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二人はライバル!
しおりを挟む「聞いて。私は怒ってる」
学校の昼休み、教室の片隅で弁当を広げた友人の乃蒼に対し、ミライはいきなりそうきりだした。
ミライが空手を始めたきっかけは、テレビでやっていたバラエティ番組だった。登場したのは空手の世界チャンピオンの女性で、実に逞しく恰好良かったのを今でも鮮明に覚えている。
両親に通いたいと懇願したら、たまたま家の近くに道場があった。そこにアキがいた。
その頃から、アキは周囲から抜きんでていた。稽古をするアキの姿が、テレビで見たチャンピオンと重なり、ミライはそんな彼が眩しくて羨ましくて、憧れてがむしゃらに稽古に打ち込んだ。
周囲の友達がおしゃれに目覚める頃、ミライは空手に目覚めたというわけだ。
ミライも『可愛い』に興味がなかったわけではない。稽古がない日は友達と出かける事も、おしゃれに時間をかける事もあった。
それでもミライにとって一番はアキに追いつく事で、級が上がれば嬉しかったし、初段を貰った時はようやくアキに並べた気がして自信が付いた。
試合で始めてアキに勝てた日は興奮して眠れず、随分とアキに対して大きい態度も取った。
そんなミライに対し、当初アキは嫉妬心をむき出しにしていた。
道場の同年代の中では、アキは敵なしだった。それ故、今ほど真剣にやっていたかというと、そうではなかった。しかし自分の後から入ってきた後輩に負けたのだから、アキの闘争心に火が付いた。
アキはがむしゃらに空手にのめり込む様になり、引きずられるように、ミライも空手に傾倒していった。
今ではミライもアキに負けず劣らず、空手中心の生活だ。学校の勉強と、お店を手伝う以外は、空手に時間を費やした。稽古の時間以外にも道場に通った。
自然とアキとも話す機会が増え、それでも空手以外の話をしなかったが、二人は友人と呼べる仲になり、今では自他ともに認める好敵手だ。
本人に自覚がなくとも、ミライの空手に対するモチベーションは、間違いなくアキだった。
「で、そのアキ君が最近道場来ないの?」
乃蒼が言いながら窓の外に視線を逃がす。机の上のお弁当はすでに空だ。心なしか小声なのは、アキが有名人だから気を使ったのだろう。答えるミライも乃蒼に顔を近づけ小声だ。
「来ないっていうと語弊が生まれるけど……正確には……」
これまでアキは自身のクラスがない日でも、暇さえあれば道場に来ては鍛錬に励んでいた。それが最近は自身のクラスに来ても、それ以外の日に顔を見せない。
帰る時には店に寄れないといちいち報告をくれるが、それ以外ではミライを避けるように、目を合わさない日が続いていた。
「お店に来ないのは単純にコロッケに飽きたとかじゃない?別の食べたいけど、いつも取っておいてくれているから言い出しにくいとか?」
「まあ、あり得ないとは言えないな。けど違うと思う。道場来ないの意味わかんないし」
「だよねぇ」
アキの来ない理由。ミライは何となく察しが付いているが、個人的な事をペラペラしゃべるわけにもいかず、ミライは適当に言葉を濁した。
「んじゃ、これだ」
「何?」
「女ができた」
「え?なんでそうなるの?」
ミライは一瞬言いよどむ。うっかり口に出してしまったかと、記憶を探ったが、そのいかにも動揺していますといった反応に、乃蒼はニンマリ笑みを浮かべた。
「そりゃ、一般的な高校生男子なら、恋の一つや二つしてるもんよ。あんたってアキ君好きなんでしょ?」
「それは違う」
ミライは掌を乃蒼に向けて、止めるような仕草をした。
「誤解されやすいのはわかるけど、私とアキはライバルなの。大体、お互い道場でしか会わないし、私アキの好きな物、空手以外知らないし」
「それがホント信じらんないんだけど。うかうかしていると誰かに取られるかもよぉ?」
「そ、それは……嫌だなぁ」
「お?認めた?」
「違う。練習する時間減る。アキがデートとかにうつつを抜かしている間に、私より弱くなるのか嫌なの」
「はいはい。結局それな」
「ちょっと、私結構本気で怒ってんだけど」
「でも私関係ないし、アキ君がそんなに好きなら、ミライが告白しちゃえば良いじゃん」
「だから違うって。乃蒼のイジワル……」
この微妙な選手心は、しょせん自分にしかわからないのだ。いくら友人に愚痴った所で解決しないだろうし。ミライは弁当のウィンナーを頬張った。
その日、久しぶりにクラス以外の時間にアキが現れた。
いつもの大きなバックを肩にかけ入ってきたアキは、ミライを見つけ体を強張らせた。近くで練習していた人が出入り口に視線をやるので、ミライも釣られてそちらを見やったが、目が合った瞬間、アキがサッと視線を逸らした。ミライは誰の目も憚らず、舌打ちした。
アキは一瞬迷ったようだったが、すぐに更衣室に入っていった。
今日こそは練習つもりかもしれない。だが、また言い訳して帰ったら、ミライの脳裏に不安が過る。結果、ミライは更衣室前でアキを待ち構える事にした。そして案の定、アキは着替えもせず、そのままの恰好で出て来た。
「アキ、組手しよ」
「え?いや、俺今日はもう帰るよ。忘れ物取りに来ただけだし……」
「稽古つけてよ、先輩?」
その大きなカバンは飾りじゃないだろう。ミライはアキからカバンを奪うと、中に入っていた胴着をアキに手渡した。
「練習するつもりで来たなら、急いで帰ることないじゃん」
憮然とした態度で行く手を阻むミライに、逃げられそうもないと、アキは観念した様子で頷いた。
「ん……まあ、良いけど……」
