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序章~二人の出会いは~

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 結局アートはお兄さんたちに押し切られてしまい、私の一緒に取り残されてしまった。

 お兄さんたちが彼の分を取ってきてくれると言う、条件付きだけど。


 兄たちを見送り、私と二人になり、アートは明らかにむくれていたが、どうやら私の相手を真面目にしてくるつもりらしかった。


「山の中は本当に危険なんだ。他の場所なら付き合ってやるから、山の中は勘弁してよ」


 ここまでされて我を通すほど、私は暢気ではない。思いかけず同行者が出来たのだから甘えてしまおう。


「まあ、本当?では町に行きたいわ。何度か来ているのに、町には一度も行ったことがないの」


 私のお願いにアートが怪訝そうに顔をしかめた。


「町に行ったことがないって、お前どこに住んでるんだ?」


 私はそこでようやく自己紹介がまだだったことに気が付いた。

 この先ずっとお前って呼ばれるのは少しだけ癪にさわる。


「私はアイナ。ここに住んでいるわけじゃないの。夏になると、たまに別荘に遊びに来るのよ」


 私はいつもの癖で背筋を正し、僅かに張った胸に右手を当て言うと、アートの顔がサッと青ざめた。

 一歩後ろに下がって、心なしか身を屈める。


「まさか、森の奥の泉の?あの別荘?」


「そうよ、知っているの?」

「だってあそこは……王家の別荘だって……まさかあなたは……」


 彼はいよいよ畏まってしまった。


 どうしよう。彼の様子ではきっと町まで案内してくれないかもしれない。案内はいなくとも迷子になどならないが、ガイドがいるのとないのとでは、体験できる内容ながらりと変わる。

 私はとっさに嘘を吐くことにした。


 私は下品になりすぎないよう注意しながら思いっきり笑い声を上げた。


「やあね、そっちじゃないわよ。私は姫様付きの侍女の、さらにその下っ端のお手伝い。今日は姫様がお出かけになったから、暇をもらったの。下っ端の下っ端よ」


「なんだ、そうか。でもびっくりした。まさかあの屋敷の話が出てくるなんて思っても見なかったから。あそこは庶民には縁遠い場所だからなぁ……」


 アートは拍子抜けするくらいあっさり信じた。

 アイナは本名なのだが、自国の姫の名前を知らないのだろうか。仮にもこの国の姫の名前だ。もう少し疑っても良い気もする。

 私は内心ショックを受けつつも、調子付いたふりをした。


「そうよ。それに姫様だって、私ほど美人じゃあないわ。大したことないわよ」


「そんな自信どこから来るんだ?聞かれたらヤバいんじゃないのか?」


「平気よ。だって、姫様はお出かけになったし、あなたが言いさえしなければ、まったく問題ないわ。それとも言うの?」


「まさか。っていうか、どうやって伝えるのかも、わかんねえよ」


 アートは子供っぽく笑って、手を差し出してきた。

 彼の手に私の手を重ねると、アートは優しく握り返した。



 二人で手を繋いだまま森の中を歩いた。



 私のと似た黒髪の少年は、私より大きな手をして、豆だらけで皮膚も固くごつごつしていた。

 兵士たちの手によく似ている。

 これは意外なのだが、山に入ったりする割に、アートはさほど日に焼けていなかった。髪の色つやや、着ている服を見れば、見目も綺麗に整えられている事がわかる。裕福な家で育てられているのだろう。

 彼、顔はまあまあね。マンナの息子のジージールより恰好良いし、ずっと紳士的だわ。

 自分は棚に上げ、上から目線で彼を値踏みする真似をして、得意げになる。

 アートは私よりもずっと背が高く、私が彼の顔を見ようとすれば、見上げなければならなかった。

 けれど、彼が私の視線に気が付くと、本当に優し気な笑顔を向けるので、その程度の事はすぐに気にならなくなった。

  それから、彼は、私より歩くのが早い。


「ね、ねえ……もう少しゆっくり……」

「あ……ゴメン」


 私が不満を漏らすと、彼は困った顔でごめんと言った。

 それからは、私に合わせてゆっくり歩いた。


 会話らしい会話はないが、こんな風に男の人と手を繋ぐのは初めてで、私は胸がすごくドキドキしていた。

 素敵な気分で、本当は歌ってダンスを踊りたかった。本当に最高の気分だった。


 でも、そんな時彼の放った一言に、私は凍りついた。


「アンナはまだ小さいのに、もう働いているなんて……すごいな」

「は?」

「俺の妹なんて、家の手伝いするだけでブウブウ言ってるよ」


 これには本当に驚いた。

 城や城下町を行けは、私より若い子が働いている場面に出くわすことだってある。

 すごいと感心される程度に幼く見られているとなると、彼は私が何歳に見えているのだろう。


「まあ!私そんなに子供じゃないわ!あなた、私を子供だと思っていたの?」


「いや、だって……」


「これでも私もうすぐ十六よ!」
 

「え? え? えぇぇぇぇぇ!?」


 彼に私の年齢を伝えると慌てて手を離した。


 どうやら本当に子供だと、思われていたみたい。手を繋いでいたのも迷子にならないよう、年上の務めとしてだったに違いない。

 失礼にも、アートは私を上から下まで、まるで嘗め回す様に見る。

 口をキュッと結び、目を細め睨み付ける私と目が合うと、アートは慌て頭を下げた。


「ゴメン! 末の妹の面倒みるのと同じ調子で……迷子になったら大変だって……本当にゴメン」


「まあね。私背が低いのは自覚してるから。それは良いわ」


 そう、それは良いのだ。実際小さいのだし、手を引かなければならない幼いと思わるのは心外だが、ある程度致し方ない事だと自覚している。


 淑女を舐め回す様に見るのはどうなの?とは思ったが、口には出さなかった。
 
 たった一回の失敗を攻め立てる真似は、立派な淑女とは言えない。大人なら余裕をもって笑顔で流すべきだ。

 私は城で身に着けた王族スマイルを浮かべる。


「ちなみに、妹さんは何歳なの?」


「え……」


「えって何よ。まさか嘘なの?」


「…………9歳」


「9歳!?私より7つも下なの!?」


 すごくドキドキしていたのに、妹なんてあんまりよ。


 ショックを受ける私の横で、アートが頭を掻く。


「じゃ、じゃあ、行こうか」

「ええ、いいわ」


 今度は彼の背中が少し遠い。

 さっきより早く歩いて、時々立ち止まって私を待った。

 そのくせに

「……俺歩くの早いか?」

 と振り返った時に聞くの。


 日差しに照らされた彼の頬は、ほんのり紅色に染まっている。

 きっと夏の日差しのせいね。

 だって、私の顔も火照って熱いもの。















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