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夢に咲く花
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この格好で出歩けば嫌でも人目を引いた。マリーが隣にいればなおさらだった。
兵士達の好奇の目にさらされ、潜めた会話が聞こえてくる。孝宏は恥ずかしくてたまらなかった。
(もしかして嫌がらせされてんじゃなのか俺)
誰にとは言わないし、もちろん口に出す勇気はない。
「あの時のお姉さんだ!」
孝宏が急かされながら通された部屋で、娘は孝宏を見て、今度こそ満面の笑みを浮かべた。マリーは満足げに頷いている。
もしも男のままこの場に来ていたら、この娘はきっと笑顔にはならなかった。マリーが初めに入って来た時と同じく戸惑ったに違いない。そして理解が追いつかぬまま礼を述べ、贈り物をして帰ったに違いないかった。
「お姉さん、あの時助けてくれてありがとう。お姉さんのおかげで……私どうしてもお礼を言いたくて……あの……忙しいのに……えっと……」
娘は孝宏に会って言いたい事がたくさんあった。
弟と二人、父は戻ってこず悲鳴が聞こえ、どれだけ恐ろしかったか。そんな中、守ると言われ、盾となってくれて、どれだけ安心したか、心強かったか。生きていると聞かされ自分がどれだけ嬉しかったか。
しかし、いざ本人を目の前にすると、考えがまとまらず言葉が出てこない。娘は頬を赤らめ顔を俯けてしまった。
(やっぱりあの時の子か……)
孝宏のおぼろげな記憶にある、巨大蜘蛛に食われつつ視界の端に捉えた子供の姿。確かにこの少女だったかもしれない。
中々戻ってこない父親を心配して隠れ場から出てきてしまった少女は、悲鳴も上げられず恐怖に固まっていた。
孝宏の無意識に変化が起きたとすればこの時だ。
それまではとにかく助かりたくて巨大蜘蛛から逃げる事ばかり考えていたが、怯える少女から引き離すため渾身の力を振り絞り短剣を振るい、巨大蜘蛛の頭を潰した。
絶対に上には行かせない、ここは必ず守るから隠れているように言った記憶が蘇る。
結果としてこの行動が孝宏の命を救ったのだが、本人に自覚などないまま、孝宏は娘に対して礼を返した。
「こちらこそありがとう。良かった。無事で本当に良かった」
今孝宏の目の前にいる少女には怪我一つない。
あの時力を振り絞って良かった。そうでなければ娘の笑顔はなかったはずだ。こうして無事な姿を見ることも叶わなかったかもしれない。
「それに俺は特に忙しくないし、とても暇してたんだ。だから今日、君が来てくれてすごく嬉しい」
孝宏は孝宏なりに、娘に気持ちを伝えようと言葉を選びながら慎重に喋ったつもりだった。しかし娘は、えっと小さく零したまま戸惑っている。
娘だけでない、父親も無表情のまま瞬きをしている。
(え?何?俺まずいこと言った?)
孝宏はおろか、マリーも同然のことすぎてすっかり失念していたのだが、立ち会った兵士が孝宏にそっと耳打ちした。
「声だけ男のままです」
(なんだと!?ヒタルさんはスルーしてたぞ!?これは普通じゃないのか!?すぐばれるもんなの!?)
そこの男の兵士と比べれば、変声期途中の孝宏の声はいささか高いが、それでも女性にしては低かった。緊迫したあの場面だからこそ、男も娘も孝宏の声まで気が回っていなかったのだ。
(取りあえず、ごま、かす……か?)
