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第一章~王女の秘密~
一章 終話
しおりを挟む「エグモンドを拘束しろ」
国王が命令を出したのは、王都襲撃の夜が明けた、その昼過ぎの事だった。
家族が見守る中拘束されたエグモンドは終始無実を訴えたが、憲兵らにより城へと連行されていった。
国外にも大きな衝撃を与えた現国王の実弟逮捕は、国内でも連日トップニュースとして伝えられ、大変大きな衝撃を与えた。
これは関係者しか知らない事だが、エグモンドが逃亡するのを防ぐ為、彼の家族に刃を向けられる中での逮捕劇だったのだが、これらの命令はすべて、国王であるアーロが下した。
これまでの良き王としての仮面の奥に隠された、冷酷な一面は関係者を非常に驚かせた。
エグモンドは城の地下にある、特別な者を幽閉する為の牢に入れられた。他の牢と違いベッドもソファーもある。寒くもなく熱くもない丁度良い室温に保たれ、薄暗く陰気な雰囲気な所を除けば、まだ快適といえよう。
アーロは一度だけ、エグモンドの元を訪れた。
「兄上!俺は無実だ!」
エグモンドは無実を訴えたが、アーロは耳を貸さず、冷たく、無表情のまま小さく息を吐く。
「お前、ユーインを知っているな?」
「ユーイ……聞き覚えがある気もしますが……」
「オニーホーン伯ニータ・ハナテューリ、お前が普段から懇意にしていた相手だ。そのオニーホーン伯爵領で、軟禁状態のユーインが発見され、現在は私が保護している。彼女から面白い話が色々聞けたよ。お前に指示されアイナに色々吹き込んだ、とかな」
「兄上、俺には何の事かサッパリわからない。誰かが私をはめようとしてるに違いない!お願いだ。信じてくれ!兄上!」
「アイナが君との会話を撮っていたんだよ…………心当たりはあるんだろう?」
アートがアイナに託されたあの包み。中に入っていた薄く透明なあの魔法具は、アイナが見た物をそのまま記録できる魔法具だった。
アイナはエグモンドが部屋に現れてからのやり取りをすべてを記録しており、本人の証言が収められた映像は、エグモンド逮捕へと繋がっている。
アイナが残したのは、長年アーロが欲していた物だったが、代償が大きすぎた。
「兄上、頼むから話を……」
認めようとしないエグモンド対し、アーロは歪んだ笑みを浮かべる。何度も繰り返し見た――あの映像でエグモンドがアイナに見せた――あの笑みをだ。
「お前で最後だ…………だったか?」
何度も見すぎて脳裏に焼き付いてしまった。
慣れた様子で殺せと命令するエグモンドは見知らぬ他人のようで、分かっていたとはいえ、アーロは信じられない思いだった。
何が彼をここまで追い詰めてたのか、などというつもりもない。
アーロも解っていた。数年早く生まれてきただけの兄と比べられ、弟がいつも苦しんでいた事に。
子供にとって数年の差がどれだけ大きくとも、二人しかいない兄弟を周囲は対等のものとして扱った。
互いに意識せざる得ない環境が整い過ぎていた。
エグモンドが悔しげに鉄格子を固く握りしめた。
力が入りすぎて細かに震える手は白く、それでもびくともしない鉄格子に苛立ちをぶつけるかのように頭突きをする。
鈍い音が二人の間に落ちた。
「奥方のシャリー殿と息子のザビー、フィリップ達が連名で、君の減刑を訴えてきたよ。シャリー殿にいたっては自分が罪を被ると………」
「シャリーは関係ない!!!」
この時エグモンドが見せた表情は、アーロのよく知る彼そのもので、この時アーロの心が決まったといっても良い。
「お前一人か?」
静かに尋ねたアーロに、エグモンドはズルズルと落ち、床に膝をついて項垂れた。
「…………そうだ。シャリーも息子たちも本当に何も知らない。俺が一人でやった。知っている事はすべて話す。だから家族だけは助けて……ください」
「彼らは国外追放が決まった…………そんな顔をするな。これはせめてもの恩情だよ。国内では生きにくいだろうからな。向こう三年は経済援助もしよう。それだけあれば、生活の基盤を整える猶予くらいにはなるだろう」
「ありがとうございます…………感謝を申し上げます。陛下」
エグモンドは頭を垂れた格好のまま、顔を上げようとも、下げようともしない。
二人の間に再び沈黙がおりる。
アーロはピクリともしない弟を目に焼き受け、やがて出ていこうと踵を返したアーロの背中に、エグモンドが独り言のように呟いた。
「兄上にはわからないさ。俺が子供の頃からどんな思いをしてきたかなんて……俺が兄上を理解できないようにな。俺なら我が子をみすみす危険な目に合わせたりしない。恨まれてでも守る…………娘を囮にした兄上とは違う」
長い沈黙の後、アーロは振り返らず
「…………いや、良く似てるよ。嫌になるほどな。俺は後悔している。お前もだろう?」
兄弟だからな。 そう言い残し、アーロは部屋を出ていった。
これが兄弟最後の会話だった。最後は互いの顔すらも見ない、そんな別れだった。
一週間後、エグモンドの死刑が密やかに執行された。
公式の発表では、誰にも見送られることなく、遺体も共同墓地に投げ捨てられた、寂しい最後だったとされている。
エグモンドの刑が執行されたその日の夜、国外へ向かう一台の車があった。夜闇に紛れ逃げる様に走るその車には、エグモンドの妻シャリーと二人の息子が乗っていた。
王族に連なる血を持っていようとも世間の目は冷たく、逃げるように屋敷から別邸に移ると、それを待っていたかのように人々が屋敷に押しかけ、あらゆるものを強奪していった。
先に暇を出し殆どの者がいなくなった後だったが、数名の使用人が残って片づけをしていた、その際中の出来事だった。
巻き込まれ怪我をした者や、詰めかけた人々をなじり暴力を振るわれた者など被害も少なくなく、結局、治安部隊が屋敷を封鎖する事態にまでなってしまった。
そんな状況下だったからか、追放となった彼らも身なりは質素で、一見平民と大差ない。
表情は硬く、下の息子のフィリップは唇をグッと噛みしめ、兄のザビーに肩を抱かれている。その兄も目を涙で潤ませ、後ろに流れていく景色を眺めていた。
妻のシャリーだけが、しっかりとした表情で前を見据えている。
彼らが故郷の地を踏む事は二度とない。
体に刻まれた魔法によりオワリノ国は彼らを拒み、少しでも足を踏み入れれば激痛が彼らを襲うだろう。
彼らが今置かれている状況が、彼らにとって幸か不幸なのか。それを決めるのは未来の彼等だ。
殺されなかっただけマシだと思えればそうなのだろうが、結局は国を追われ罪人の証を背負って生きていくのだから、一概に幸運ともいえない。
ただ一つだけ付け加えるのなら、車内にはシャリー達とは別にもう一人、男の姿があった。
彼らの護衛だという男は道中一言も喋らず、しかし耐えるかのようにじっとしていた。
国境を超える際も、国王の命令で、彼らの乗る車には検閲は行われず、男の素性を誰も知らないまま。
しかし、すでに彼らは国境を越えた。
オワリノ国は彼らに干渉しないし、彼らも二度と戻らない。
これで良いのだと、車を見送る誰が呟いたが、結局それも風の中に消えていった。
***************************
第一章 終わり
ここまでお読みいただきありがとうございます。
エグモンドの凶行の理由については、近況ボードに簡単にまとめて載せます。興味のある方はどうぞ。
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