上 下
156 / 180
夢に咲く花

82

しおりを挟む
 兵士に促され、孝宏は壁を気にしつつも隊列の中央に戻った。しかし、その隊列も蜘蛛の出現により既に崩れつつある。


(どうせ、どこに蜘蛛の巣があるともしれないんだからいたって変わら……そうか、だからカダンは武器を振り回したのか。巣があったとしても大丈夫なように……)


 おそらくはカダンは孝宏が殆ど見えていないと気付いていただろう。

 気持ちがザワザワして落ち着かず、孝宏は腹の痣に防具の上から手を当てた。
 こんな時に何の役にも立たない己が恨めしい。守られるのを受け入れるしかないのでも、せめて見えていれば言い訳もたつというもの。


(ああ……でも……こんなことばかり考えて、本当に自分が嫌いになりそうだ)


 孝宏は歩きながら何気なしに壁を振り返り、ぎょっとして目を見開いた。一瞬だが、壁の中にギラリと光る赤い目を見た気がしたのだ。

 一体や二体ではない。壁の隙間の至る所から赤い目が覗いていたのだ。しかし、壁を見上げる兵士が気が付いていないのは明らかだ。


「壁にいるぞ!」


 自分が記憶している中でも、一番声を張り上げたかもしれない。

 孝宏の声は夜の住宅街に反響して響き渡った。殆どの者がその意味を理解する前に、精霊を連れたその兵士もまた、声を張り上げた。


「壁に敵あり!!!壁に敵あり!!!」


 兵士が叫びながら離れようとした時には、誰にでもわかる程度に壁は崩れ始めており、下から本物の壁と闇をまとった化け物が覗き始めていた。

 ほぼ同時に兵士たちの通信機が鳴った。


――壁に敵が潜んでいる可能性がある。破片が崩れ落ちる壁に留意せよ――


 しかし、時すでに遅し。壁から多くの巨大蜘蛛が兵士を目指してなだれ落ちてきたのだ。

 その数、二十は下らず、すでにその場にいる蜘蛛を合わせるととんでもない数だ。だが留まるところを知らず、次から次へと湧いてくる。

 突如現れた巨大蜘蛛の大群は、次々と兵士たちを襲い始めた。


「やべぇやべぇやべぇやべぇ!」


 孝宏は完全に逃げ遅れていた。

 隊列の中央で守られるはずが、兵士たちは巨大蜘蛛の相手で手一杯の様子。そのままでは蜘蛛の牙が孝宏に届くのも時間の問題だった。

 救助の最中なら下水道に逃げ込めばよかったが、移動の最中であるために入り口は開いていない。建物の中に逃げようにもどの扉も堅く閉ざされている。となると、孝宏は兵士を信じ、ここで立ち尽くすしかなかった。


「これでいいのか?本当に?」


 震えとともに笑みがこぼれた。

 短剣を力強く握りしめる。兆しの炎が使えない今、孝宏に残された武器は、ルイから貰った一振りの短剣だけた。


(躊躇してたら駄目だ!もしもの時はすぐに抜く!よし!)


「くそったれが!」


 孝宏の前方で、小柄な兵士が悪態をついた。盾を構え、巨大蜘蛛に押されくる。小柄が故に、見た目以上に重量のある蜘蛛を押し返すには腕力が足りないのだ。
 兵士はしきりに呪文を唱えているが、魔術が発動と消滅を繰り返している。

 孝宏はその兵士とぶつかる前に後ずさったが、すぐ後ろの別の兵士がやはり巨大蜘蛛と対峙中で、こちらはまさに取っ組み合いの格闘を繰り広げていた。

 堅いはずの防具が裂け、フェイスガードなどないに等しい。それでようやく仰向けにひっくり返しても、間を開けずに次ぎが襲いかかってくる。兵士たちの中には複数体同時に相手しているものさえいる。

