16 / 124
第一章~王女の秘密~
5
しおりを挟む音楽は相変わらず流れているが、私は踊るのを止め、ソファーに腰かけた。
紅茶を飲み干し、果物を数口かじると、その内眠気が襲ってきて、私はソファーに体を預け目を閉じた。
流れる音楽の中に、風が遊ぶ音が混じる。
どれくらいそうしていたか分からない。夢と現実の狭間で、つかの間の安息を貪っていた私は、不自然な音にハッとして目を開けた。
風……じゃない。人が?でも誰も入れない様にって……
誰の入れない私の庭にも、例外はある。
「お母様?それともマンナかしら?」
お母様やお父様がたまにこの庭を訪れる事がある。ただその場合、大抵において、自由時間の終わりを意味し、マンナやその他の侍女でも同じ事だ。
私は終いが思いの外早くやって来た事に、落胆しながら立ち上がり、身なりを整えた。服の皺を伸ばし、王女然と背筋を伸ばす。
「誰か、そこにいるのですか?」
それは男の声だった。
随分と間抜けな質問だ。私は眉をひそめた。
この城において、この庭の主が誰か知らない者がいるなんて。
私は多少なりとも気分を害しながら、声のした方を見据え、睨み付けた。
「あ……」
いつだって空想より現実が勝るもので、茂みの影、通路を歩いて来たその男を見て、私は目を一層細めた。
「あ、と……アイナ、さ、ま……申し訳ございません」
その男、ネイノーシュは私を見止め、戸惑い足を止め、頭を下げた。
最低
心の中で呟いた私の、表情がきちんと王女になっていたかどうかは分からないが、私はとにかく笑顔を浮かべた。
「まあ、そんな他人行儀な事をおっしゃらないで。二人の時はぜひアイナ、と呼んでください。全く、私の婚約者殿は釣れないですわね」
私は持っていた扇子を広げかざした。
現実の恋人がどのように振舞うのか知りたくて、城内でイチャついている侍女や兵士を何度か観察した事があった。
あのくらい私にもできるって……思っていた時期もあったわね。
甘い、甘すぎるわ。昔の私。はっきり言って苦行よ。この男にあんな事をするくらいなら、死んだ方がマシ。
それに、私たち一般的な恋人ではないのよ。王女と下級貴族なの。どのように振舞うのが普通なのか、知っている人がいて?
この国には、王の子は一人しかないのだから。比べようがないから無問題よ。
「申し訳ございません、二人っきりではないのです。実は今、付き人と一緒に城内を案内してもらっておりまして……」
「まあ……」
それでこの庭に入ってこれたの?誰も入れない様に指示したのに?
見張りは何をしているのだろう。部外者を入れるなどと、職務放棄もいいところだ。
私は腹に怒りを抱えたまま、扇子の内側ではさも嬉しそうに笑む。
「私の弟です」
弟と言われ、ネイノーシュの後ろから、畏まった様子で別の男が現れた。
私は目を見張り、息を止めた。
「え……」
彼は私の夢に何度も出て来た、その人によく似ていて。これは私がソファアの上で見ている夢なのだと思った。
私の記憶と目に狂いがなければ、彼は私にアートと名乗ったその人で。しかし、あの夏から少しだけ背が伸び、髪も兄と同じ白へと生え変わり、鳥人として大人になった姿。
これは本当に、私が知っている彼だろうかと、目を瞬かせ首を傾げた。
「お前、名前を何というの?」
彼に名前を訊ねてから、やってしまった、と少しだけ後悔した。彼が私を偉そうだと言ったのを思い出したからだ。
こんなはずではなかったのに。
次に会う時は偉そうでもなく、上品すぎる事もなく、フワリと花が咲くような可憐な乙女に、彼が好みそうな少女になるつもりでいたのに。
下町に普通の娘観察……行く意味なくなっちゃたわね。
「グレンウィル・アルテムと申します。尊大なる導神のお導きにより、この様な場所でお目通りが叶いました事、恐悦至極にございます」
あの町での仏頂面でいて、そのくせ私を見て悪戯に笑った少年っぽさは息を潜め、彼は固い表情のまま頭を下げる。
アートって愛称だったのね。
あなたと私、兄弟だったのね…………楽しいはずよ。
色々な事に理解が追いつかず、ここがどこであるかも忘れ、扇子で顔を覆い隠したのが、私にできる精一杯だった。
「そこで何をなさっているのですか?」
だからマンナが来てくれたのは、本当にありがたかった。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
理不尽に抗議して逆ギレ婚約破棄されたら、高嶺の皇子様に超絶執着されています!?
鳴田るな
恋愛
男爵令嬢シャリーアンナは、格下であるため、婚約者の侯爵令息に長い間虐げられていた。
耐え続けていたが、ついには殺されかけ、黙ってやり過ごすだけな態度を改めることにする。
婚約者は逆ギレし、シャリーアンナに婚約破棄を言い放つ。
するとなぜか、隣国の皇子様に言い寄られるようになって!?
地味で平凡な令嬢(※ただし秘密持ち)が、婚約破棄されたら隣国からやってきた皇子殿下に猛烈アタックされてしまうようになる話。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる