はさんざん練習してきたけれど、庶民の女の子の演技は一度失敗しているだけに、下手をするとただの怪しい女になってしまう。
男はまだ訝し気にしている。
「名前も覚えていないのか?」
名前? 記憶喪失でも名前くらいは覚えているもの?
それとも全く何も知らないほうが…………いいえ、何かぼろが出た時におぼろ気に覚えていると言えた方が都合がいいわね。
「名前は……アイ……って呼ばれていたような?」
あぁ、でも肝心の名前が出てこない。偽名って咄嗟には出てこないのね。
前もって考えておけば良かった。
「ふぅん……最近この辺り密猟者が多くて定期的に見回りしてるんだけど……」
「はあ、そうなんですか。大変ですね。でも私はそうですとも違うともいえないんです。申し訳ございません」
そう言って軽く頭を下げる。丁寧にけれど、丁寧になり過ぎない様に。
王女である私は頭を下げないけれど、庶民は違う。時と場合によっては頭を下げる。メイドや侍女たちが私にそうするようにだ。
けれど男は珍しいものを見たといわんばかりに、目をぱちぱちと瞬かせた。
私に向けられていた不躾な視線が和らぎ、男は笑顔とまではいかないものの、頬を緩ませた。
これは見覚えがある光景ね。確かアートもあんな顔してなかったかしら?
もしかしてアートもあの時には、私の正体に気が付いていた?
「そうか。違うなら良いんだ。疑ったお詫びにそれ……」
「怪しくないとは限らないじゃない!」
やっぱり失敗してた。
庶民の感覚からずれている何かがあったはずで、それで密漁者候補から外されたに違いない。
貴族は指示はしても、現場には来ないもの。
「記憶喪失なのよ?狩りに来て魔獣に襲われて、それで記憶喪失になったかもしれないわよ?例えば……ミヂィとかに!」
ミヂィは体が大きく力の強い魔獣で、可動式の甲羅の中に羽を持ち、頭に生えた枝分かれした長い角を持つ。
一度角に取られたら投げ飛ばされるか、叩き潰されるかされ、頭を強く打つなんて事も良くある。
「ミヂィは大分前に討伐されてもうこの森にはいないよ。元々外国から入り込んだ魔獣だからな。元々高地に住む魔獣で、ここじゃ、気候が合わなかったみたいで、数も少なかったんだ」
「え?そ、そうなの?あれ?では、私ってば、どうしてミヂィがいるなんて思ったのかしら?」
しまったわ。無理することなかったのに、つい、力説してしまった。
疑われてないなら良いことじゃない。
記憶喪失の人が知識を疲労するなんて展開は小説などでは、お決まりの展開だけれど、現実はどうかしら?
変な疑われ方してないと良いのだけど。
「なあ、疑った詫びに、お袋の着古したもので良ければやるよ。それに頭を拭いて暖まるくらいはした方が良い。な?」
男は相変わらず爽やかな笑みを浮かべている。この笑顔が擬態なのかとうか、私に見抜く技術はない。
けれど、このままでは風邪をひいてしまうのも事実。
病み上がりですもの。
「うぅ、じゃあ、お言葉に甘えようかし、ら?」
「そうそう、甘えなさい」
男は小さく吹き出すように笑うと、男の家に向かい歩きだした。
男はオーリーと名乗った。近くの町の外れに住んでいて、先祖代々猟師をしているらしく、彼の父も猟師らしい。
父親の方は先日怪我を負った為に、今は一人で猟を行っている、と彼は語った。
森の守り人を担う家系らしく、森の見回りもこうしてしているというのだから、中々真面目な青年なのだと思う。
けれど今の話が本当なら私は彼の父親にあった事があるはず。
私が昔、エヴィウォークを討伐しにこの森を訪れた時、始めに森の説明をしてくれた男が守り人だったはずだ。
無口な人だった。けれど、私が退屈しない様に魔獣の事を色々教えてくれて、おかげで私は魔獣についてかなり詳しくなった。
そう彼の父親がいるのね。ばれない様に気を付けた方が良いわよね。
私、まだ、城に戻りたくない……気がするし。
オーリーが来た道を戻るだけ、それだけだというのに、オーリーは嫌に緊張感に包まれている。さっきエヴィウォークがなどと言っていたけれど、そのせい?
