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第二章~自由の先で始める当て馬生活~
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「くたばれ!」
迫る水の塊を避けられず、私はそのまま崖の上から転落した。
落下しながら、すべてがゆっくりと通り過ぎていく。
走馬灯が駆け巡り、マンナやカク、ジージール、お父様とお母様の顔を思い出す。
その時だ。
――アイナ!――
アートの声が聞こえた気がしてハッとした。緩みかけていた手に力を込め、武器をグッと握り直す。
武器を振り下ろし鞭へと変化させ、腕を振り上げながらもう一振り、出っ張っている岩に鞭を巻き付けた。
よし、上手く巻き付いた!
確かに落下は免れたけれど、今度は私の体が振り子の様に岩肌に向かい振れていく。
「あぁ!わわわわわっ………」
私は正面から衝突するのを避けるため、咄嗟に体を捻り腕をクッション代わりにした。
顔面から激突するよりよっぽど良い。
ごつごつした岩肌に体を打ち付け、尖った岩が腕と足を容赦なく抉る。
死にはしなかったものの、物凄く痛かったし、鞭を巻き付けた岩は、重みと衝撃に耐えきず崩れてしまった。
私は再び落下し始めた。
崖の真下は崩れ落ちた大小さまざまな岩が転がる。普通の人なら魔法でも使わない限り、このままではどうあっても助からない。
そう、普通なら。
私は今、身体能力が上がっているし、奇跡的に魔法具もまだ生きている。
私は落下しながら崖を駆け、思いっきり踏み切った。飛んだ。
けれど、すぐに落下する。鳥人なのに。
大昔の鳥人はもっと羽が大きく、魔法を使わずとも空を飛べたらしい。今の時代に生きる私たちには夢のような話だ。
鳥人の羽は時代と共に小さくなり、いつしか跳躍しかできなくなり、現代に生きる私たちにとっては、ほぼ飾りだ。
普段は隠している羽があったとしても、結局は飛べないけれど、少しぐらいは長く滑空で来たかもしれない。
お父様にどんな思惑があって、私の成長を遅らせ鳥人としての特徴を隠しているのかはさっぱりわからない。
これまでただの一度も不都合を感じた事がなかったのは、きっとマンナ達がいてくれたおかげかも。
今それをひしひしと痛感しているわ。
もしも飛距離が足りなかったら、岩に激突…………いえ、もう一度鞭で叩けば、少しぐらいは衝撃を和らげられるかもしれない。
骨が折れる程度なら良しとしましょう。
私は鞭を振るった。特に大きな巨石を砕き、落下地点を海に寄せる事に成功した。
海面に足から突っ込み、白い泡が上っていく中、私は下へ沈んでいく。深い青が私を飲み込もうと、大きく、私を待っている気がした。
光が揺れる海面を目指し、私は必死で手足を動かした。
ようやく海面に顔を出したが、落ちた崖が少し遠い。まっすぐ上がってきたと思ったけど、結構泳いていたのね。通りで苦しいはずよ。
けれど、生きてる。この高さから落ちても生きていた。
「くぅ…………」
私は叫びたいのを堪えた。
上まで声が届けば、きっとまた攻撃される。
今の私でもまだ戦えるかもしれない。けれど、相手が魔法で飛んできたら、足場の悪い私は不利だ。
今は逃げるのが、先決よね? アートはきっと大丈夫。カクやマンナ達が王子を危険な場所にやるわけがないもの。
まずは逃げて、ほとぼりが冷めたら、お城へ戻るわ。
私は崖に沿って、北へ泳ぎ始めた。
――アイナ!――
その時、またアートの声が聞こえた気がして、私は崖の上を見上げた。
けれど、目前にそびえる崖は高すぎて、屋敷は遠すぎて、とても手が届きそうにない。
私は再び泳ぎ始めた。
海を深い海はすべての母であり、巨獣たちの住処でもある。
海の深い所がどれだけの脅威を抱えているのか、想像しただけで恐ろしくて、体が震えた。
秋も深まる海の水が、冷たいのも関係あるかもしれない。
体中、血だらけで痛い所だらけ。
けれど幸いにも私はカラス羽で、魔力だけはたっぷり持っている。肉体強化もまだ切れていない。
私は無我夢中で手足を動かした。
どれだけ泳いだ時だったか。
静かに、私の何倍もある大きな影が近づいてきた。気が付いた時にはもう距離はなく、影はあっという間に私の下に入り込むと、尻尾で思いっきり私を突き上げた。
私は宙に投げ出された。
海面に顔を出した巨体は私が落ちてくるのを待ちきれず、黒く大きな口で空気を食み潜っていく。
体から口の中まで真っ黒で、私を一呑みできるほど大きな巨体。
これはサオトイトという巨大魚だ。
影は一つや二つではない。いくつもの影が私を狙い集まってきている。
サオトイトは鼻が良く効く。私の血の臭いに引き寄せられてきたのかもしれない。
再び這い寄る死の臭いに私は息を呑んだ。
――アイナ……――
けれど、時折頭で響くアートの声は、その度私を奮い立たせてくれた。
拳を握れ、歯を食いしばれ。恐ろしいと思った時、生きる事だけを考えろ。
カクの教えが脳裏に蘇り、私は両手に武器を出し、一振りして刀に変える。
生き残る。 その為には、全力で獲物を狩るのみだ。
迫る水の塊を避けられず、私はそのまま崖の上から転落した。
落下しながら、すべてがゆっくりと通り過ぎていく。
走馬灯が駆け巡り、マンナやカク、ジージール、お父様とお母様の顔を思い出す。
その時だ。
――アイナ!――
アートの声が聞こえた気がしてハッとした。緩みかけていた手に力を込め、武器をグッと握り直す。
武器を振り下ろし鞭へと変化させ、腕を振り上げながらもう一振り、出っ張っている岩に鞭を巻き付けた。
よし、上手く巻き付いた!
