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第一章~王女の秘密~

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 侍女がネイノーシュの部屋をノックし、私の来訪を告げた。程なくしてアートがドアを開けるのだけれど、彼は私を見ずに礼を取った。

 本当は私も、アートを見るつもりは、欠片もなかった。でも彼が礼を取る刹那、私は彼の瞳に映る憂いに気付いてしまった。

 させてしまっているのは、多分私。


 何も気付かないふりをして

「ありがとう」

 と声をかけると、アートの肩がピクリと振れる。私の気持ちもピリッと痺れる。


 私は用意されているいつものテーブルに座った。

 私が部屋に入ってきても、講師の男性の低くめの声が途切れる様子はない。
 ただネイノーシュはチラリと私に視線をやり、ニッコリと微笑んだ。すぐに前に向き直してしまったネイノーシュの背中に、私も微笑みかける。

 アートは自身の懐から取り出した手帳を眺めていたが、徐に小さな溜め息を吐いた。嫌なことでもあったのか、彼は眉間に皺を寄せ、目を閉じた。


 ここ数日でアートの目の下の隈は、一層濃くなった。ネイノーシュの付き人として、中々に忙しいのかもしれない。

 私の目の前に用意される紅茶とお菓子も、おそらくだけれど、アートが自ら用意した物だ。

 まだ温かい紅茶と茶請け。今日の菓子は、私の記憶が確かなら、最近巷で流行っている栗を使ったケーキで、侍女から聞いて、私も一度食べてみたいと思っていた品はず。


 そういえば、二日目にこの部屋を訪れた時には、可愛らしい魚の形をした焼き菓子が用意されていた。

 あの時二人で食べた、とても美味しかった、あの町の焼き菓子とよく似ていた。懐かしさからつい手に取りそうになったが、結局食べなかった。

 帰り際、焼き菓子に視線を落とし、寂しそうな表情を見せたアートが事ある毎に思い出されて、ここ数日私を悩ませている。



 思い出す度胸が苦しくなるの。  変ね、今、とっても泣きたい気分





 色々嫌になりそうだった私はネイノーシュに、正確にいうなら彼が受けている講義に集中した。


 一般常識から歴史、上に立つ者として必要な心理学、外交関係にある国々の歴史文化礼儀作法。

 彼の学ぶべき事柄は多岐にわたるが、それらは私自身にも必要といえるものばかりで、私はこれ幸いと自身の学習に勤しむ。



 ここ最近はお昼もネイノーシュと一緒に食べている。お陰で仲睦まじい様子は周囲に見せつけるのは成功しているけれど、襲われる隙は作れていないし、人前では例の日記の件も打ち合わせ出来ていない。

 例の祝賀会近づき、いよいよ人の出入りが激しくなる。時間はあまり残っていない。


 それもこれもネイノーシュにフリーな時間がないせいね。


 でもマンナから聞いたところによると、明後日か明明後日には午後から講師が来れなくなったとかで、久しぶりに空いているはずだから、それなら私のお庭でお茶会と称しつつ、打ち合わせができるわね。



 私は一人ほくそ笑んた。






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