上 下
18 / 124
第一章~王女の秘密~

7 ~アートの事情~

しおりを挟む

 豪華絢爛な城の一室、宛がわれた部屋で、ネイノーシュがベッドに腰かけ仰向けに倒れた。


「さすがに、家のとは大違いだな。寝心地が全然違う」


「服に皺が寄る。寝るなら着替えた方が良い」


 お茶の用意をしながら、アートが言った。このままでは本当に着替えを出しかねない弟に対し、ネイノーシュはいらないよと答え、起き上がった。

 ならばせめて上着くらいはと、アートはネイノーシュに上着を脱がせると、皺にならない様丁寧にハンガーにかけ、クローゼットに仕舞った。
 それから一息つきたいであろう兄の為、紅茶を入れ、カップをニ客と茶請けのクッキーをサイドテーブルに置いた。


「ありがと」


 いつもながら、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる弟に苦笑しつつ、ネイノーシュは礼を言った。


「どうも」


 アートも笑いながら答える。


「これどうしたんだよ」

「お茶もクッキーも家から持ってきた。まだあるよ」

「クッキーだけか?」

「日持ちしないのは無理だったけど、他にも種類あるから」

「やり、さすがアート」


 ここまではいつもの、よくあるやり取りだった。二人の間には朗らかな空気が漂う。アートが表情を曇らせ、気まずそうに切り出すまでは。


「あ、兄貴さ……」


 アートがそう切り出した辺りから、雰囲気が変わった。アートはそれまでと同じように笑顔だし、答えるネノスの表情にも変化は見られない。けれども


「何だ?」


 答えるネイノーシュの声色は、間違いなく低く、緊張感を孕んでいる。
 いつもなら続きを急かすネイノーシュが《何だ》と言ったっきり黙っている。中々切り出さないアートに対し興味がないのか、それとも待っているのか。

 アートは喉ぼとけを、音を立てて上下させた。


「今日はゴメン、俺、つい姫様のことを……」


「あぁ、あれか。まずくない……とは言えないが、ま、大丈夫だろう」


「でも、明らかに不敬だったし、これでもこの話がダメになったら……」


「その時はその時だ。それに嫌な話だが、最後に物を言うのは金だ。その点において、うちは問題ないだろう。本業は貿易だし。領地もいざとなったら返納すれば良い。今のところ問題なく運営できてるんだ。王家も受け取り拒否しないだろ」


 貴族の地位がなくともやっていける。サラリと言ってのけれるのは、実際に経営に携わっているネイノーシュだからこそだ。どちらかというと領地経営に重きを置いており、本業は次男のセオドアが手伝っている。貴族に執着しない所をみるに、ネイノーシュも貿易業の方に興味があるのかもしれない。

 だが、現状のままでは、本業から遠ざかっていくのは間違いない。


「兄貴はこのままアィ…………姫様と結婚するのか?」


 アートは自分が持つカップに口を付け、紅茶を飲むフリをしているが、姑息な小細工など兄にはバレているのだろうと解っていた。

 もちろん、アートの緊張はネイノーシュに伝わっていた。
 あえて普段通り振舞おうとしているが、目が合わないし、せわしなく動いているのが、返って不自然だ。アイナと言いかけ息を整えたのも、しっかりネイノーシュの耳に届いていた。


「んーそうだな……」


 山から野菜を取り戻ったネイノーシュあに達がを訊ねても、アートは町を案内して別れた、としか言わなかった。様子も普段通りで、寧ろそれが何かあったのだろうと思わせた。

 あの日彼に何があったのか。正確に言うならば、アートの感情面に何が起きてしまったのか。

 はっきりと見て取れたのは、婚約の話が両親から切り出された時だった。

 昔から言い聞かされてきたネイノーシュ自身は、ついにこの時が来たか、としか思わなかったが、アートの動揺は明らかだった。

 その時の様子を思い出し、ネイノーシュは溜息を吐いた。


「する……んだろうな。昔から決まっていた事だ」


「昔?」


「知っていたのは兄弟では俺だけだったからな。アートが知らなくても無理ないよ。でもお前がまだヨチヨチ歩きの時にはもう……全部決まっていたらしい」


「そんな前から………………兄貴はそれで良いのか?」


「そうだな、思うところがないわけではないが、メリットの方が大きいからな。こんな身分でも一応貴族の端くれだ。領地の為にも精々コネを作って役立たせてもらうさ」


「何も兄貴が犠牲になる事ない」


 お前が代わりになりたいのか、言いかけてネイノーシュは口を噤んだ。

 残りの紅茶を一気に煽り、席を立ち背を向ける弟を、ネイノーシュは苛立ちにも似た複雑な気持ちで見つめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】第三王子殿下とは知らずに無礼を働いた婚約者は、もう終わりかもしれませんね

白草まる
恋愛
パーティーに参加したというのに婚約者のドミニクに放置され壁の花になっていた公爵令嬢エレオノーレ。 そこに普段社交の場に顔を出さない第三王子コンスタンティンが話しかけてきた。 それを見たドミニクがコンスタンティンに無礼なことを言ってしまった。 ドミニクはコンスタンティンの身分を知らなかったのだ。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...