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第一章~王女の秘密~

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 音楽は相変わらず流れているが、私は踊るのを止め、ソファーに腰かけた。

 紅茶を飲み干し、果物を数口かじると、その内眠気が襲ってきて、私はソファーに体を預け目を閉じた。

 流れる音楽の中に、風が遊ぶ音が混じる。

 どれくらいそうしていたか分からない。夢と現実の狭間で、つかの間の安息を貪っていた私は、不自然な音にハッとして目を開けた。

 
 風……じゃない。人が?でも誰も入れない様にって……

 誰の入れない私の庭にも、例外はある。


「お母様?それともマンナかしら?」


 お母様やお父様がたまにこの庭を訪れる事がある。ただその場合、大抵において、自由時間の終わりを意味し、マンナやその他の侍女でも同じ事だ。

 私は終いが思いの外早くやって来た事に、落胆しながら立ち上がり、身なりを整えた。服の皺を伸ばし、王女然と背筋を伸ばす。


「誰か、そこにいるのですか?」


 それは男の声だった。

 随分と間抜けな質問だ。私は眉をひそめた。

 この城において、この庭の主が誰か知らない者がいるなんて。

 私は多少なりとも気分を害しながら、声のした方を見据え、睨み付けた。


「あ……」


 いつだって空想より現実が勝るもので、茂みの影、通路を歩いて来たその男を見て、私は目を一層細めた。


「あ、と……アイナ、さ、ま……申し訳ございません」


 その男、ネイノーシュは私を見止め、戸惑い足を止め、頭を下げた。


 最低


 心の中で呟いた私の、表情がきちんと王女になっていたかどうかは分からないが、私はとにかく笑顔を浮かべた。


「まあ、そんな他人行儀な事をおっしゃらないで。二人の時はぜひアイナ、と呼んでください。全く、私の婚約者殿は釣れないですわね」


 私は持っていた扇子を広げかざした。

 現実の恋人がどのように振舞うのか知りたくて、城内でイチャついている侍女や兵士を何度か観察した事があった。


 あのくらい私にもできるって……思っていた時期もあったわね。


 甘い、甘すぎるわ。昔の私。はっきり言って苦行よ。この男にあんな事をするくらいなら、死んだ方がマシ。

 それに、私たち一般的な恋人ではないのよ。王女と下級貴族なの。どのように振舞うのが普通なのか、知っている人がいて?

 この国には、王の子は一人しかないのだから。比べようがないから無問題よ。


「申し訳ございません、二人っきりではないのです。実は今、付き人と一緒に城内を案内してもらっておりまして……」


「まあ……」


 それでこの庭に入ってこれたの?誰も入れない様に指示したのに?

 見張りは何をしているのだろう。部外者を入れるなどと、職務放棄もいいところだ。

 私は腹に怒りを抱えたまま、扇子の内側ではさも嬉しそうに笑む。


「私の弟です」


 弟と言われ、ネイノーシュの後ろから、畏まった様子で別の男が現れた。

 私は目を見張り、息を止めた。


「え……」


 彼は私の夢に何度も出て来た、その人によく似ていて。これは私がソファアの上で見ている夢なのだと思った。


 私の記憶と目に狂いがなければ、彼は私にアートと名乗ったその人で。しかし、あの夏から少しだけ背が伸び、髪も兄と同じ白へと生え変わり、鳥人として大人になった姿。

 これは本当に、私が知っている彼だろうかと、目を瞬かせ首を傾げた。


「お前、名前を何というの?」


 彼に名前を訊ねてから、やってしまった、と少しだけ後悔した。彼が私を偉そうだと言ったのを思い出したからだ。

 こんなはずではなかったのに。

 次に会う時は偉そうでもなく、上品すぎる事もなく、フワリと花が咲くような可憐な乙女に、彼が好みそうな少女になるつもりでいたのに。


 下町に普通の娘観察……行く意味なくなっちゃたわね。


「グレンウィル・アルテムと申します。尊大なる導神のお導きにより、この様な場所でお目通りが叶いました事、恐悦至極にございます」
 

 あの町での仏頂面でいて、そのくせ私を見て悪戯に笑った少年っぽさは息を潜め、彼は固い表情のまま頭を下げる。


 アートって愛称だったのね。


 あなたと私、兄弟だったのね…………楽しいはずよ。


 色々な事に理解が追いつかず、ここがどこであるかも忘れ、扇子で顔を覆い隠したのが、私にできる精一杯だった。



「そこで何をなさっているのですか?」


 だからマンナが来てくれたのは、本当にありがたかった。
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