確かに落下は免れたけれど、今度は私の体が振り子の様に岩肌に向かい振れていく。
「あぁ!わわわわわっ………」
私は正面から衝突するのを避けるため、咄嗟に体を捻り腕をクッション代わりにした。
顔面から激突するよりよっぽど良い。
ごつごつした岩肌に体を打ち付け、尖った岩が腕と足を容赦なく抉る。
死にはしなかったものの、物凄く痛かったし、鞭を巻き付けた岩は、重みと衝撃に耐えきず崩れてしまった。
私は再び落下し始めた。
崖の真下は崩れ落ちた大小さまざまな岩が転がる。普通の人なら魔法でも使わない限り、このままではどうあっても助からない。
そう、普通なら。
私は今、身体能力が上がっているし、奇跡的に魔法具もまだ生きている。
私は落下しながら崖を駆け、思いっきり踏み切った。飛んだ。
けれど、すぐに落下する。鳥人なのに。
大昔の鳥人はもっと羽が大きく、魔法を使わずとも空を飛べたらしい。今の時代に生きる私たちには夢のような話だ。
鳥人の羽は時代と共に小さくなり、いつしか跳躍しかできなくなり、現代に生きる私たちにとっては、ほぼ飾りだ。
普段は隠している羽があったとしても、結局は飛べないけれど、少しぐらいは長く滑空で来たかもしれない。
お父様にどんな思惑があって、私の成長を遅らせ鳥人としての特徴を隠しているのかはさっぱりわからない。
これまでただの一度も不都合を感じた事がなかったのは、きっとマンナ達がいてくれたおかげかも。
今それをひしひしと痛感しているわ。
もしも飛距離が足りなかったら、岩に激突…………いえ、もう一度鞭で叩けば、少しぐらいは衝撃を和らげられるかもしれない。
骨が折れる程度なら良しとしましょう。
私は鞭を振るった。特に大きな巨石を砕き、落下地点を海に寄せる事に成功した。
海面に足から突っ込み、白い泡が上っていく中、私は下へ沈んでいく。深い青が私を飲み込もうと、大きく、私を待っている気がした。
光が揺れる海面を目指し、私は必死で手足を動かした。
ようやく海面に顔を出したが、落ちた崖が少し遠い。まっすぐ上がってきたと思ったけど、結構泳いていたのね。通りで苦しいはずよ。
けれど、生きてる。この高さから落ちても生きていた。
「くぅ…………」
私は叫びたいのを堪えた。
上まで声が届けば、きっとまた攻撃される。
今の私でもまだ戦えるかもしれない。けれど、相手が魔法で飛んできたら、足場の悪い私は不利だ。
今は逃げるのが、先決よね? アートはきっと大丈夫。カクやマンナ達が王子を危険な場所にやるわけがないもの。
まずは逃げて、ほとぼりが冷めたら、お城へ戻るわ。
私は崖に沿って、北へ泳ぎ始めた。
――アイナ!――
その時、またアートの声が聞こえた気がして、私は崖の上を見上げた。
けれど、目前にそびえる崖は高すぎて、屋敷は遠すぎて、とても手が届きそうにない。
私は再び泳ぎ始めた。
海を深い海はすべての母であり、巨獣たちの住処でもある。
海の深い所がどれだけの脅威を抱えているのか、想像しただけで恐ろしくて、体が震えた。
秋も深まる海の水が、冷たいのも関係あるかもしれない。
体中、血だらけで痛い所だらけ。
けれど幸いにも私はカラス羽で、魔力だけはたっぷり持っている。肉体強化もまだ切れていない。
私は無我夢中で手足を動かした。
どれだけ泳いだ時だったか。
静かに、私の何倍もある大きな影が近づいてきた。気が付いた時にはもう距離はなく、影はあっという間に私の下に入り込むと、尻尾で思いっきり私を突き上げた。
私は宙に投げ出された。
海面に顔を出した巨体は私が落ちてくるのを待ちきれず、黒く大きな口で空気を食み潜っていく。
体から口の中まで真っ黒で、私を一呑みできるほど大きな巨体。
これはサオトイトという巨大魚だ。
影は一つや二つではない。いくつもの影が私を狙い集まってきている。
サオトイトは鼻が良く効く。私の血の臭いに引き寄せられてきたのかもしれない。
再び這い寄る死の臭いに私は息を呑んだ。
――アイナ……――
けれど、時折頭で響くアートの声は、その度私を奮い立たせてくれた。
拳を握れ、歯を食いしばれ。恐ろしいと思った時、生きる事だけを考えろ。
カクの教えが脳裏に蘇り、私は両手に武器を出し、一振りして刀に変える。
生き残る。 その為には、全力で獲物を狩るのみだ。
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