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第二章~自由の先で始める当て馬生活~
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しおりを挟む彼らが探しに来ないなら、私が行けば良い。
ただそれだけの事が、私にはできなかった。
愛されていると思っていたけれど、私は王子の代わりで城にいたという事実が、私を臆病にさせる。
夜明けを待ち辺りが明るくなってくると、私は近くの水場へ、汚れを落としに向かった。
服を着ずに下着姿で。全身土と砂利でドロドロ。おおよそ、常識的な人の格好じゃない。
出来ることなら今すぐ服を着たいけれど、昔の私が用意した服は一着だけ。汚れた体では着たくない。
それなら魔獣が活動しない時間帯の、人がいないかもしれない時間に、近くの川まで走って行くしかないのでは? というの考えにたどり着き、実行した。
身を屈め、茂みに隠れながら進む。
何故こんなことをしなければならないのか。以前の私なら、屈まなくても隠れたのに。
そう、今の私は小さい少女の姿じゃない。
血の制限は解かれ、背は伸び、髪も伸び、ついでに胸も大きくなった。
カバンに入っていた鏡で顔を見たら、ネイノーシュと良く似ている気がして、やっぱり血が繋がっているのねと、ため息を吐く。
大きくなれたのは嬉しいけれど、さすがに淑女として完全にアウト。
シュミーズは丈が短すぎておへそが出てしまっているし、パンツは食い込んで今にも破れそう。
立派な淑女は下着姿で過ごしたりしないし、外に出たりしないはず。
もちろん、だからといって子供はするというわけじゃなくて、私は幼い姿だったけれど一度もしたことない。
だからこそ、初めてが大きくなってからってどうなのって思ってしまう。
今誰かに見られたら、きっと恥ずかしさで死ねる。
悩んだ挙げ句、私は姿を別人に変えて外へ出た。
アートの姿を変えるのに使った指輪は、今も私の指に収まっている。
赤い髪に日に焼けた小麦色の肌。顔は適当にしたつもりが、どことなくマンナに似ている気がしないでもないのは、垂れ目が原因かもしれない。
これならジージールと兄妹といっても真実味が増すはずだ。
こうして別人になりきった私は、堂々と……は無理だったので、こそこそ隠れながら川へ走ったのだった。
森の中を流れる川は幅こそ狭いが流れは速く、うっかりすると流されてしまいそう。
しかもこの先海へと続いているので、崖の上から真っ逆さまだ。
私は道すがら取ってきた大きな葉を紐代わりの蔓で、即席の籠のようなものを作ると、水を汲んだ。
柔らかい生の葉では強度が足りず、数回汲んだだけで壊れてしまいそう。
もっと取ってくれば良かった。そうすれば、もしも壊れても取りに行かなくて済む。
下着姿でウロウロは、もうしたくない。
私は葉の桶が壊れないよう、両手を添え慎重に水を汲む。頭から水を浴びた。
水は冷たく肌を刺すような痛み。
我慢しながら一回、二回、三回と何度も水を被り、塩でゴワゴワになった髪をとかし、べた付く肌の汚れを落とす。
ただ水を浴びるだけなのに、ものすごくきれいになった気がするわ。元が汚れ過ぎていたせいね、きっと。
最後は大事な所を洗い流そうと、私は一度葉の桶を地面に置き、パンツに手をかけ辺りを見渡した。
絶対に見られたくない。
誰もいないのを確認すると、後はスピード勝負。
サオトイトと戦った時と同じくらいの危機感が襲う中、私は葉の桶が壊れるのも気にせず急いで体を水で流し、カバンに手を伸ばした。着替えを取り出す為だ。
けれど、その時風の中に葉を踏む音を見つけ、息を呑んだ。
早朝から昼間に活動する魔獣は、そう多くない。
寝床へ帰る魔獣か。たまたま水場に立ちよった魔獣かもしれない。
この森に生息する魔獣は数多いる。種類によって対処方法が変わってくる。
私はほぼ裸である事を忘れ、拳を握り武器を出した。
けれど、待てども次がない。
こちらを伺っているのかしら。
私、睨み合いって苦手なのよね。
私はさっさと終わらせたいタイプで、よくカクに辛抱が足りないって言われた。
一度距離を取るにしても、私の後ろは川が流れる。リスクは承知で、いい加減こちらから仕掛けるか。
どうするべきかあぐねていると
「ん?人間か?」
男の声だった。
「はい?」
血の気が引いた。
もしかしなくても私は、小さい、しかも濡れて透けているシュミーズだけを身に着けている姿を、男に晒してしまった?
私はあまりの羞恥に訳が分からなくなり、自分でも信じられない声量の悲鳴を上げ、体を縮こまらせ大事な部分を隠した。
森の中がにわかに騒がしくなり、男が転んで短く声を上げる。
「待って!無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理……」
「大丈夫だ!見てない!なんっも、見てねぇから!」
「何が大丈夫か全然わからないから!」
こんな所を見られるなんて…………もう穴が会ったら入りたい。
「エヴィウォークと思ったんだ! まさかこの時間に人がいるなんて思ってなくて!覗くつもりは全然なくてっ本当だから!」
男の人はツラツラと言い訳を連ねる。
私はというと、徐々に冷静さを取り戻しつつあり、恥ずかしい時って本当に涙が出るのね、と現実逃避をしていた。
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