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夢に咲く花

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 孝宏が親子と面会していたちょうどその頃、飛行場の中でも一際煌びやかな鳥の腹の中、飛行船の一室でコオユイを含めた数人がテーブルを囲んでいた。

 民家人救出作戦は巨大蜘蛛と蜘蛛の巣の除去という成果までつき成功を収めたが、その後も蜘蛛の毒零に犯された人の治療に加え、毒に汚染された町の洗浄作業が引き続き行われていた。

 作業箇所は広範囲におよび、また、隠れ逃れていた巨大蜘蛛が発見されるなど、気が付けば四日が経っていた。

 コオユイの命令で一度情報のすり合わせと、抱えている案件を話し合う場を設ける事となったが、顔付き合わせる面々の表情は硬く、疲れを滲ませていた。


「では、次に協力者の処遇についてなのですが……」


 進行役の兵士が言葉を濁しちらりとコオユイに視線を投げると、コオユイは一度咳払いしてから口を開いた。


「本部から、彼らが敵になり得るか見定めるよう言ってきた」


 テーブルにつく皆の顔が一様に、不満げに歪んだ。


「何を考えて、そんな……」


 不満が漏れるのももっともだった。
 そもそもすでに孝宏たちについては、害なしとして報告済みであるのだからコオユイたちはたまらない。


「これに関してテムラから報告を頼む」


 名を呼ばれ、鳥人の若い男が立った。


 彼はナキイの同僚で、今回孝宏たちの護衛を任されいた一人だ。
 黒い髪に羽のない翼を持つ彼は、鳥人の中でも非常に耳が良く、他の鳥人と違い夜活動するのにも慣れている。それ故、孝宏たちの監視する為の護衛に打ってつけだった。


「彼らからは部屋から出たい、町での奉仕活動に参加したいなどの希望はありましたが、許可か下りないからと言って我々の目を盗んで脱出するようなこともなく、また、希望を言う以外の目立った行動は見られませんでした。それらの希望が通らなかった事で、我々に不満を抱いているようですが、仕方ないと一応納得している様子です。あと彼らは何者かに狙われているとも話し合っており、彼らが何らかの事情を抱えているのは間違いないかと」


「まあ、不満は致し方ないとしても、それが不信感に変わったときが厄介ですね」


「すでに不信感を抱かれていてもおかしくはないでしょう。作戦成功の最大の立役者が、軟禁状態に置かれているのですから」


「言葉には気をつけて下さい、エモン少佐。我々なにも彼らを捕らえているのではなく、保護しているのです。彼らほど能力に長けた者は、この状況下に置いては危険に巻き込まれかねないと判断されたからです」


 言葉の端々に力がこもり、魔人の女、ハイナミはジロリとエモンを睨みつけたが、エモンは肩をすくめただけで挑発的に笑みを浮かべ反論する。


「だが、状況に大した違いはないでしょう。彼らの協力が必要ならこんな回りくどいことをせずとも、直接確かめたら良い。身元の確認は取れているのでしょう?何なら魔術でも使……っと、失言でした。申し訳ありません」


 魔術でも使って何だと言いたかったのか。

 ハイナミだけでなく、厳しい視線がエモンに集中する。蓄積された疲労からか、元より重い雰囲気の中始まった会議だが、場の空気がピリピリし始めた。

 兵士たちの中にも孝宏たちが、敵の間者ではないかと疑う者も確かにいる。
 尋問して吐かせてればすべてすっきりすると。

 しかしそれは、彼らが敵と通じてなかった場合、彼らの信用を完全に失う行為だ。敵に後れをとっている現状だからこそ、慎重にならざる得ない。


「彼らが誰かに追われていると話していたと言うのは新たな事実ですね。もしかしたらその者こそ敵だったりしないでしようか」


「それは安易に考えすぎでしょう。まずは情報を集めるべきですな」


「ではやはり彼らに直接聞いてみるべきです。もちろん拷問などでなく、丁重に聞けば答えてくれるのでは?相手はまだ子供です。丸め込んでしまえば良いでしょう」


「襲われた事を何故我々が知っているのかと尋ねられた時、どう答えるのですか?盗聴してましたと丁寧に答えるつもりですか?」


「それこそ嘘を織り交ぜれば良いのです。真実の中に紛れた嘘は案外わからないものです」


 何人かがなるほどと頷いているのを見て、それまで口を閉ざし話し合う様子を眺めていただけのコオユイが遮った。


「いや、それは返って不信感を強める結果になるな。彼らの中のカダンは人魚だ」


 人魚は相手の言葉の真偽を見抜く能力に長けており、彼らの前で嘘をつけばたちまち看破されるというのは、わりと有名な話だ。

 ならば仕方ないといった風にため息を吐いた者がいれば、ある者は一拍間をおいてから表情を歪ませた。


「まさか!?彼は魔法を操ってましたぞ!あの、魔女の複雑で強力な魔法を!宮廷魔術師たちでも難しいと言わしめたあの魔法を!操れるはずがない!」


 驚いて声を上げたのはユウダ・ユウセ。あらゆる魔術を操れる魔人である事に誇りを抱く男で、それ故他の種族を見下しがちな傾向にあった。


 外見に人魚の特徴を兼ね備えていないカダンを、魔人と別の人種の相の子だろうと思い込んでいた。カウルとルイの二人がそうであるようにだ。

 そもそも町中で人魚を見かける事自体珍しいが、知名度はそこそこはある人種であり、仮にも軍人であるなら知らない者はいないと断言できる程に、人魚とは一般的に知られている存在だ。

