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第一章~王女の秘密~

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 エグモンドおじ様が黒幕だと聞いたのは、私が十の頃だ。

 神妙な面持ちのお父様から、お母様やマンナたち見守る中で明かされた事実を、私はしばらくの間飲み込めず、どこかお伽噺でも聞いているかのような面持ちでいた。

 証拠がないのだと、悔しそうに言ったお父様が今も印象深く記憶に残っている。

 眼光が鋭く光り、唇を固く結ぶ様は、私がこれまで何度も見てきた怒ったお父様ではなく、嫌でも事の重大さが伝わってきた。

 けれど、今思えば、お父様は泣きたくても泣けなかっただけなのかもしれない。


 私でも事実を目の当たりにして、ショックを受けたのだ。
 実の兄であるお父様には、私では計り知れないほどの思いがあったに違いない。


 鬼にならざるえない程の思いがきっと……。



「アルテム、良く聞きなさい」


 マンナが来ないだけではない。ジージールも帰ってこないところをみるに、彼も足止めを食らっている可能性があった。

 おじ様の仲間にか、反王政過激派にかは、分からないけれど、どちらにしろ、簡単にはジージールを解放しないだろう。

 今は私しかいないのだ。



「おじ様は私が対処します。合図したら退きな……」

「嫌です」


 食い気味にアートが拒否の言葉を口にした。

 正直にいっても良いなら、ふざけるなだ。

 ぬくぬくと育てられた王子ごときが、何を言っているのか。まさか、本当に私を守れるとでも思っているのか。

 ずいぶんと生意気な言い様だけれど、紛れもない私の本心だった。

 アートに対して、私が抱く感情は相容れえぬ二つの感情が重なりあい、複雑な模様を描いていたのだろう。

 アートに対して高圧的になることで、現状を受け入れる言い訳を作っていたのかもしれない。

 

「良いから、命令通りにしなさい」

「絶対やだ」

「言うことを聞きなさい」

「嫌だ」

「ふざけないで!」

「嫌ったら嫌!」


 始めこそ小さな声で、お互いの耳元で囁きあっていた。徐々に声は大きくなっていった。

 しかも途中、私がアートを力ずくで引き剥がそうとしたものだから、最後は顔を付き合わせて、怒鳴り合っていた。


「そんな子供みたいに!」


「君に言われたくない!」


「はぁ?私は見た目が幼いだけで、中身は分別のついてる大人ですけど!?」

「大人はこんな時に、こんな場所で、我が儘を言わないと思うな!?」

「我が儘って……どっちが!」

「君だろう?良いから大人しくしてろよ!」

「良いから退きなさい!アル……」


 アルテム。言いかけた時、アートが私の口を、自身の口でふさいだ。


 本当に一瞬の出来事だった。
 何が起きたのか理解できず、抵抗もせず、私はされるがまま。

 何が起きたのかを正しく理解できたのは、アートが「ん……」と喉が鳴らし、唇を離した後だ。

 ポカンとしながらも、唇に残る温もりが、今何が起きたのかを教えてくれる。
 

 え? 待って? 今のって……キス、で良いのかな? だって、唇が感触が残って? え? 何で?


 初めてだったのに、さすがにこんなのはあんまりじゃない?

 私が将来結婚する相手は憎い王子と決まっていたから、ファーストキスそこに希望とかはなかった。

 ただ全く想像しなかったかというと嘘になる。

 あり得ないと思いつつも、別荘で、あるいは城下町で、秘密の関係を持った人と、二人っきりで、あるいは隠れてこっそりとキスをする。そんな場面を思い描いていた。


 それがどうして、大勢の、しかも私を殺そうとしている人たちの前で、初めてをこんなに唐突に、あっさりと、しなくてはいけなかったのか。

 別にアートとのキスをじっくり味わいたかったわけではないけれど、それは断じて違うのだけれど、少しくらい夢を見たって良いはずだ。


 けれど、私がそれについてアートに抗議する時間はなかった。

 突然音が止み、閃光が消えた。

 私たちの姿は、覆面たちからは閃光に隠れ見えていなかったらしい。

 私たちの怒鳴り声が聞こえなくなり、死んだのか確かめようというのだ。

 私が屈辱に耐え、待ちに待った瞬間だ。

 アートを押し退け飛び出そうとした私を、アートがいっそう力を込め引き留めた。
 もちろん本気になればほどける程度の力でしかない。
 けれど私は、飛び出そうとしたのとほぼ同時に、アートが呟いた言葉を聞いて止まった。

 彼が何をしようとしているのか、何となくだけれど、わかったから。


「君には羽を、俺は風になろう」


 アートがそう言い終わると同時に、私たちを中心に風が吹き荒れた。

 時計塔の時とは違う、まさに暴力的な風は室内の家具を巻き上げ、覆面集団をなぎ倒した。
 壁に体を打ち付ける者。飛んできてたベッドに挟まれ動けなくなる者。部屋の角にしがみついて耐えていたものの、仲間に押し潰されてしまった者。

 私があのまま飛び出していれば、彼らと同じ末路をたどったはずだ。

 決して、アートに引き留められたから留まったのでも、時計塔の事を思い出して感傷的になってしまったからでもない。

 全く、私の勘の良さには感心するわね。


「息を吸って」


 彼が風で私が翼なら、あの時と同じ様に跳べるはず。
 今外に出るのは半分は賭けだった。
 もしも着地点が燃えていたら?ここだけでなく一帯が火事だったら?不安がなかったわけではない。
 
 けれど、ここにいるよりはマシだ。

 彼の腕の中に抱かれていると、このまま死んでしまっても良いかも、なんてバカな事を考えてしまうもの。


 私がアートの手を引き駆けだすと、フワリと体が浮いた。体が軽くなる。


「ったく……落ちたくなかったらしっかり掴まっててろよ」


 私たちは手をしっかりと握り合ったまま、窓から外に飛び出した。



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