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第一章~王女の秘密~

54~アート1 ~

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 アイナの手を引き、町の中を北へと逃げてる。彼女の体から力が抜け、ガクンと崩れるまで、アートは敵の存在に全く気が付いていなかった。

 固く握り合っていたと思っていた手が離れ、彼女を地面に打ち付けまいと抱き抱えようとしたが、すでに彼女は敵の腕の中にあった。

 アートは咄嗟に移し身を作り出しアイナに付けたのだが、この時、全てを構わず敵を攻撃していれば、彼女をまんまと敵に連れ去られる事もなかっただろうが、アイナも巻き込まれ怪我を負っていたはずだ。

 アートはまずアイナを守る選択したのだ。

 敵はアイナをその腕に抱くや否や、転移魔法で何処かに消えてしまった。アイナに付けた映し身ともに。

 映し身と作り出した当人は常に繋がっているはずだったのだが、アートが映し身の位置を把握出来たのは、それから一時間以上も経ってからだった。


 ずっと西に行った、海の近くにある集落から、反応があったのはせいぜい十秒かそこらだろう。

 アートが集落まで飛びしらみ潰しに周囲の捜索した結果、何故か人が集まる古い屋敷を見つけたのだが、その時点で時間がかかりすぎていた。

 結局アイナがさらわれ見つけ出すまでに、実に三時間以上かかってしまっていた。

 その間、アイナが殺されず生きていたのは奇跡としかいいようがないと思っていたが、毒を盛られていたとするなら、納得できる部分もある。

 彼らはアイナが苦しみ死ぬよう、遅効性の毒を使ったのかもしれない。だから、助かったと思った矢先に症状が現れ始めたのだ。


 アイナを一人で地下の隠し部屋に残し、単身地上へ出る前、アートはもう一度後ろを振り返った。

 彼女との感触を思い出し、舌で唇を舐める。

 ぷっくりとした唇は艶めいて甘い果実を思わせ、白い肌はきめ細かでしっとりとしており、吸い付くような手触りは、一度触れてしまえば夢中になった。

 それだというのに、黒くまっすぐな髪に指を絡ませれば、スルリと逃げた。

 自分だけの物にしたくてたまらないその女性ひとの唇を、アートは有無をいわさず奪った。

 
 一度めはアルテムと呼ばれたくなくて。二度目は名残惜しくて。


 アートとの未来を、と言った彼女の言葉に嘘があったのは気付いてた。


 王が取り決めたネイノーシュ兄貴との結婚が、簡単に覆るはずがない。


 そう思い込んで、どうして、嘘の意味を取り違えていると気付けただろう。

 アイナの言葉の真意に、アートと一緒にいたいとの願いに気付けなかった事を、アートは一生後悔する事になる。



――ガコン――


 重い音と共に地下通路の入り口が開かれのは、木々の生い茂る森の中だった。

 屋敷の西側から北西にかけて広がる森があったのを思い出し、アートはおおよその位置を頭の中に思い描いた。

 頭だけを出し、周囲の様子を注意深く探る。敵の影は見当たらない。今の内にと、アートは地下通路を飛び出した。


「城へ!」


 走りながら転移魔法を試した。けれど、まだ屋敷に近いのが、原因なのか全く発動しない。舌打ちをする。

 アイナが待っているのだ。
 それに、この白い髪は夜闇では目立つ。こんな所でもたもたしているわけにはいかなかった。


「俺に風と翼を」


 アートが地面を蹴った。ふわりと重力を感じさせない足取り、で森の中を駆け抜けだした。その時だった。


――ザザッザザザッ――


 草を踏み分ける音が周囲から聞こえてきた。
 野生の動物か魔獣か。それとも敵なのか。何にせよ取り囲まれてしまった。


「映し……」


 言ってから、アイナの元に置いてきたことを思い出した。

 アートの実力では何体も作り出すのは難しい。仮にできたとしても、個々がより脆弱な仕上がりになるのだから、より強力な個体がアイナの傍にいる方がよっぽど安心だ。


――タシュン!――


 敵が放った何かがアートの足を掠め、裂けた皮膚から血がドロリと流れ落ちた。


――カチャリ……――


 今度は金属音を確かに聞いた気がして、アートは体を翻し、大きく弧を描きながら宙を舞った。それを、先程と同じ発砲音が連続して追う。

 上手いことかわせたと思ったが、今度は着地した所を狙われた。腹を撃たれた。


「ぐうっ」


 慌てて自身のごつい杖を出し結界を張ったが、この結界、敵の弾は弾いても魔法は難なく通過する。
 
 ボキッと骨が折れる音と共に、足に激痛が走った。


「くそ…………」


 おそらく相手は銃の腕はいまいちでも、アートよりも腕のよい魔法師なのだろう。なおさら立ち止まっていては、ただの良い的だ。

 お腹に力が入らない分、さっきのような動きは難しい。
 アートは痛む足をかばい反対の足で踏切り、跳躍する。悪あがきだが、別にちゃんと策はある。


「森に住まう精霊に乞う。血と引き換えに守りを与えたまえ」


 森にいるのなら、森の精霊に協力を求める。簡単のようでいて誰もができる事ではなかった。

 精霊が協力したくなる人間というのがあり、血の味だとか、人となりだとか基準は定かではないが、アートは幸運にもそれだった。


 守りは最大の防御とはよく言ったもので、いくつかの小石が浮かび上がったと思えば、それらは四方八方に、目にも止まらぬ早さで飛んで行った。

 品のない短い悲鳴がいくつか聞こえ、あたりに夜闇の静寂が戻る。

 アートの足からは相変わらず血が流れているのを見ると、どうやら精霊は別の所から血を貰ったようだ。
 精霊に助力を乞う行為は、代償も大きい。なんのダメージもなく済んだのは幸運といえるかもしれない。

 けれど、手練れであろうとも精霊の前には無力であるのは、正直な所、感謝よりも恐ろしさの方が大きい。

 こっわ……精霊の機嫌を損ねない様に、アートは心の中で呟いた。


「感謝申し上げます」


 礼を述べると、精霊の気配も消えた。


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