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第一章~王女の秘密~

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「逃げられないようにしなきゃね……」


 まず、魔法を使えないようにしなくてはね。

 私はポケットに入れてあった魔法具を使い、侵入者から魔法を奪った。
 次に自害しないよう口にシーツを詰め、仕上げに、苦しみ悶える侵入者たちの膝と手を、魔力で強化した足で踏みつけていく。

 骨が砕ける音と、侵入者たちの呻き声が嫌でも耳に付き、驚き固まったアートが、驚愕の顔で私を見た。

 仕方ないじゃない。必要なんだもの。これは大事な証人で、証拠なんだもの…………仕方ないじゃない。

 自分の体面よりも、守らなければならない物がある。ただそれだけの事。

 人間相手にするのは初めてだけど、魔獣より柔らかい分、いくらかは楽ね。

 魔獣相手の方が気は楽だけど。


 アートの縄を解き、代わりに侵入者を縛った。もう一人は宿のシーツを破ってひも状にした物で縛る。

 そうそう、マンナにも連絡をとらなくてはね。私は髪飾りの入っているポケットに手を入れた。



 ホントに良いの?逃げれなくなるわよ?


 心の中で、もう一人の私が囁いた。


 仕方ないじゃない。私のせいで外は大変な事になってるのよ?ここで逃げたらあまりにも無責任じゃない。
 だから、これはアートの為じゃない。私の責任なの。

 蝶を象った髪飾りは、魔力を込められると、ヒラリヒラリと自力で飛び出し、壁の向こうへ消えた。
 きっと今頃お城へ向かって飛んでいるはず。


「今、助けを呼んだから」


「ん……ありがと」


 何とも言えない微妙な雰囲気が私と彼の間に流れる。
 仕方ない。全部、仕方のない事なのよ。何度も自分自身に言い聞かせた。

 そんな時だ。突然ドアが開いた。ほぼ同時に何かがバチンッと弾け、赤い閃光がほとばしる。

 新たな侵入者がドアを開けるなり放った魔法が、アートの身に着ける魔法具に弾かれ、かき消されたのだ。
 その衝撃で、アートが床に倒れた。
 魔獣が放った魔法を弾いた時がこんな感じで、私も初めての時は踏み留まれず、文字通り吹っ飛ばされた。
 
 アートは突然の出来事に呆然とするかと思えば、転げるように私のところへ駆け寄り、私をギュッと抱えた。


「この魔法具はどのくらい耐えられる?」


 その間もアートの背中に、魔法がぶつかり弾けている。


「わかんない。でも、マンナは絶対大丈夫だって…言ってた」


 魔獣は魔法をガンガン使ってこないし、刺客に襲われたのも初めてだし。
 でも昔、マンナの渾身の一発は耐えた。きっと簡単には壊れないはず。

 きっと大丈夫だと思う…………たぶんだけど。



 侵入者は複数いるようだった。
 部屋に踏み込んできたのは一人だけれど、後ろにも数人確認できる。

 先程の二人と違うのは、彼らはまるで、町人のような服をまとっているところだ。
 堂々とした立ち振舞いに、覆面で顔を隠しているのが、いかにも悪人といった印象を受ける。
 
 侵入者の一人がーーたぶん指示役かもーー顎を顎をしゃくる。すると、バラバラと数人が、部屋の中に入り込み私たちを取り囲んだ。

 攻撃が止んだ隙に、アートが私を自分の背中に隠し、杖を構えた。私に触れる彼の手が震えている。


「大丈夫だ。絶対守るから……」


 そんなに震えて、何ができるのか。そう思うのに、彼の必死の決意を聞いて、はね除けられるはずもない。


「ありがと」


 私は小さな声で言った。

 といっても相手はどう見たって慣れている。もしもアートが手練れだったとしても多勢に無勢。このままではとても勝ち目はない。


 やるしかないわよね。マンナもジージールも遅い。このままじゃ私まで殺られてしまう。だから私が…………


「どうしてお前がここにいる?」 


 指示役の隣に立っている、覆面の一人が言った。
 その人物は指示を出すわけても、だからといって、私たちを囲むのでもない。
 身なりは他よりいくらか上等で、服も依れてもない。しかも、私はその声には聞き覚えがあった。


「エグモンドおじ様?」


 その人は溜め息を吐くと覆面を取り、私に顔を晒した。

 やはり、エグモンドおじ様だった。数日前に訓練場で会った時と同じく、驚きが混じる表情で、私を見ている。


「どうして……なんて私のセリフです。おじ様?この物騒な方たちとおじ様の関係をお聞きしたいですわ。まさかとは、私が誰か分かっておりませんの?これでも一応王女なのですが?」


「え?」「まじか?」「あぁ……?」「そういえば似てる?」


 覆面集団から戸惑いの声が聞こえてくる。


 確かに、私はあまり表に顔は出しておりませんけれど、全く公表していないわけではないのよ?

 これだけいて、私の顔を知らないってどういう事?

 私が頬を膨らませ、覆面集団の中でも一番偉いであろう人物。つまりおじ様を睨み付けた。

 するとおじ様は苦笑しながら、片手を上げた。


「ああ、すまなかった。驚きのあまり、ついな……お前たち武器を下ろせ」


「おじ様がどうしてこんな場所にいるのか、教えて下さいな」


「俺たちはその隅で転がっている奴らを追ってきたんだ」


 おじ様が指差したのは、ついさっき捕らえたばかりの侵入者二人だ。


「まさか死んでない……よな?」


 おじ様が二人に近づき、恐る恐るといった様子で覗き込む。


「たぶん、死んでないと思うのですが……」


「そう……みたいだな。一応は生きているみたいだな」


「おじ様はこの者たちの正体をご存知ですの?」


「ああ、もちろんだ。こいつらは、反王政活動団体の中でも過激派といわれる連中だ。最近怪しい動きを見せていたから、ずっと注意してたんだよ。市内のあちらこちら上がった火の手で、町中大混乱だ。それも、こいつらの仕業だ」


「まあ……」


 あちらこちらから、という事は、少なくとも私の爆薬だけが原因というわけではないのね。

 ふぅ……ちょっとだけ安心したわ。でもこれをいうと、きっと『そういう問題ではありません!』ってマンナに叱られるわね。


「それで?君はこんな大変な時に、何をしているのかな?彼は……婚約者殿ではないだろう?」


「彼は護衛ですわ。本当なら今日は巷で流行っている劇のパンフレットを買いにいくつもりでしたの」


「こんな時間にか?」


「夜に特別公演があって、どうしても見たくなってしまって……」


「どちらにしろ外はこんなだ。諦めるしかないな」 


 エグモンドおじ様が親指で窓の外を指差す。窓の外は相変わらず煙ぶっており、ほとんど何も見えない。

 訓練場でのエグモンドおじ様は呆れと驚きとが混じる表情で、私を問いただした。

 今日のエグモンドおじ様も、同じ様に驚きが混じる表情で、何故ここにいるのかを問いただした。

 驚きとの混じる表情で。

 そして今、エグモンドおじ様には、人の良さそうな笑みに、興奮が見え隠れしている。


「私が城まで送ろう」


 ついに、その時が来てしまったのだと、私は息を呑んだ。




 
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