「先ほどエヴィウォークがと言ってましたけど、そんなに危ないんですか?」
「ん?ああ、俺が警戒してるからか?」
「え? えぇ。だって魔獣なんて私も怖いですし」
「別にそんなに強い魔獣じゃない。あいつらは複数で獲物を襲うから厄介なんだ。か弱い人間なんて、奴らのかっこうのエサだ」
「それって私の事?」
オーリーは一度私の顔をまじまじと見て、それから大きな声で笑った。顔にまさかと書いていあるのが、ありありと見て取れる。なんて失礼な人。
だってそうでしょう。記憶喪失のうら若き乙女がか弱くなかったら何だというのか。
顔が赤くなる。オーリーをキッと睨み付けた。
「いや、悪かった。君がゴリラに見えるとか、そう言ったんではないんだよ。ただ素直だなって思って……」
やはり馬鹿にされている気がする。女の子に向かってゴリラなんて。
喧嘩を売られたらキチンと買って、逆に利用できるのが立派な淑女だと、いつだったかマンナは言っていた。
ジージールとかは首を傾げていたけれど、売られっぱなしというのは性に合わないし、やっぱりマンナの教え通り、買って差し上げるのが良いと思うの。
けれど、この男、一体何を考えているのかしら。私を密猟者と疑っている?
でも私のどこに怪しいところがあって?
素直ってどういう意味かしら?
「私……誰、かしら、ね?」
庶民ってどんな喋り方していたかしら。お城のメイドたちなら知っているけれど、ああいった雰囲気で大丈夫?
とりあえず不安そうにしておけば及第点よね。
「何も覚えていないんです。気が付いたら森の中にいて、体が汚れていたから、あそこで水浴びをしてたんです」
敬語もやや砕けた感じに崩す。
恋をする演技はさんざん練習してきたけれど、庶民の女の子の演技は一度失敗しているだけに、下手をするとただの怪しい女になってしまう。
男はまだ訝し気にしている。
「名前も覚えていないのか?」
名前? 記憶喪失でも名前くらいは覚えているもの?
それとも全く何も知らないほうが…………いいえ、何かぼろが出た時におぼろ気に覚えていると言えた方が都合がいいわね。
「名前は……アイ……って呼ばれていたような?」
あぁ、でも肝心の名前が出てこない。偽名って咄嗟には出てこないのね。
前もって考えておけば良かった。
「ふぅん……最近この辺り密猟者が多くて定期的に見回りしてるんだけど……」
「はあ、そうなんですか。大変ですね。でも私はそうですとも違うともいえないんです。申し訳ございません」
そう言って軽く頭を下げる。丁寧にけれど、丁寧になり過ぎない様に。
王女である私は頭を下げないけれど、庶民は違う。時と場合によっては頭を下げる。メイドや侍女たちが私にそうするようにだ。
けれど男は珍しいものを見たといわんばかりに、目をぱちぱちと瞬かせた。
私に向けられていた不躾な視線が和らぎ、男は笑顔とまではいかないものの、頬を緩ませた。
これは見覚えがある光景ね。確かアートもあんな顔してなかったかしら?
もしかしてアートもあの時には、私の正体に気が付いていた?
