上 下
26 / 124
第一章~王女の秘密~

15

しおりを挟む
 ネイノーシュを見送り、私は自室にとぼとぼ歩いて戻る。

 この後やる事はすでに決まっている。

 その為にはまず、マンナを遠ざけなけらばいけない。
 もちろん、作戦であればマンナは私を本気で止めないし、寧ろ進んで私から離れるだろうけれど、対外的に納得させる為にも理由が必要だ。


「そう言えば……」


 部屋に入ってすぐ、私はさも、たった今思い出したかのように呟いた。


「侍従長がマンナの事を探していたわね。何の用事だったの?」


「……何の事でしょうか。私はないも聞いておりません」


「あら、では大変。今行くと良いわ。大事な用事ではいけないもの」


「そんな事を言って、私のいない間に何をしようというわけではないのですか?」


「まさか。そんな事しないわ」


「畏まりました。では私は一度失礼させて頂きます…………お前たち、姫様の事くれぐれもよろしく頼みましたよ」


 私が満面の笑顔を作り、マンナが訝しんでいる様子で溜息を吐く。

 お決まりのやり取りだ。


 さてと。マンナが消えた。戻ってくる前に侍女たちをどうにかしなければね。

 私はいつもやるように、扇子で掌を打つ仕草を、しようとした。
 だが、何も持っていない手で拳を振っても空振りするだけだ。


「まあ、大変、私の扇子がないわ。お気に入りの…………」


 私は後ろに控えている侍女に話しかけた。


「ねえ、誰か心当たりあるかしら?」


「はい、姫様。ネイノーシュ様のお見送りに参りました途中、寄られた何れかの場所にあるのではないかと」


「お前は……シンディアだったわね。良いわ。お前の言う通りかもしれないわね。ではお前たち、手分けして探してきてちょうだい。その方がはやく見つかるでしょ?私は先に部屋で休んでいるから」


 侍女たちが顔をやや強張らせた。


 それもそのはず。私が寄り道した場所は複数箇所ある。

 厠にゲストルームネイノーシュの部屋に、お父様とお母様の部屋。

 場所によっては勝手に入るわけにはいかないから、さぞかし時間がかかるでしょうね。

 
 それから、すぐにはハイとは頷かないのは、偏にマンナの教育の賜物ね。

 何があろうとも、決して主を一人にしてはいけません……だったかしら。私がしようとしている事がちゃんとわかっている証拠ね。


 私は心の中でほくそ笑む。

 
 けれど、彼女たちがどれだけ抵抗しようとも、王女の命令に逆らえるはずがなく、結局は仕方なしに一人だけを残し散っていった。


 それにしても…………私は扇子を置いてきた時の事を思い出した。

 マンナと私、協力者の侍女の三人がかりで、わざわざ気が付かれない様に振舞ったとはいえ、扇子がなくなった事にまったく気付いていないのも問題ね。

 それよりも気になるのは、なぜ、残した私のお目付け役がだったのか。

 彼女は私の秘密を知る一人で、私が部屋を抜け出す際に、アリバイ工作をしてくれる侍女だ。

 当然、私が脱走するのは、彼女と一緒の時が多い。

 私の秘密はともかく、脱走の手助けをしている事については、他の者も気づいているはずと思っていたのだけどね。



 もしかしたら、今回はかしら。





 そんな小細工をした一時間後、私は城から少し離れた訓練所にいた。

 協力者の侍女は他の侍女を誘導する為、城に残っている。マンナもいない。

 私は久しぶりに、一人の気分を味わっている。

 私自身が侍女の制服に身を包み、まるでお使いで来ましたという顔で訓練所内を歩く。入る際見せた身分証は当然本物であるので、疑う者は誰一人としていない。

 これまで何度、こうして城を抜け出したか分からない。自分で言うのもなんだけど、手慣れたものだ。

 でも今回は違う。確実に敵が動いている中でのお忍びだ。

 これまでの比ではない緊張感が私を襲う。


 もし、私の侍女たちの中に密偵がいるのなら、私がわざと側近を追いやったと知らせを飛ばしているに違いない。

 その為に分散しやすく細工をしたのだから。


 そうね、私が一人でいると知られてしまっているのよね。


 私の中にある確信が、否応なしに緊張感を高める。


 いつ仕掛けてくるかしら。


 もう少し人気のない場所に行かないとダメかしら。

 ネイノーシュを眺められて、且つ攻撃されやすい場所……。


 訓練所の見取図を思い浮かべ、考えて……考えて。


 私は息苦しさを覚えて立ち止まった。

 心臓がゾワリとして震えている。

 脳裏に過るお父様とお母様の姿に寂しさを覚え、私は、歪む視界の中を歩き出した。

 どこで見られているとも知れないのだから。


 私は奥歯を噛みしめ、目的地に向かった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子様、あなたの不貞を私は知っております

岡暁舟
恋愛
第一王子アンソニーの婚約者、正妻として名高い公爵令嬢のクレアは、アンソニーが自分のことをそこまで本気に愛していないことを知っている。彼が夢中になっているのは、同じ公爵令嬢だが、自分よりも大部下品なソーニャだった。 「私は知っております。王子様の不貞を……」 場合によっては離縁……様々な危険をはらんでいたが、クレアはなぜか余裕で? 本編終了しました。明日以降、続編を新たに書いていきます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】第三王子殿下とは知らずに無礼を働いた婚約者は、もう終わりかもしれませんね

白草まる
恋愛
パーティーに参加したというのに婚約者のドミニクに放置され壁の花になっていた公爵令嬢エレオノーレ。 そこに普段社交の場に顔を出さない第三王子コンスタンティンが話しかけてきた。 それを見たドミニクがコンスタンティンに無礼なことを言ってしまった。 ドミニクはコンスタンティンの身分を知らなかったのだ。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

処理中です...