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夢に咲く花

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 コオユイが孝宏たちに休むよう言ってから数時間後、ナキイは仮眠室のベッドの隅に転がしたままの、藍鉄色のそれに手を伸ばした。


「三番解放」


 ナキイの言葉を鍵にして、首から下げた赤い花がハイネックの服の上を肩に向かって赤い花弁を広げていく。
 花弁は広がるのに比例して暗くなり、手首までを覆う頃には濃緑へと変化する。

 ナキイは無造作に選んだ藍鉄色のそれを、服の上から靴下を穿く要領で左ひざ上まで引き伸ばした。
 同じ要領でそれを右足に、前腕まで覆う手袋を両手にそれぞれ身に着け、次に肩当と胸に大きく花のモチーフが描かれた長めのベストを頭から被る。
 首元まで覆うマスクをして、最後にヘルメットを被ったら終了だ。
 初めは布の様に柔らかかったそれらは、ナキイが身に着ける度に、音もなくカチッと固まり鈍く光った。

 彼の本来の任務時には必要ない鎧を、わざわざ持ってきたのが正解だったのが皮肉としか言いようがない。
 ヘルメルの護衛につく時は黒い軍服と、時には濃紺のマントに身を包みむが、今はそれらはカバンの中に丁寧に畳まれしまわれている。

 ナキイは会議の結果を聞いてすぐ、コオユイに住人を避難させる班に入れてもらえるよう頼み込んでいた。

 孝宏が現場に出ると聞いていても立ってもいられなかったのが主な理由だが、もう一つヘルメル直々の命令もあった。

 彼には彼の目的があったのだが、その目的の中身がナキイと大差ないのは、いつもどれだけ高尚なことを言っていても彼もやはり男だったというだけだ。

 あの堅物が恋をしたと、兵士たちの間ではすっかり噂になっていた。
 マリーの美しさが、噂に拍車をかけている感は否めない。王家の役割に取りつかれたかのようなヘルメルに、それよりも優先させる女が、自分を奮い立たせる理由でなかったことにナキイは心の底から安堵していた。

 もしも同じであった場合どれだけ悲痛な思いをするのか。ナキイは想像するだけで同僚の何人かに同情を禁じ得ない。

 腕時計を見ると作戦開始の時間には少々早い。


「行くか」


 最後に、ベルトを締めストラップを丁寧に確認しながら付けると、部屋を後にした。








 同じ頃、孝宏は提供された部屋のベッドに腰掛け、目を閉じてマリーと向かい合っていた。

 マリーが手に持つ小さな筆が、孝宏の唇の淵をなぞる。
 顔に粉を叩き、頬紅を差し、瞼に薄っすら色を乗せている間孝宏はひたすら目を閉じていた。

 初めはマリーの何気ない一言だった。

 女装したまま寝てしまった、寝起きの孝宏を見て開口一番、私ならもっと上手く女性らしく出来ると言い放った彼女は疲れていた。
 それを面白がったカウルとルイが孝宏を鏡の前に座らせた時、孝宏もさほど抵抗することなく座った。
 孝宏は自分がどこまで変わるのか興味があったし、彼もまた疲れていたのだ。

 孝宏を化粧している間中、カウルはベッドで胡坐をかいたまま頬杖を突いて、ルイはその隣で寝転がってその様子を見ていた。


「メイクをするとずっと女に見えるな」


「でしょう?私の腕が良いからね」


 カウルが褒めると、マリーが得意げに笑みを浮かべた。


「俺の顔が良いからな。女装も似合っちゃうんだよな」


 孝宏が調子に乗って言うので、ルイが笑った。
 

「じゃあこのままで問題ないね。僕も手間が省けて楽だし」


「あ、嘘吐きました。ごめんなさい。俺このまま行くのは嫌です」


「良いじゃないか。どうぜ防具で顔以外は隠れるんだし。それに本当に似合ってるぞ…………くくっ」


 カウルが褒めるがどこまで本気か解らない。本気にして馬鹿を見るのは目に見えている。


「嫌だよ。零とかの治療は終わってるんだから、もう魔法を解いてくれたっていいじゃねぇか、なあルイ、元に戻してくれよ」


「私の力作よ。もう少し堪能して。不都合はいないでしょ?」


「あるよ!俺女って思われてるんだぞ!?」


 喚く孝宏を見て、カウルとルイとマリーの三人が笑った。
 鏡に映った自分は確かに前よりは綺麗になったが、それを好ましいと思か否かは別問題だ。


「だから、こういうんはカダンの方が似合うって……」
「みんな準備はできた?」


 孝宏がカダンの名前を出すのと、カダンが部屋に入ってくるのはほぼ同時だった。

 カダンは両手にいくつもの荷物を持っているが、いつでも出発できるよう、すでに貸し出された鎧を着ている。


「あ……」


「タカヒロ……まだそんな恰好して、そのままいくつもりなのかな?」

「つい盛り上がっちゃって……このまま行ったら笑われるだけだろう?だからすぐにでも元に……」


 ソコトラからずっとあった気まずい空気は、いつの間にかなくなっていた。
 かといって初めのような関係に戻ったのでもなく、少しだけ距離が近づいたような、砕けたような。二人の関係は確実に変わったと、周囲にも確信出来るような空気があった。


「そんなことないと思うけど。凄く綺麗だよ」


「どーも、俺よりカダンの方が似合いそうだけどな」


 カダンに笑顔で言われても、孝宏は本気か冗談か測りかねる。

 自分より明らかに綺麗な人に褒められても素直に頷けないのは、たんに自分が皮肉れているのだと自覚はある。

 ただ揶揄われているのではないかと思ってしまうのは、カダンが含み笑いを浮かべているからだ。


(やっぱり俺馬鹿にされてる気がする……)


「女装は、俺も似合うだろうね…………人魚だから」



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