 孝宏はそれらを避けていく内、気が付かない間に壁の方へと追いやられていた。


「ひぃっ!」


 孝宏は背中に感じたヒヤリとした堅い感触に悲鳴を上げた。驚き逃げようにも兵士や巨大蜘蛛に囲まれ、すでに身動きがとれない状況に追い詰められている。

――kiiii――


 それは小さな鳴き声だった。


「待て待て、そんなはずは……」


 こんな都合良い展開はまさか嘘だろう。孝宏は恐々壁を見上げた。

 まさか、そう思ったのに、巨大な蜘蛛が壁にしがみつき孝宏を見下ろしている。孝宏は顔を引きつらせ叫んだ。


「わああああああああああああああ!」


 巨大蜘蛛は目が合うのと同時に襲いかかってきた。孝宏を丸呑みにせんと牙を、口を開き、鋭い歯をむき出しに落ちてくる。

 巨大蜘蛛は上手く孝宏の頭を捉えており、本当ならそのまま頭を一気に口に納めただろう。

 しかしこんな時でも、短剣の柄を握っていたのが功をそうした。

 孝宏が咄嗟に頭を庇おうとした時、偶然だが刃が蜘蛛を正面に取らえ、巨大蜘蛛上顎から脳天にかけてざっくり切り裂いたのだ。

 巨大蜘蛛は声を上げる間もなく、己が切られたことにも気が付かず息絶えた。


「ぐぇっ」


 人と比べると巨大ではない、しかし、蜘蛛にしては巨大な、蜘蛛のような哺乳類は孝宏には重かった。

 事切れた巨大蜘蛛がそのまま孝宏の上に落ちてきた時、受け止めきれず地面にうっ潰された。太く短い脚に無数に生える毛は固く、柔らかい肌に刺さり、蜘蛛の赤い血が孝宏を頭から染める。


「…………!!!」


 押しつぶされながらも、孝宏は必死の思いで、巨大蜘蛛の下から這い出してきた。

 間一髪のところで助かったが、とても無事とは思えないのは、頭から足先までドロドロした臭う物にまみれているからだ。

 孝宏は口の中の何かを吐き出した。


「うぅわっ気持ち悪っ」


 孝宏は起き上がりながら、ボタボタ落ちてくる塊を払い落とした。


(これが何かは気にしないでおこう)


 孝宏はあえて自身の状態が、いかにあるか考えないようにした。

 深く考えてしまえばおそらく、おぞましさから震え嘔吐いてしまうかもしれないからだが、気が高ぶっていたせいもありさほど苦ではなかったかもしれない。

 生死を意識せざるおえない現場といえども、助かったと思い気が抜けるのは同然だ。戦闘に不慣れ者ではなおさらそういうこともあるだろう。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

王子様を放送します

竹 美津
ファンタジー
竜樹は32歳、家事が得意な事務職。異世界に転移してギフトの御方という地位を得て、王宮住みの自由業となった。異世界に、元の世界の色々なやり方を伝えるだけでいいんだって。皆が、参考にして、色々やってくれるよ。 異世界でもスマホが使えるのは便利。家族とも連絡とれたよ。スマホを参考に、色々な魔道具を作ってくれるって? 母が亡くなり、放置された平民側妃の子、ニリヤ王子(5歳)と出会い、貴族側妃からのイジメをやめさせる。 よし、魔道具で、TVを作ろう。そしてニリヤ王子を放送して、国民のアイドルにしちゃおう。 何だって?ニリヤ王子にオランネージュ王子とネクター王子の異母兄弟、2人もいるって?まとめて面倒みたろうじゃん。仲良く力を合わせてな! 放送事業と日常のごちゃごちゃしたふれあい。出会い。旅もする予定ですが、まだなかなかそこまで話が到達しません。 ニリヤ王子と兄弟王子、3王子でわちゃわちゃ仲良し。孤児の子供達や、獣人の国ワイルドウルフのアルディ王子、車椅子の貴族エフォール君、視力の弱い貴族のピティエ、プレイヤードなど、友達いっぱいできたよ! 教会の孤児達をテレビ電話で繋いだし、なんと転移魔法陣も!皆と会ってお話できるよ! 優しく見守る神様たちに、スマホで使えるいいねをもらいながら、竜樹は異世界で、みんなの頼れるお父さんやししょうになっていく。 小説家になろうでも投稿しています。 なろうが先行していましたが、追いつきました。

