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第一章~王女の秘密~
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私たちがやって来たのは、王都内にある比較的休めの宿だ。手続きなどはすべてジージールに任せる。当然よね。私どういうシステムか解らないもの。
せっかくだから色々覚えようと、ジージールの背中に隠れながらも、真剣に聞き耳を立てた。
借りた部屋に入ってからも、ジージールは部屋の中をしらみつぶしに調べ、結界を張り、魔法陣の用意をしたりと、忙しいのに比べ、私はというと、その間、ただ静かに待っていた。
邪魔にならないように振舞うのは、思い他難しく、それ相応のスキルが必要になる。効率を重視し、適材適所を考えたからであって、決して、怠けていたんじゃない。
ジージールが手際よくそれらの作業を終わらせると、後はいよいよ、その時を待つだけになる。
ドキドキする。
「ねえ、ジージールはこんな感じの宿に泊まったりするの? 見慣れない雰囲気で緊張しちゃった」
「たまに遠方に行く時、たまにな。言ってくけど、一般市民はこれが普通だからな」
「え!?」
ジージールがクスリと笑う。
「酷い所だと虫がいたり、壁が薄いから、自衛しないと自分の情報は筒抜けだからな。ここはまだ綺麗な方だ」
「そうなんだ…………ふぅん……」
「何だよ?」
「ジージールって恋人いるの?」
「……いるように見えるか?」
私は首を横に振った。
ジージールに魅力がないというわけではない。
ジージールはカクと交代で私の護衛に張り付いているのだから、プライベートな時間は、私が思っているよりずっと少ないはずだ。
それを思えば、申し訳ない気持ちになる。
「でもジージールは格好良いよ。だってマンナにそっくりだもん。自信もって」
「おふくろに似ているっていうのが複雑だけど……ま、ありがとな」
「ね、どんな人がジージールの好みなの?」
「ぇ゛!?」
ジージールが面食らい声を詰まらせた。じっとりと私を見る。
聞いてはいけなかった?と私が返すと、ジージールは溜息を吐いた。
「お前とこんな話をする日が来るとはな……ま、いっか。俺が求めるのは口の堅い奴かな。俺の家系は秘密が多いから。ほら、ご先祖様の事とか、体の事とか」
「前から思ってたんだけど、それを私に言って良いの? ジージールが色々話してくれた事、私、マンナに言っちゃうかもよ?」
「言った事ないくせに…………そこは、信頼してんの」
「ジージールが?私を?お世辞でも嬉しい。ありがとう」
「どういたしまして」
緊張する。何度私は息を飲み込んだ。
ジージールが私を揶揄い、楽しくて泣きたくなって。隠そうとして口早に喋ったりして。
はっきり言って情緒不安定だった。
それを悟られない様に懸命にいつも通り振舞っていたけれど、ジージールにはたぶん見抜かれていたんだと思う。
準備が終わり、ジージールと他愛もない会話を楽しんで、十分も経っていなかった様に思える。
ジージールが用意した魔法陣がぼんやりと光を放ち、ついに、件の人物が現れた。
魔法陣の中央に現れたぼんやりとした人影が、徐々にはっきりと姿を現していき、最後は弾けるように光が飛び散り、私とジージールしかいなかった部屋に、もう一人、グレンウィル・アルテムが現れた。
「待っていたわ」
私は部屋の中央に用意された椅子の横に立ち、歓迎の意を示す為、両腕を広げた。
アートは分かりやすく驚いていたけれど、目の前に立つ私を見止めると、息を呑み、ふらりと一歩前へ出た。周囲が目に入っている様子はない。
アートの手が私に届こうかという時、ジージールが彼の手首を掴んだ。
「え?」
そこで初めてアートは異変に気付いた。
自分を睨み付けてくる見知らぬ男に驚き、次にようやくここが、自分の家ではないと気が付いたようだった。
アートが部屋の中を見渡す。
「ここは?家に帰るはずでは……」
戸惑いを見せるアートに、私はうっすら笑みを浮かべた。それから椅子の背もたれに手を掛けた。
「この後ちゃんと解放するわ。でもその前にやることがあるの。まずはこの椅子に座ってちょうだい」
もしも、ここでアートが抵抗したのなら、力づくて座らせる方法もあった。けれど、そんな心配を他所に、アートはオズオズと椅子に座り、不安を隠しきれない目で私を見上げた。
――パチン!――
ジージールが指を鳴らした。
すると、椅子に仕掛けれれていた拘束魔法が発動し、アートの手足は、縫い付けられているかのように、ぴったりと椅子に吸い付いた。
一瞬にして起きた違和感。アートは懸命に動かそうとして身を捩る。けれども、魔法に縛られた腕や足は、なんなら、指先だろうとピクリとも動かない。
ジージールはその間に手際がよく、暴れるアートを縛っていく。
念には念を入れないとね。万が一、尊き王子様に逃げられたら大変だもの。
「これは!?……一体どういう事ですか?」
ああ、かわいそうなアート。自分の置かれた状況が理解できなくて怖いでしょう?