 軍人としての一般常識では、人魚は通常魔術は操れないとされている。

 人魚が有する膨大な魔力は彼ら自身の魔力制御を狂わせ、生まれながらに操れる魔術以外は使いこなすのは困難だった。

 もちろん何事にも例外はある。

 だがユウセが見たのは、武器を持たず魔術を操り、巨大蜘蛛を切り裂くカダンの姿だ。

 ただでさえ魔術を不得手とする人魚が、安定しにくい魔女のあの魔術を、あの乱戦の中操って見せたのだから、ユウセはルイ同様、魔術師を目指す将来有望な若者だと思っていたのだ。

 一般的に見れば間違いではないのだが、人魚であるなら話は変わってくる。


「将来有望どころか天才ぞ……」


「まさか、間違いじゃないのか?」


 皆にわかには信じられないといった表情だ。
 優越思想の強いユウセだが、己が見たものは否定しない質の人間でもあった。表情は厳しい。

 信じがたいのはコオユイも同じだった。しかし、手元にある報告書にはしっかりとした証拠がある。
 コオユイは報告書を指でノックした。


「殿下が証言されている。それに、資料をよく見て見ろ。本部から彼らの身元を確認したと報告が届いているだろう。間違いなく人魚の子だ」


「そんな、あり得ない、人魚に魔術が操れるなんて……」


 呆然とするユウセに、コオユイは心の中で同意する。


「待て、それよりもここには三人分の報告しかないが?」


 エモンが報告書の人数が合わないことに気が付いた。一枚一枚何度もめくっている。


「マリーとタカヒロの身元は確認できなかったとの事だ。つまり、我が国の人間ではなかったか、届け出がないまま育ったか、どちらかだ」


 もしも魔女オウカの隠し子ともなれば、国中に衝撃が走り、報道機関はこぞって取り上げるだろう。ここにいる面々にとっては面倒な事この上ないのは間違いない。


「確か……ヒタル・ナキイ中尉がその二人に敵意がないのを確認した……んでしたよね?」


「あ、ああ……確かに、そのばすでしたな」


 ふとハイナミが思い出し、ユウセがそれに同意した。


「そうだな」


「彼なら適任でしょう。どうやらタカヒロとかいう少年とも仲が良いとか、なんとか」


 コオユイが頷き、エモンが肩をすくめる。


 その光景を見ながらテムラは、全部押しつけられることとなった友人に対し、彼らと同じように適役だろうと頷いた。
 少なくとも、会議終了後、命令を友人に伝えるまでは。

 会議終了後、珍しく会議呼ばれていた友人からもたらされた命令を聞いて、ナキイは頭を抱えた。テーブルに頬杖をついて不満を隠そうとしない友人を見て、ナキイにしては珍しい態度だとテムラは思った。


「なんだそれは。俺がどれだけ苦労して探ったと思ってる。何度もそう簡単にいくものか」


 ナキイは魔術師を名乗っていないといえ、限定的ではあるが、仕事柄必要になりえる魔術は会得している。それは決して本職に劣っておらず、同期の中でも巧みを持つ方だ。

 テムラは真面目な表情で聞き返した。
「そんなにか?」


「そんなにだ。彼らの魔法防御は並じゃない。それを気付かれないようかいくぐって探るのは本当に骨が折れたんだ。多分だけど、あのルイって奴がやったんだろうな。聞く話じゃ魔法の腕はかなりのもんらしいし」


「それは俺も聞いたが、所詮は成人してない、一応子供じゃないか」


「馬鹿を言うな。治療と称して触れなかったら無理だった。作戦行動中だったから出来たんだ。そうでないなら…………無理だ」


 ナキイは自身を過剰評価しない。
 決して魔術技術が優れていたのではなく、目の前の大事に気を取られていたからこそ、気付かれなかったのいうのがナキイの自身の評価だ。

 触れずに探るのはまず不可能だろう。今度は何を口実にしようかと、頭を抱えるナキイの嫌がり様は、テムラから見ても演技には思えなかった。


「それにしても意外だったな。お前タカヒロとかいう子を気に入っていただろう?彼女を疑って探るなんてしないと思っていたよ。別に命令されていたわけでもないんだろう?」


 ナキイが自ら志願して作戦に参加したのはテムラも知る所だ。

 ナキイとテムラは学生時代から付き合いだ。決して堅物ではなく人並みに恋愛遍歴を重ねるナキイを知っているからこそ、容赦なく疑いをかける友人の行動に矛盾を感じていた。

 テムラが知る限り、ナキイが恋路を自らの任務より優先させた例はない。常に任務に忠実な彼が、何の為に命令外で彼を探ったのか、テムラの興味をそそる。


「別に、疑わしいものを排除するのは俺たちの仕事だろう?個人的な感情は関係ないからな。それから彼女じゃなくて彼だ」


「へえ、そうか?」


 テムラがニヤリと笑った。心の内を見透かされたようで、ナキイは居心地が悪い。


「あいつ等が敵じゃなくて良かったな」


「うるさいぞ。用事が済んだらさっさと仕事に戻れよ」


 ナキイはテムラが部屋を出ていくのを見送りながら、そもそもどうやって孝宏たちに近づこうか考えていた。
 


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