上 下
61 / 124
第一章~王女の秘密~

48~ジージール 1~

しおりを挟む




 ジージールがアイナに言われ、騒ぎの元を調べに宿の外に出た時、煙はまだ一筋しか上がってなかった。煙が立ち上るその場所を突き止めた時、ジージールはあまりの腹立たしさに舌打ちをした。

 もうもうと立ち上る割には、ほとんど臭いも熱もない。

 やられた。この場所はジージールにアイナが耳打ちをしてきた場所だ。気を逸らす為にワザとあんな事を言ったに違いない。まんまと彼女の策略に乗ってしまったというわけだ。

 久しぶりに兄上なんて呼ばれて嬉しかっただけに、ショックも大きかった。

 一発くらいなら許されるだろうか、ジージールは拳を握り、踵を返した。





 ジージールが初めてアイナに会ったのは、まだ7歳の頃だった。

 四人兄弟の末っ子。兄たちには母との思い出があるのに対し、ジージールは極端に少なかった。乳母として城に務める母と会えるのは年に数回で、それもわずかな時間のみだ。

 正直な所、アイナの事を恨んでいた。


 姫の遊び相手を引き受けたのも、始めは母と一緒に居たかったからだった。

 ジージールがアイナと初めて顔を合わせた時、彼女にいけ好かない子供といった印象を持ったのは、マンナの後ろに隠れ、中々顔を出さないアイナが、マンナは自分のものだと言わんばかりに映ったからだ。

 今からでもやらないと言おうか。脳裏をかすめたが、それでも母と一緒に居られるのならと、マンナの後ろから出てくるのを根気強く待った。 


 やがて、マンナの後ろから顔を出したアイナに、ジージールは少なからず驚いた。彼女は黒髪黒い目を持っていたのだ。

 ジージールはカラス羽の者と会うのは初めてだったし、この頃のジージールは諸事情から髪を白くしていたが、本来は黒い髪を持つ。

 魔力の高さ故に黒くなるカラス羽ではなく、単純に先祖返りというやつで、ご先祖様に同じような体質の人がいたというだけの話。

 魔法どころか、魔力の扱いすら危ういアイナに対し、ジージールは7歳にして片手で数えられる程だが魔法を扱えたし、魔力のコントロールも同年代と比べても上手だった。

 それでも自分と同じ黒髪の少女に興味を引かれ、その時、ジージールの中で何かが変わった。

 アイナの方も国王と同じく、白い髪を持つジージールに、すぐに興味を示した。

 初めの緊張が嘘かのように、アイナがジージールに付いて回る様になると、周囲は何かと可愛らしい兄妹の様だ、と囃し立てた。

 見た目は似ていないし、髪の色も違う。一緒なのは目の色だけ。
 ジージールはとても兄妹とは思えなかったが、三歳のアイナはそれを素直に受け取り、ジージールを”兄上”と呼んだのだった。


 まだ三歳だったアイナには”兄上”の発音が難しかったらしく、なので確にいえば、”あぃぅえ”だ。

 あぃぅえ、あぃぅえ、言いながら自分の後を付いてくる幼い女の子は実に愛らしく、まだ少年であったジージールの庇護欲をそそった。

 好きにならないはずがなかった。

 いつの間にかアイナは、ジージールにとって母を奪った憎い奴から、可愛い妹になっていった。


 末っ子だったジージールは母がいない分、家では甘やかされる事も多く、子供の甘やかし方は良く知っていた。

 己の経験を駆使し、可愛くて仕方ないと猫かわいがりすれば、甘やかしすぎだとマンナに注意され、魔力制御の訓練が苦手なアイナの為に、自分も魔法の訓練に勤しみ一緒にやろうと誘い、アイナに勉強を教えたくて自身も勉学に励んだ。


 その結果、予定よりも早く遊び相手を卒業し、本格的に護衛としての訓練を積む羽目になったのだが、しかしそれは必然だったといえるかもしれない。



 そんな経緯があるからだろう。ジージールの心境はとても複雑だった。

 ついこの前まで自分の後ろをついて歩き、魔法が使えないと落ち込んでいた妹の、逞しい成長ぶりに感心はするものの、出し抜かれてしまっては苛立ちを覚える。

 ジージールは笑うに笑えない失態に、今すぐ頭を抱え小さくなりたい気分だった。アイナの言葉を純粋に喜んでいた分、悔しいやら悲しいやらだ。


 夏の避暑地での出来事は、当然ジージールも聞いている。

 長年のあれやこれやと仕掛けた努力が報われ、ついに二人が出会い恋に落ちた。

 あの二人が本当に恋仲になってくれれば、後はきっと上手く行くはずだった。
 アイナも王子が実は避暑地で出会った男の子だと知れば、運命的な出会いだと態度を軟化させるはずで、それで本当に二人が結婚すれば、すべてが丸く収まる。


 皆が幸せになれるなんて都合の良い思惑だったが、本当に都合よく考えすぎた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子様、あなたの不貞を私は知っております

岡暁舟
恋愛
第一王子アンソニーの婚約者、正妻として名高い公爵令嬢のクレアは、アンソニーが自分のことをそこまで本気に愛していないことを知っている。彼が夢中になっているのは、同じ公爵令嬢だが、自分よりも大部下品なソーニャだった。 「私は知っております。王子様の不貞を……」 場合によっては離縁……様々な危険をはらんでいたが、クレアはなぜか余裕で? 本編終了しました。明日以降、続編を新たに書いていきます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】第三王子殿下とは知らずに無礼を働いた婚約者は、もう終わりかもしれませんね

白草まる
恋愛
パーティーに参加したというのに婚約者のドミニクに放置され壁の花になっていた公爵令嬢エレオノーレ。 そこに普段社交の場に顔を出さない第三王子コンスタンティンが話しかけてきた。 それを見たドミニクがコンスタンティンに無礼なことを言ってしまった。 ドミニクはコンスタンティンの身分を知らなかったのだ。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

処理中です...