「あー……なんというか、こういう声なんだ。驚かせてごめん」
「はっ!こちらこそ失礼な態度をとってしまいすみません!」
「いえ、紛らわしいのは俺なんで……」
(いや、本当に……なんで女装なんてしたんだろ。今更ふざけていただけって言いだしづらいし)
「あの、お姉さん本当は男の人なの?」
娘は控えめな態度で、か細い声は消えてしまいそうだ。
泣き出しそうにも見える娘に対し、孝宏は本当のことを言うか、嘘をつき通すか迷った。
娘が望む答えを孝宏が知る由もなし。孝宏には弟妹がいるとはいえ幼すぎて、思春期を迎えようとしている娘の気持ちなどくみ取れるはずもなく、また純粋な娘の瞳を前にして嘘もつけず、孝宏は素直にしかし歪な笑みで頷いた。
「うん、そうなんだ。驚いたよね、ごめん」
「んーん、少し驚いただけ。ごめんなさい」
少女は小さく首を横に振り父親の後ろに隠れてしまい、贈り物ごと胸をぎゅっと押さえた。
(これは間違えたな……でもちょっとだけ傷つく)
孝宏が自分の態度にショックを受けているなどとは思いもしない娘は、父親にやんわりと諫められ、おずおずと出てきて贈り物を差し出した。
「これ、お姉さ、あ……おに、おに……」
「お姉さんでいいよ」
「お、お姉さんにあげます。お礼です。ありがとうございました。」
兵士達の好奇の目にさらされ、潜めた会話が聞こえてくる。孝宏は恥ずかしくてたまらなかった。
(もしかして嫌がらせされてんじゃなのか俺)
誰にとは言わないし、もちろん口に出す勇気はない。
「あの時のお姉さんだ!」
孝宏が急かされながら通された部屋で、娘は孝宏を見て、今度こそ満面の笑みを浮かべた。マリーは満足げに頷いている。
もしも男のままこの場に来ていたら、この娘はきっと笑顔にはならなかった。マリーが初めに入って来た時と同じく戸惑ったに違いない。そして理解が追いつかぬまま礼を述べ、贈り物をして帰ったに違いないかった。
「お姉さん、あの時助けてくれてありがとう。お姉さんのおかげで……私どうしてもお礼を言いたくて……あの……忙しいのに……えっと……」
娘は孝宏に会って言いたい事がたくさんあった。
弟と二人、父は戻ってこず悲鳴が聞こえ、どれだけ恐ろしかったか。そんな中、守ると言われ、盾となってくれて、どれだけ安心したか、心強かったか。生きていると聞かされ自分がどれだけ嬉しかったか。
しかし、いざ本人を目の前にすると、考えがまとまらず言葉が出てこない。娘は頬を赤らめ顔を俯けてしまった。
(やっぱりあの時の子か……)
孝宏のおぼろげな記憶にある、巨大蜘蛛に食われつつ視界の端に捉えた子供の姿。確かにこの少女だったかもしれない。
中々戻ってこない父親を心配して隠れ場から出てきてしまった少女は、悲鳴も上げられず恐怖に固まっていた。
孝宏の無意識に変化が起きたとすればこの時だ。
それまではとにかく助かりたくて巨大蜘蛛から逃げる事ばかり考えていたが、怯える少女から引き離すため渾身の力を振り絞り短剣を振るい、巨大蜘蛛の頭を潰した。
絶対に上には行かせない、ここは必ず守るから隠れているように言った記憶が蘇る。
結果としてこの行動が孝宏の命を救ったのだが、本人に自覚などないまま、孝宏は娘に対して礼を返した。
「こちらこそありがとう。良かった。無事で本当に良かった」
今孝宏の目の前にいる少女には怪我一つない。
あの時力を振り絞って良かった。そうでなければ娘の笑顔はなかったはずだ。こうして無事な姿を見ることも叶わなかったかもしれない。
「それに俺は特に忙しくないし、とても暇してたんだ。だから今日、君が来てくれてすごく嬉しい」
孝宏は孝宏なりに、娘に気持ちを伝えようと言葉を選びながら慎重に喋ったつもりだった。しかし娘は、えっと小さく零したまま戸惑っている。
娘だけでない、父親も無表情のまま瞬きをしている。
(え?何?俺まずいこと言った?)
孝宏はおろか、マリーも同然のことすぎてすっかり失念していたのだが、立ち会った兵士が孝宏にそっと耳打ちした。
「声だけ男のままです」
(なんだと!?ヒタルさんはスルーしてたぞ!?これは普通じゃないのか!?すぐばれるもんなの!?)
そこの男の兵士と比べれば、変声期途中の孝宏の声はいささか高いが、それでも女性にしては低かった。緊迫したあの場面だからこそ、男も娘も孝宏の声まで気が回っていなかったのだ。
(取りあえず、ごま、かす……か?)
「あー……なんというか、こういう声なんだ。驚かせてごめん」
「はっ!こちらこそ失礼な態度をとってしまいすみません!」
「いえ、紛らわしいのは俺なんで……」
(いや、本当に……なんで女装なんてしたんだろ。今更ふざけていただけって言いだしづらいし)
「あの、お姉さん本当は男の人なの?」
娘は控えめな態度で、か細い声は消えてしまいそうだ。
泣き出しそうにも見える娘に対し、孝宏は本当のことを言うか、嘘をつき通すか迷った。
娘が望む答えを孝宏が知る由もなし。孝宏には弟妹がいるとはいえ幼すぎて、思春期を迎えようとしている娘の気持ちなどくみ取れるはずもなく、また純粋な娘の瞳を前にして嘘もつけず、孝宏は素直にしかし歪な笑みで頷いた。
「うん、そうなんだ。驚いたよね、ごめん」
「んーん、少し驚いただけ。ごめんなさい」
少女は小さく首を横に振り父親の後ろに隠れてしまい、贈り物ごと胸をぎゅっと押さえた。
(これは間違えたな……でもちょっとだけ傷つく)
孝宏が自分の態度にショックを受けているなどとは思いもしない娘は、父親にやんわりと諫められ、おずおずと出てきて贈り物を差し出した。
「これ、お姉さ、あ……おに、おに……」
「お姉さんでいいよ」
「お、お姉さんにあげます。お礼です。ありがとうございました。」
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