前世は最強の宝の持ち腐れ!?二度目の人生は創造神が書き換えた神級スキルで気ままに冒険者します!!

yoshikazu
ファンタジー
主人公クレイは幼い頃に両親を盗賊に殺され物心付いた時には孤児院にいた。このライリー孤児院は子供達に客の依頼仕事をさせ手間賃を稼ぐ商売を生業にしていた。しかしクレイは仕事も遅く何をやっても上手く出来なかった。そしてある日の夜、無実の罪で雪が積もる極寒の夜へと放り出されてしまう。そしてクレイは極寒の中一人寂しく路地裏で生涯を閉じた。 だがクレイの中には創造神アルフェリアが創造した神の称号とスキルが眠っていた。しかし創造神アルフェリアの手違いで神のスキルが使いたくても使えなかったのだ。  創造神アルフェリアはクレイの魂を呼び寄せお詫びに神の称号とスキルを書き換える。それは経験したスキルを自分のものに出来るものであった。  そしてクレイは元居た世界に転生しゼノアとして二度目の人生を始める。ここから前世での惨めな人生を振り払うように神級スキルを引っ提げて冒険者として突き進む少年ゼノアの物語が始まる。

みそっかすちびっ子転生王女は死にたくない!

沢野 りお
ファンタジー
【書籍化します!】2022年12月下旬にレジーナブックス様から刊行されることになりました! 定番の転生しました、前世アラサー女子です。 前世の記憶が戻ったのは、7歳のとき。 ・・・なんか、病的に痩せていて体力ナシでみすぼらしいんだけど・・・、え?王女なの?これで? どうやら亡くなった母の身分が低かったため、血の繋がった家族からは存在を無視された、みそっかすの王女が私。 しかも、使用人から虐げられていじめられている?お世話も満足にされずに、衰弱死寸前? ええーっ! まだ7歳の体では自立するのも無理だし、ぐぬぬぬ。 しっかーし、奴隷の亜人と手を組んで、こんなクソ王宮や国なんか出て行ってやる! 家出ならぬ、王宮出を企てる間に、なにやら王位継承を巡ってキナ臭い感じが・・・。 えっ?私には関係ないんだから巻き込まないでよ!ちょっと、王族暗殺?継承争い勃発?亜人奴隷解放運動? そんなの知らなーい! みそっかすちびっ子転生王女の私が、城出・出国して、安全な地でチート能力を駆使して、ワハハハハな生活を手に入れる、そんな立身出世のお話でぇーす! え?違う? とりあえず、家族になった亜人たちと、あっちのトラブル、こっちの騒動に巻き込まれながら、旅をしていきます。 R15は保険です。 更新は不定期です。 「みそっかすちびっ子王女の転生冒険ものがたり」を改訂、再up。 2021/8/21 改めて投稿し直しました。

子爵令嬢マーゴットは学園で無双する〜喋るミノカサゴ、最強商人の男爵令嬢キャスリーヌ、時々神様とお兄様も一緒

かざみはら まなか
ファンタジー
相棒の喋るミノカサゴ。 友人兼側近の男爵令嬢キャスリーヌと、国を出て、魔法立国と評判のニンデリー王立学園へ入学した12歳の子爵令嬢マーゴットが主人公。 国を出る前に、学園への案内を申し出てきた学校のOBに利用されそうになり、OBの妹の伯爵令嬢を味方に引き入れ、OBを撃退。 ニンデリー王国に着いてみると、寮の部屋を横取りされていた。 初登校日。 学生寮の問題で揉めたために平民クラスになったら、先生がトラブル解決を押し付けようとしてくる。 入学前に聞いた学校の評判と違いすぎるのは、なぜ? マーゴットは、キャスリーヌと共に、勃発するトラブル、策略に毅然と立ち向かう。 ニンデリー王立学園の評判が実際と違うのは、ニンデリー王国に何か原因がある? 剣と魔法と呪術があり、神も霊も、ミノカサゴも含めて人外は豊富。 ジュゴンが、学園で先生をしていたりする。 マーゴットは、コーハ王国のガラン子爵家当主の末っ子長女。上に4人の兄がいる。 学園でのマーゴットは、特注品の鞄にミノカサゴを入れて持ち歩いている。 最初、喋るミノカサゴの出番は少ない。 ※ニンデリー王立学園は、学生1人1人が好きな科目を選択して受講し、各自の専門を深めたり、研究に邁進する授業スタイル。 ※転生者は、同級生を含めて複数いる。 ※主人公マーゴットは、最強。 ※主人公マーゴットと幼馴染みのキャスリーヌは、学園で恋愛をしない。 ※学校の中でも外でも活躍。

