アヒルの子~元王女は世界で一番憎い人と結婚します~

有楽 森

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第一章~王女の秘密~

49~ジージール2~

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 まさかアイナが強硬手段に出るなど、誰も思わなかった。

 真実を隠していたからこうなってしまったのか、隠していたからこそ今までこうならなかったのか。どちらかなんて神のみぞ知るだ。


 アイナがどういう思惑でこんな事をしでかしたのかはジージールにも分からないが、もしも仮に、アイナがアルテムの殺害を企てていたとするなら、結末は一つしかない。後悔しても今更だ。


 頼むから自死だけは勘弁してくれよ。


 初めは走っていたジージールだが、魔法を使い走る速度を上げたとして、建物の間を行くだけでは遅すぎてじれったくなった。

 ジージールは「飛翔」と短く呪文を唱え、体を浮かした。

 これで道を気にせず、一直線で宿まで戻れる。そう思った時だった。


 立て続けに爆発音が聞こえた。

 見やれば町中で新たな煙が上がっている。しかも一か所や二か所ではない。何者かが故意的に起こした爆発であるのは明らかだ。

 原因については、いくつかのシナリオが思い浮かんだが、ジージールにとってはどうでも良かった。

 アルテムと共に宿に残してきてしまったアイナの身だけが気がかりだった。


 部屋にはアイナが認めた人物以外出入りできない様、しっかりと結界を張ったつもりだ。決して自慢ではないが、結界の技術なら国内では負けない自信がある。

 しかし何事にも絶対はない。国外まで目を向ければ、自分より実力のある者はいる。


 ジージールは飛ぶ速度を速めた。


 アイナ……アイナ……アイナ……頼むから無事でいてくれ……


 祈る思いで何度もアイナの名前を心の中で呼んだ。


 しかし、やっとの思いで宿に帰ってきたジージールが見た物は、火に囲まれ煙に呑まれる宿だった。血の気が引く。

 ジージールはごくりと喉ぼとけを上下させ、見開いた目をぎゅっと瞑り、体をブルっと震わせた。


 そうだ、今は呆然としている場合じゃない。俺はアイナの兄なのだから。

 火なら俺の得意分野だ。


『kachorambu』 


 それは不思議な響きを持つ言葉だった。意味を理解できる者など身内くらいのものだろう。

 ジージールの周囲に蝶を象った火が無数現れた。火の蝶たちは自由に飛び回り、散った火の粉が大きく燃え上がり新たな蝶になる。
 火の蝶が秒の早さで増えていく。

 ジージールが宿を取り囲む火を指差すと、火の蝶たちの半分が火事の中に飛び込んでいった。残った半分はその間も増え続けている。

 ジージールも火を飛び越え、宿に突入しようとした、正にその時だった。

 宿の二階の窓から何かが飛び出した。

 一人は間違いなくアイナだ。
 ジージールが見間違えるはずがない。もう一人はアイナが顔を変えたアルテムだろう。アイナの手を引き煙を飛び越え飛んでいく。


「生きてる……」


 しかも、手を取り合って逃げているとなれば、自死の心配もないのだろう。今のところは。


 だか、どうして二人が宿から飛び出さねばならない? 悠長にしている余裕はないようだ。


 普段隠れてアイナを警護しているジージールにとって、目立つ真似はご法度だったが、ジージールでなくも、火の蝶に囲まれながら空を飛び回るなどは危険な行為といわざる得ないだろう。

 飛行船が飛ぶような高度ならまだしも、魔法で飛翔する程度では、地上から狙い撃ちにされる恐れがあった。


「?」


 ジージールは蝶が一羽消えたのを感じとり振り返った。

 また一羽、二羽、と火の蝶が消えていく。


 攻撃されてる……何処から?


 敵を引き連れ護衛対象に近づく者などいやしない。
 早くアイナを追いかけたい衝動を堪えると同時に、邪魔をしてくる敵の存在が実に煩わしく思えた。


 ジージールは飛び回り逃げるふりをしながら、新たな魔法を展開した。


 魔法を使い空を飛んでいる場合、もっとも警戒しなければならないのは魔力妨だろう。魔法をかき消されでもしたらたちまち落下し、ダメージを回避するのはほぼ不可能だからだ。

 なので魔力妨害された場合、まず落下対策を取るのが定石だ。だが、ジージールが展開したのは受けた魔法を無効化しつつその魔力を取り込む魔法だった。


 相手の魔法を無効化しつつ、自身の魔法の威力を高める事の出来る魔法だが、その反面、体への負担も大きい。

 この場合、相手方の取るべき対策としては、魔法を使わないか、もしくは、相手の魔力過多による自滅をさそうかだ。


 ジージールを攻撃してきた者たちは後者を選んだ。魔法の腕に自信があるからこその選択だ。


 狙い通り。ジージールがニヤリと笑いそうになるのを、すんでの所で堪え、代わりに歯を食い縛った。


 相手が大きな魔法を打てば、隠れるのも難しくなるというもの。

 それでも通常であれば、魔力過多により自滅する方が早いのだ。なので、敵もこの方法を選択した。
 攻撃を受けても尚飛び逃げている若いジージールが、敵の目には未熟に映ったに違いない。そこに策があるなど、考えてもいないのだろう。


 油断している今なら簡単に叩けるはず………………見つけた。宿の向かい、特産物を多く扱う店の影から魔法が放たれてる。


「行け」


 ジージールが指を弾いた。火の蝶がヒュンッと、空気を切って飛んでいく。


「ギャァァァァアアアア!」


 建物と建物との間で、火が燃え上がり隠れていた何者かの断末魔が辺りに響いた。


「なぜ……何故だ……」


 多量の魔力を取り込んでおいて、何故貴様は平気なのか。疑問を抱きながら、何者かはこと切れた。


 そういう体質なんだよ。
 ジージールは肩を竦めただけで、答えはしなかった。


 ジージールの家系は秘密が多いのだ。









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