同色のグローブをはめて向かい合って礼をする。組手といっても軽く技を掛け合うだけだ。だというのに、ミライはアキを睨み付けた。
アキも自分がミライに睨まれるだけの事をしている自覚はあった。ここ数日あからさまにミライを避けていたし、ミライが不満に思っていたのも気付いていた。
それでもどうしても勇気が出なかった。ミライをデートに誘う勇気がだ。
あの日、片想いの相手がミライだと分かり、人生最高に舞い上がった。そして一晩たち冷静になると、今まで好敵手としてしか接してこなかった相手を、どうやってればデートに誘えば良いのかわからなくなった。
相談があると言った時のように、自然に声をかければ良い。そう思うのにいざ本人を目の前にすると羞恥心が先に立ち、どうしても二の句を継げなくなった。悩めば悩む程、顔を合わせるのも気まずくなり、ミライの機嫌はますます悪くなり、悪循環に陥ってしまった。しかし最早、自分ではどうする事も出来なかった。
ミライが打ってきた。
審判を立てない、型やコンビネーションの確認みたいなものだ。軽く打ち合うだけ………………のはずだったが。
初めはゆっくりだったミライの動きが、徐々に早く、鋭くなっていく。軽い打ち合いなんてものじゃない。真剣で試合と変わりない迫力のミライに、アキはすぐについていけなくなった。
「あわわわ」
アキが後ろに倒れた。
「おい、軽くって言っただろうが、なにす……」
「アキ、前は対応できてた。どんな攻め方をしても、油断なんてしなかった……どうしてだよ」
悔しそうにミライは唇を噛んだ。
「やっぱり空手よりそっちの方が良いのか」
「……え?」
「普通だってわかってるけど、でも、アキのライバルは、私なのに……」
言いながら声が震えた。目頭が熱くなり、零れないよう目に力を入れる。恋の一つや二つ、ごく自然の営みに、非難する権利など、誰も持ち合わせていない。
ミライは心のどこかで、自分はアキの特別であると思っていたのかもしれない。恋人でも友人でも、ましてや家族でもない、ただ唯一の好敵手。
試合場で向き合う瞬間だけは、いつも二人だけの世界で、他の誰も入り込めない世界で、ミライはそこに自分とアキの関係のすべてがあると考えていた。
だからこそ、そこに『好きな人』を連れ込んだアキが、どうしても許せなかった。
「ちゃんと私と戦え!」
この時アキは、ミライとどうなりたいだとか、好きと伝えたいだとか、恋愛感情から来る性的な欲求だとかが、すべて吹っ飛んだ。
目の前で泣きそうになっている女性が、ただただ愛おしくて堪らなかった。アキの胸に熱い物が込み上げてくる。
それは試合前、対戦相手を前にした時の感情の高ぶりとよく似ている。
「ごめん、俺が馬鹿だった…………もう一度お願いします」
アキの顔つきが変わった。先ほどまでのおどおどした雰囲気はなくなり、まっすぐミライに向き合い、頭を下げた。次に顔を上げた時は、すっかりいつものアキだった。
「ちゃんとやるなら審判してるぞ」
この声を掛けてきた男性は、一般クラスに通う白鳥だ。彼は仕事が休みの日はよく鍛錬に道場に訪れていた。
「え?いや、良いです。他の人も……あれ、練習…………してない?あれ?」
周囲の見渡し、ミライはようやく気が付いた。
空き時間に道場に稽古来ている人はそう多くない。多くないが、いるのだ。その全員が――と言っても三人だけだが――壁際でアキとミライを眺め、にやついた笑みを浮かべている。
「いや、青春だねぇ。学生の頃を思い出したよ。まあ、最も、こんな青春送ってないけど」
白鳥が笑い、他の二人も釣られて肩を震わす。
「いいい今の全部みみみ見てました!?」
「こんな所でするから」
そう言ったのは、ミライと同じ高校に通う、一学年上の女性、伊藤だ。口元に手を当て、隠してはいるが、小刻みに震えているし、目元がもう笑っている。
彼女はミライと違い、体力を付けたいという理由で、普段から素の姿のまま頻繁に鍛錬していた。長い髪を高い位置で一つに束ねている彼女は、同性のミライから見ても素敵な女性で、アキの片思いの相手とも特徴が重なる。身長が160センチはあるが、180センチあるアキから見れば小柄も同然だ。ミライは顔を真っ赤にした。
「だって、アキが、アキが………………アキが全部悪い!」
「…………はい、全部俺が悪いです」
実際アキがミライを避けなければ、起こりえなかった事態ではあるのは確かだ。アキは右手を胸に当て、左手を上げた。
「アキの馬鹿」
「なんでだよ!?今素直に認めただろ!」
ミライがアキを無視して、白鳥ら三人に頭を下げた。それから赤ら顔のまま、アキをキッと睨み付けた。
「私今日はもう時間だから帰る。お店手伝わないとだし」
普段、木曜日にミライは道場に来ない。実家の総菜屋を手伝う姉がどうしても入れない日が木曜日で、この日だけは放課後から閉店まで、アキが手伝いをする事になっているのだ。
それを今日はお願いして少しだけ出て来た。むしゃくしゃして、どうしてもすっきりしたかったのだ。だからこそアキはミライはいないと思い道場に来たのだが、結果的には和解できたのだから良かったのかもしれない。
ミライは入り口付近に設けられた荷物置き場に、自身の荷物を取りに行った。これは慌てたのはアキだ。
「待て!は、話が……俺も、帰るからちょっと待ってろって」
アキも三人に礼をすると、慌てて更衣室に荷物を取りに行く。
慌ただしく道場を出ていく二人を、年長者三人は微笑ましい気持ちで眺めていた。
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