前世で眼が見えなかった俺が異世界転生したら・・・

y@siron
ファンタジー
俺の眼が・・・見える! てってれてーてってれてーてててててー! やっほー!みんなのこころのいやしアヴェルくんだよ〜♪ 一応神やってます!( *¯ ꒳¯*)どやぁ この小説の主人公は神崎 悠斗くん 前世では色々可哀想な人生を歩んでね… まぁ色々あってボクの管理する世界で第二の人生を楽しんでもらうんだ〜♪ 前世で会得した神崎流の技術、眼が見えない事により研ぎ澄まされた感覚、これらを駆使して異世界で力を開眼させる 久しぶりに眼が見える事で新たな世界を楽しみながら冒険者として歩んでいく 色んな困難を乗り越えて日々成長していく王道?異世界ファンタジー 友情、熱血、愛はあるかわかりません! ボクはそこそこ活躍する予定〜ノシ

色彩の大陸3~英雄は二度死ぬ

谷島修一
ファンタジー
 “英雄”の孫たちが、50年前の真実を追う  建国50周年を迎えるパルラメンスカヤ人民共和国の首都アリーグラード。  パルラメンスカヤ人民共和国の前身国家であったブラミア帝国の“英雄”として語り継がれている【ユルゲン・クリーガー】の孫クララ・クリーガーとその親友イリーナ・ガラバルスコワは50年前の“人民革命”と、その前後に起こった“チューリン事件”、“ソローキン反乱”について調べていた。  書物で伝わるこれらの歴史には矛盾点と謎が多いと感じていたからだ。  そこで、クララとイリーナは当時を知る人物達に話を聞き謎を解明していくことに決めた。まだ首都で存命のユルゲンの弟子であったオレガ・ジベリゴワ。ブラウグルン共和国では同じく弟子であったオットー・クラクスとソフィア・タウゼントシュタインに会い、彼女達の証言を聞いていく。  一方、ユルゲン・クリーガーが生まれ育ったブラウグルン共和国では、彼は“裏切り者”として歴史的評価は悪かった。しかし、ブラウグルン・ツワィトング紙の若き記者ブリュンヒルデ・ヴィルトはその評価に疑問を抱き、クリーガーの再評価をしようと考えて調べていた。  同じ目的を持つクララ、イリーナ、ブリュンヒルデが出会い、三人は協力して多くの証言者や証拠から、いくつもの謎を次々と解明していく。  そして、最後に三人はクリーガーと傭兵部隊で一緒だったヴィット王国のアグネッタ・ヴィクストレームに出会い、彼女の口から驚愕の事実を知る。 ----- 文字数 126,353

やり直し令嬢の備忘録

西藤島 みや
ファンタジー
レイノルズの悪魔、アイリス・マリアンナ・レイノルズは、皇太子クロードの婚約者レミを拐かし、暴漢に襲わせた罪で塔に幽閉され、呪詛を吐いて死んだ……しかし、その呪詛が余りに強かったのか、10年前へと再び蘇ってしまう。 これを好機に、今度こそレミを追い落とそうと誓うアイリスだが、前とはずいぶん違ってしまい…… 王道悪役令嬢もの、どこかで見たようなテンプレ展開です。ちょこちょこ過去アイリスの残酷描写があります。 また、外伝は、ざまあされたレミ嬢視点となりますので、お好みにならないかたは、ご注意のほど、お願いします。

処理中です...