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第二章~自由の先で始める当て馬生活~

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 見ていないから。声だけの男を信じて、私は急いて服に袖を通す。

 けれど、新たな問題が。


「……昔の私のばかぁ」


 自分が小さいから、大きくなった所を想像しきれなかったのね………………服が小さい。
 後、袖が短いのは夏に選んだせいかしら。

 短パンと巻きスカートが入っているのはたぶんマンナの影響。きっと動きやすいとか考えたのね。


 それにしても、私大きいのを選んだつもりなんだけど全体的に小さいし、だからか、お腹が少し見えているしピタっと肌に張り付いている。

 激しく動かなければ大丈夫って思うけれど、ビリッといきそうで怖い。というか、さっきズボンを着てる時ちょっとビリッてしたし。

 巻きスカートはまあまあ良いのだけれど、丈が短くて、下に短パンはいているから見えないのが分かっていても恥ずかしい。


 けれど、背に腹は代えられない。仕方ないわよね。


「あの、初めてお会いする方に、こんなお願い葉不躾だとは思うのですが……上から羽織る物、とか持っていませんか?」


「え? 羽織る物、ですか?」


「いえ、服はあるんです!だから、余っているのとか!予備とかで良いので!なければないで良いのです!」


「はあ、悪いんだが、予備は持っていなくて……」


「そうですよね。無理を言って申し訳ございません」



 諦めて腹をくくるしかない。私は隠れていた茂みから出て、その男に声を掛けた。


「あの……」


 男は私に背を向け立ち、緩いウェーブがかかる、くすんだ黄緑色をした長めの髪を、後ろで一つにきっちりまとめている。
 動くからこその髪型だ。

 筒の長い銃を持ち、長袖長ズボンで明るいオレンジ色のベスト。黒い手袋の、指の根元が不自然に膨らんでいるのは、指輪をしているのかもしれない。

 おそらく彼は猟師だ。声からするとかなり若い。

 魔法と銃での狩り、対象は並みの獣ではないはずだ。


「手持ちの服がこれしかなかったものですから、つい。ごめんなさい」


 私は後ろ向きのままの彼に言った。


「いや、俺も間違えて打たなくて良かった。頭しか見えなかった。だから間違えそうになったんだけどな。近頃はまたエヴィウォークが増えて…………」


 エヴィウォークとは、早朝から昼間にかけて活動する魔獣で、一時期この森で大繁殖した。たいして強くないけれど、昼間に活動するだけあり、被害も多く、私が魔獣狩りに駆り出された理由でもある。

 それがまた増えてるなんて、由々しき問題よね。何とかできれば良いけれど。


「……ているから、こうして駆除を……してる……あなたも…………」


 言いながら振り返った、やはり若い男は私を見るなり、金色の目を見張り、視線を上下に一往復させる。

 けれど、それだけだ。特に表情は変わらず


「ああ……と。ちょっと待ってくれ」


 男は近くの木に銃を立て掛け、ベストを脱いだ。その下に来ていた、分厚い上着を抜いで私に渡し、自分はベストだけを着直す。


「これを着ると良い。さっきは断って悪かったよ。その恰好じゃ目に毒だし、それに風邪をひきそうだ」


 上着を渡しながら渡す笑顔に嫌らしさは微塵もなく爽やかで、私の破廉恥極まりない恰好にも全く動じていない。
 アートが正統派イケメンというやつなら、この人は好青年といった雰囲気だ。
 
 彼はさぞかし女性に持てるに違いない。こういう、自然に親切ができる男は貴族社会でもモテる。

 ただ、誠実そうな見目をしている、そういった男こそ気を付けるべきだって、ジージールは言っていた。

 男は獲物を狙う時、無害を装うというのがジージールの教えだ。
 
 上着を渡すふりをしながら、腕を掴んでくるかしら。
 そうされたら、逆に捻り返して、背中を押さえたら良いのかしら。

 カクは襲ってくる男に容赦はするなと言っていたので、肩の骨が外れるくらいならセーフ?

 骨を少し折るくらい、構わないかしら。


「ありがとうございます」


 私は気を付けながら上着を受け取り、袖を通す。


 私の背が大きくなったとはいえ、その男はさらに大きく、借りた上着は、股下まですっかり覆い隠してくれた。体のラインが消え、私はほっとした。

 男はそんな私を、懐疑的な視線を隠そうともせず、腕を組み見ている。先程との違いように、私は困惑する。


「こんな所で、こんな時間に水浴びしていた理由を聞いても?」


 なんて答えようかしら。正直に王女ですと言っても良い?私は迷った。


 多分、今城ではあの子が私の代わりを演じているはずだから、下手したら不敬罪で捕まってしまう可能性もある。私が私と証明できなければ有罪だ。


 となれば別の誰かになりきるか……私は考えながら表情を曇らせた。

 別の誰かにといえる程、私の交友関係は広くない。というか友人と呼べる関係の人は皆無だ。

 だって、王女としての勉強と戦闘訓練と魔獣討伐とほんの少ししかない公務に明け暮れる日々で、誰かとお茶をした事もほとんどない。

 昔お呼ばれされたりはあったけど、シャンデリアの一件で私は我儘王女の印象がつき、同年代の女の子たちからは倦厭されるようになっていた。

 パーティ―とかで顔を合わせるし、お喋りはする。なり切るのは可能だけど、たぶん問題はそこじゃないわよね?

 今思ったのだけれど、この人貴族じゃないし、他の貴族になりきっても面倒にしかならないと思うの。


 なら選択肢は一つしかない。

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