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第一章~王女の秘密~
50~ジージール3~
しおりを挟むジージールは自分に良く似た写し身を呼び出した。
姿はそっくりでも大きさは本人の掌程度。もっと大きくも出来るが、この程度が何かと都合が良かったりする。
「分かってるな? ……頼んだぞ」
ジージールは映し身にアイナを探させようというのだ。
目印はアイナが常に身に着けている魔法具。あれの放つ特殊な波動を、映し身には覚えさせている。さほど時間もかからず見つけてくれるはずだ。
ジージールの映し身は二度三度掌の上でくるくる回り、ピッと北東を向いて止まると、そのまま飛んで行く。
ここから北東だと、避難用の隠れ家がある方角だ。城へは戻っていないあたり、良い判断だといえる。
ジージールもまた、城下だけでなく王都全体を包む異様な空気を感じ取っていた。
ひょっとすると、城でも何か起きているのかもしれない、そう思わせるだけの異様さがあった。
俺も行くか。ジージールがアイナを追いかける為、いったん姿を消そうかとした時だった。
アイナが飛び出した同じ窓から、何者かが一人飛び出したのが見えた。一瞬だったが覆面をしている、いかにも怪しい風体だ。
ジージールの判断は早かった。すぐさま、もう一体写し身を呼び出すと、怪しいその人物を追うよう指示を出した。
二体目の映し身は先ほどの個体と違い、ジージールとはさほど似ていない。全身を黒く染め、だからだろうか、顔の造形などもあいまいで分かりにくい。
「あれを追え。動きを封じろ。怪我をさせても良いが、殺すな。良いな?」
ジージールの指示を受け、映し身は頷き、覆面と同じ方角へ飛んで行った。
ただ、それだけは終わらなかった。宿から覆面をした者達がわらわら出てきたのだ。
もちろんジージールには、一目見ただけで彼らが何者なのかは判断つかない。しかし、状況から推察するに、アイナはこれらから逃げているのではと、判断できるのだ。
そうなると、ジージールのやるべき事はたった一つだ。
『kachorambu』
先ほどの同じく火の蝶たちが現れ、ジージールの周囲を取り囲む。
『kakemakumo ayanikashikoku mawosaku onniwanikamuzumarimasu ohomikamimochite azukaritamafu kuninominosaiowo tamahetokashikomimawosu』
突然、地面が揺れた。地震ではない。ここだけ、ジージールが浮かんでいる真下だけが揺れているのだ。
揺れを感じ始めてからわずか三秒程でそこが盛り上がり、周囲にヒビが入った。
展開は目まぐるしく、宿前の景色は怒涛の如く一変した。
天に向けて地面が突き上がり、ジージールに届く程の細長い石が出現した。
宿から出てきたばかりで、おそらくまだ誰もジージールの存在に気が付いていなかったのだろう。意表を突かれた覆面集団は、突然の揺れに初めは地震と勘違いしたようだった。
しかしすぐに、地面からまるで何かのシンボルの様に岩が突き出してくると、一様に空を見上げようやくジージールを見つけた。
火事の明かりにてられ夜闇に浮かび上がるシルエットは、どちらかというと恐ろし気で、よからぬ物を想像させる。石柱の出現とジージールを結びつけるのも容易だ。
一番行動の早かった一人が、ジージールに杖を向けた。
「魔力妨害するぜ、この野郎」
真っ当に考えるなら、魔力の流れを止め、魔法によって空に浮かんでいるジージールの落下を狙うのは当然といえた。
しかし、ジージールは先ほどの、魔法の魔力を吸収する魔法を展開したままだ。同然のことながら、魔力妨害の魔法ですら、吸収され無効化される。
己の魔法が霧散し消失し、覆面たちは動揺の色を見せたがすぐさま次の行動へ移った。
他に仲間がいる可能性を警戒し、魔力を吸収された時の定石通り、相手の自滅を誘う。
「大地より生み出されし、深緑の太き枝葉よ。強き根を張り飲み込み砕け」
覆面の一人が果敢にも繰り出してきた魔法は、植物を操る魔法だ。
地面から新芽が現れたかと思えば、瞬きをする間に石柱に巻きつきながら大木へと成長し、水分を吸い取ったのか、または圧迫したのか、岩がバキバキと音を立て崩れていく。
「矢を穿つ、深き地奥に眠りし月の輝きを纏え」
三手目の魔法が放たれたのは、新芽が出たのとほぼ同時だった。
覆面の拳の中に現れた一本の矢は銀色の輝きを放ち、ジージール目掛けて放たれた。
しかし、矢はジージールに近づくほどに輝きを失い萎ん消え、立派だった大木はジージールに届く前にただの枯れ木になった。他にも火やら水やら魔法が放たれたのだが、そのどれもがジージールに届かなかった。
ジージールは砂利へと果てていく岩を上から眺めながら、「はっ」と息を吐き出しながら笑った。
「馬鹿な奴ら」
『ryugagotokumaiodore』
ジージールが言うや否や、今度は強い風が起きた。
ただの風じゃない。風は円を描き覆面達を取り囲み、空気の壁を作り出していた。その中を砕かれた石柱の破片が飛んでいる。
破片といっても元の石柱が大きいだけあり、破片の大きさはこぶし大にもなる。当たれば肉を抉り骨を砕き、下手をすれば致命傷を与えるだろう。
たかが小石、されど小石だ。石柱を砕いた者も、まさかこんなことになるとは思っていなかっただろう。
「ウギャー」
「あ゛ぁぁぁ あ゛ぁぁぁ あ゛ぁぁぁ」
「ヒィィィィ」
阿鼻叫喚の地獄絵図とでもいうのだろうか。とてもにこやかな笑顔でいられる光景ではない。ジージールも眉をひそめた。しかし、だからといって、覆面達を哀れに思ったのではない。
単純にこの場をどう収めようか、悩んでいるだけだ。
「殺しちゃいけないってのが一番面倒なんだよ。殺す方が簡単に済むんだけどな」
でもこの程度ならすぐに制圧し、アイナを追える。ジージールの意識はすでに映し身へと向けられていた。
だが、ジージールは悠長に構え過ぎた。
彼は知らなかったのだ。アイナを狙い襲ったのは彼らではない事を。
国一番の使い手の結界を破ったのが、この程度の魔法しかえない連中でない事を、もっと早くに気が付くべきだったのだ。
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