上 下
47 / 124
第一章~王女の秘密~

34

しおりを挟む
 今から城へ? 冗談でしょう?

 城へ送ろうと言われ、まずは思ったのはそんな言葉だった。

 今、エグモンドおじ様に連れていかれるわけにはいかなかった。

 もしそうなったら、きっとお父様とお母様が悲しむだろうと、結果が目に見えている。



「さっき、マンナに連絡しましたの。ここで待っていないと、マンナが困ってしまいます。それに私、パンフレットを買うの、まだ諦めてませんの」


 焦りから適当に口に出してしまった言い訳は、ここに残る口実としてはかなり苦しい。何せ、突っ込み所しかない。


「何でそうなるんだ。好きなものに情熱をかけるのは大事だがな、まずは身の安全だ。お前は次期国王となる身だ。パンフレットは後で、誰かに任せれば良いだろう」


 エグモンドおじ様の言い分はごもっともで、反論の余地などない……普通なら。

 私も非常事態の真っ只中。反論の余地は作るものよ。


「自分で買うから良いのではないですか。おじ様は女性を口説く時、他人に任せるのですか?」


「それとこれとは違うだろう?」


「似たようなものですわ。他人が買っても、自分で買っても手元に残る物は一緒ですわ。ですが、劇場で観劇した後、感動に浸りながらパンフレットを買うという体験は、自分で買わなければできません。女性を口説き落とし、デートできたとしても、自分で口説かなければ、彼女の態度の変化、ふとした時の表情を見れませんわ。おじ様」


「なるほど……納得した。けれどだ。よく考えて見ろ。この混乱の中、劇をすると思うか?」



 ぐぬぬ……さすがエグモンドおじ様。一番痛い所を付いてくる。

 理解できるわ。だって、私も同じ意見だもの。

 けれど、もしもこれが、本当に町中を巻き込んだ火事ならの話。

 まだエグモンドおじ様の話の隙を突くことはできる。けれど、今それを口に出すべきか否かは別問題だ。

 こうなった以上、せめて私は、本来の役目くらいは全うすべきだとも思ってきている。


「それに、また襲われたらどうするつもりだ。刺客があれだけとは限らないんだぞ?だから、私に君を城まで送らせてはくれないか?」


 口で言いくるめるのは完全に失敗した。エグモンドおじ様の手が私に伸びてくる。
 
 本当なら、私は大人しくエグモンドおじ様についていくべきだ。私の役目を考えるならすべきだったのに……


 そしたらその後、アートはどうなるの? 

 
 芽生えた一抹の不安は、咄嗟の行動に現れる。

 私はつい、エグモンドおじ様の手から逃れ、一歩後ろに下がってしまったのだ。

 エグモンドおじ様がハッとして、目を軽く見開いた。


「……子供ではないのだから聞き分けなさい」


 エグモンドおじ様の言葉に怒気が孕む。
 状況はすこぶる悪い。もしかしたら、

 だって、この状況で劇を見たいだなんて。子供じゃないのだから。

 腹をくくるべきか、私はグッと奥歯を噛みしめた。

 けれど、私が拳を握ろうとした、まさにその時だった。


「大変不敬とは存じますが……ここは私にお任せ下さいませんか」


 突然、私とエグモンドおじ様との間に、アートが割って入った。

 いくら彼が本物の王子といえども、彼の意識は下位の貴族。王族に逆らうのは恐ろしいかったに違いない。声色に必死の覚悟が滲む。


「君はアイナの護衛だな?部が過ぎる。下がれ」


「アイナ様は私が必ずお守り致しますので、どうか……」


 フンッ……エグモンドおじ様が不機嫌に鼻を鳴らし、部屋の外に出ていった。


 もしかして、見逃して……くれた? 

 エグモンドおじ様から放たれる独特の気配に、ゾワリと全身鳥肌が立った。魔獣と対峙した時によく感じたそれによく似ている。
 けれどそれよりも、もっとねっとりとした薄暗い気配だ。


「…………っ」


 もう猶予はない。確信した私はとっさに、アートの腕を引き窓から逃げようとした。

 けれど、やはり私は焦って冷静じゃなかった。
 自分たちが囲まれている事もすっかり頭から抜け落ちていたのだ。

 窓の前で武器を構えた覆面が、ぴっと私に杖の先を突きつける。

 私一人なら間をすり抜け逃げる事もできたかもしれない。けれどアートを連れたままでは、それも難しい。

 自分が背を向けたとたん、逃げる素振りを見せた私を、エグモンドおじ様が意地悪く笑った。


「まるで私が君に害をなすかのような態度だな。不愉快だよ」


 不愉快だと言いつつも、エグモンドおじ様は笑みを浮かべている。

 その表情はいつものエグモンドおじ様とはまるで違っていて


「おじ様……信じたかったのに……」


 いつもの優しい笑みを浮かべ、大事な身なのだからと叱咤してくれるおじ様が、本当のおじ様なのだと思っていた。それなのに……


「どうして……」


 泣きたくて堪えるから、声が震えた。


だ…………やれ」


 最後の一言に息をのむ。


 覆面集団の指示役が手を上げ、それを見たアートが私を小さく抱き抱え、覆い被さった。


ーーバン!ーー 

ーーダン!!ーー 

ーーバン!バン!ーー



 魔法を弾く激しい音と衝撃がアート越しに伝わってくる。


「本当によろしいので?」

「ああ、予定と違うが問題ないだろう。部屋のすみに置いてある荷物は綺麗に片付けておけ」

「承知しました」


 こんな奴ら、私が蹴散らしてやる。そう思うのに、体が動かなかった。


「おじ様……」


 呟きと一緒に涙が零れた。


「杖がなくても魔法は使える。助けが来るまでは、俺が守るから」


 アートの言葉にハッとする。

 そうよ、私戦わなくてはいけないのだわ。その為の王女だった。それをすっかり忘れて、憎い相手に守ってもらうだなんて、無様ね。


 けれど……それでも……考え方を変えれば、王子を盾にするなんて気持ちの良い物かもしれない。

 だからこのままアートの腕の中にいても良いかもしれない。

 きっとすぐにマンナかジージールが来てくれる。その時まで持てば良い。

 最悪の事態を免れさえすれば……。


 期待とは裏腹に時間は無情に過ぎていき、攻撃はなおも激しくなっていく。


「ふふっ……フハハハ!」


 エグモンドおじ様が声高く笑った。 


「助けなら無駄だぞ、お前の蝶なら私が握りつぶしたからな」


「な!?」


 蝶って私が飛ばした?

 潰されたということは、知らせが届いていないということで、つまりマンナは何も知らず、今も城で私の帰りを待っているということだ。


「マンナ……」


「ではな、アイナ。向こうで兄弟たちと無事出会えるのを祈っているよ」



 


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...