「そうか。違うなら良いんだ。疑ったお詫びにそれ……」
「怪しくないとは限らないじゃない!」
やっぱり失敗してた。
庶民の感覚からずれている何かがあったはずで、それで密漁者候補から外されたに違いない。
貴族は指示はしても、現場には来ないもの。
「記憶喪失なのよ?狩りに来て魔獣に襲われて、それで記憶喪失になったかもしれないわよ?例えば……ミヂィとかに!」
ミヂィは体が大きく力の強い魔獣で、可動式の甲羅の中に羽を持ち、頭に生えた枝分かれした長い角を持つ。
一度角に取られたら投げ飛ばされるか、叩き潰されるかされ、頭を強く打つなんて事も良くある。
「ミヂィは大分前に討伐されてもうこの森にはいないよ。元々外国から入り込んだ魔獣だからな。元々高地に住む魔獣で、ここじゃ、気候が合わなかったみたいで、数も少なかったんだ」
「え?そ、そうなの?あれ?では、私ってば、どうしてミヂィがいるなんて思ったのかしら?」
しまったわ。無理することなかったのに、つい、力説してしまった。
疑われてないなら良いことじゃない。
記憶喪失の人が知識を疲労するなんて展開は小説などでは、お決まりの展開だけれど、現実はどうかしら?
変な疑われ方してないと良いのだけど。
「なあ、疑った詫びに、お袋の着古したもので良ければやるよ。それに頭を拭いて暖まるくらいはした方が良い。な?」
男は相変わらず爽やかな笑みを浮かべている。この笑顔が擬態なのかとうか、私に見抜く技術はない。
けれど、このままでは風邪をひいてしまうのも事実。
病み上がりですもの。
「うぅ、じゃあ、お言葉に甘えようかし、ら?」
「そうそう、甘えなさい」
男は小さく吹き出すように笑うと、男の家に向かい歩きだした。
男はオーリーと名乗った。近くの町の外れに住んでいて、先祖代々猟師をしているらしく、彼の父も猟師らしい。
父親の方は先日怪我を負った為に、今は一人で猟を行っている、と彼は語った。
森の守り人を担う家系らしく、森の見回りもこうしてしているというのだから、中々真面目な青年なのだと思う。
けれど今の話が本当なら私は彼の父親にあった事があるはず。
私が昔、エヴィウォークを討伐しにこの森を訪れた時、始めに森の説明をしてくれた男が守り人だったはずだ。
無口な人だった。けれど、私が退屈しない様に魔獣の事を色々教えてくれて、おかげで私は魔獣についてかなり詳しくなった。
そう彼の父親がいるのね。ばれない様に気を付けた方が良いわよね。
私、まだ、城に戻りたくない……気がするし。
オーリーが来た道を戻るだけ、それだけだというのに、オーリーは嫌に緊張感に包まれている。さっきエヴィウォークがなどと言っていたけれど、そのせい?
「先ほどエヴィウォークがと言ってましたけど、そんなに危ないんですか?」
「ん?ああ、俺が警戒してるからか?」
「え? えぇ。だって魔獣なんて私も怖いですし」
「別にそんなに強い魔獣じゃない。あいつらは複数で獲物を襲うから厄介なんだ。か弱い人間なんて、奴らのかっこうのエサだ」
「それって私の事?」
オーリーは一度私の顔をまじまじと見て、それから大きな声で笑った。顔にまさかと書いていあるのが、ありありと見て取れる。なんて失礼な人。
だってそうでしょう。記憶喪失のうら若き乙女がか弱くなかったら何だというのか。
顔が赤くなる。オーリーをキッと睨み付けた。
「いや、悪かった。君がゴリラに見えるとか、そう言ったんではないんだよ。ただ素直だなって思って……」
やはり馬鹿にされている気がする。女の子に向かってゴリラなんて。
喧嘩を売られたらキチンと買って、逆に利用できるのが立派な淑女だと、いつだったかマンナは言っていた。
ジージールとかは首を傾げていたけれど、売られっぱなしというのは性に合わないし、やっぱりマンナの教え通り、買って差し上げるのが良いと思うの。
けれど、この男、一体何を考えているのかしら。私を密猟者と疑っている?
でも私のどこに怪しいところがあって?
素直ってどういう意味かしら?
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