でも、まだ開放してあげない。王子である、我が身を呪うのね。
「この後ちゃんと解放してあげるわよ。だってあなた、お城に居たいのでしょう?お兄様の為にも。だから私がいられるようにしてあげようかと思って……ね?」
だから感謝しなさいと言わんばかりの物言い。自分で言っていても、おかしいのが良く分かる。
笑っちゃうわね。
せっかくだから色々覚えようと、ジージールの背中に隠れながらも、真剣に聞き耳を立てた。
借りた部屋に入ってからも、ジージールは部屋の中をしらみつぶしに調べ、結界を張り、魔法陣の用意をしたりと、忙しいのに比べ、私はというと、その間、ただ静かに待っていた。
邪魔にならないように振舞うのは、思い他難しく、それ相応のスキルが必要になる。効率を重視し、適材適所を考えたからであって、決して、怠けていたんじゃない。
ジージールが手際よくそれらの作業を終わらせると、後はいよいよ、その時を待つだけになる。
ドキドキする。
「ねえ、ジージールはこんな感じの宿に泊まったりするの? 見慣れない雰囲気で緊張しちゃった」
「たまに遠方に行く時、たまにな。言ってくけど、一般市民はこれが普通だからな」
「え!?」
ジージールがクスリと笑う。
「酷い所だと虫がいたり、壁が薄いから、自衛しないと自分の情報は筒抜けだからな。ここはまだ綺麗な方だ」
「そうなんだ…………ふぅん……」
「何だよ?」
「ジージールって恋人いるの?」
「……いるように見えるか?」
私は首を横に振った。
ジージールに魅力がないというわけではない。
ジージールはカクと交代で私の護衛に張り付いているのだから、プライベートな時間は、私が思っているよりずっと少ないはずだ。
それを思えば、申し訳ない気持ちになる。
「でもジージールは格好良いよ。だってマンナにそっくりだもん。自信もって」
「おふくろに似ているっていうのが複雑だけど……ま、ありがとな」
「ね、どんな人がジージールの好みなの?」
「ぇ゛!?」
ジージールが面食らい声を詰まらせた。じっとりと私を見る。
聞いてはいけなかった?と私が返すと、ジージールは溜息を吐いた。
「お前とこんな話をする日が来るとはな……ま、いっか。俺が求めるのは口の堅い奴かな。俺の家系は秘密が多いから。ほら、ご先祖様の事とか、体の事とか」
「前から思ってたんだけど、それを私に言って良いの? ジージールが色々話してくれた事、私、マンナに言っちゃうかもよ?」
「言った事ないくせに…………そこは、信頼してんの」
「ジージールが?私を?お世辞でも嬉しい。ありがとう」
「どういたしまして」
緊張する。何度私は息を飲み込んだ。
ジージールが私を揶揄い、楽しくて泣きたくなって。隠そうとして口早に喋ったりして。
はっきり言って情緒不安定だった。
それを悟られない様に懸命にいつも通り振舞っていたけれど、ジージールにはたぶん見抜かれていたんだと思う。
準備が終わり、ジージールと他愛もない会話を楽しんで、十分も経っていなかった様に思える。
ジージールが用意した魔法陣がぼんやりと光を放ち、ついに、件の人物が現れた。
魔法陣の中央に現れたぼんやりとした人影が、徐々にはっきりと姿を現していき、最後は弾けるように光が飛び散り、私とジージールしかいなかった部屋に、もう一人、グレンウィル・アルテムが現れた。
「待っていたわ」
私は部屋の中央に用意された椅子の横に立ち、歓迎の意を示す為、両腕を広げた。
アートは分かりやすく驚いていたけれど、目の前に立つ私を見止めると、息を呑み、ふらりと一歩前へ出た。周囲が目に入っている様子はない。
アートの手が私に届こうかという時、ジージールが彼の手首を掴んだ。
「え?」
そこで初めてアートは異変に気付いた。
自分を睨み付けてくる見知らぬ男に驚き、次にようやくここが、自分の家ではないと気が付いたようだった。
アートが部屋の中を見渡す。
「ここは?家に帰るはずでは……」
戸惑いを見せるアートに、私はうっすら笑みを浮かべた。それから椅子の背もたれに手を掛けた。
「この後ちゃんと解放するわ。でもその前にやることがあるの。まずはこの椅子に座ってちょうだい」
もしも、ここでアートが抵抗したのなら、力づくて座らせる方法もあった。けれど、そんな心配を他所に、アートはオズオズと椅子に座り、不安を隠しきれない目で私を見上げた。
――パチン!――
ジージールが指を鳴らした。
すると、椅子に仕掛けれれていた拘束魔法が発動し、アートの手足は、縫い付けられているかのように、ぴったりと椅子に吸い付いた。
一瞬にして起きた違和感。アートは懸命に動かそうとして身を捩る。けれども、魔法に縛られた腕や足は、なんなら、指先だろうとピクリとも動かない。
ジージールはその間に手際がよく、暴れるアートを縛っていく。
念には念を入れないとね。万が一、尊き王子様に逃げられたら大変だもの。
「これは!?……一体どういう事ですか?」
ああ、かわいそうなアート。自分の置かれた状況が理解できなくて怖いでしょう?
でも、まだ開放してあげない。王子である、我が身を呪うのね。
「この後ちゃんと解放してあげるわよ。だってあなた、お城に居たいのでしょう?お兄様の為にも。だから私がいられるようにしてあげようかと思って……ね?」
だから感謝しなさいと言わんばかりの物言い。自分で言っていても、おかしいのが良く分かる。
笑っちゃうわね。
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