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夢に咲く花

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「あの!」


 会話を切られる。そう思った瞬間マリーは声を上げた。不躾なのは承知の上だが、これだけは訊かなければと焦っていたのだ。


――……!ど、どうした――


「二人は、ルイとタカヒロは今どうしているでしょうか。また襲われたりは……その……」


――そ、そなたは?――


 人精からする声が初めの、ヘルメルの声へと戻っていた。察するに先程の人物はルイの鞄の元へ急いだに違いない。
 人精の一体がクルンと反転し普通に戻り、マリーへ近づく。顔はカダンによく似ているのに、聞こえてくる声は控えめで、聞きようによっては怯えて聞こえるのがなんだか面白い。


「突然の無礼をお許しください。私はマリー・ソコロワと申します」


――マリー……マリー……ふむ、良い名だ。マリー……――


 マリーの名をぶつぶつ繰り返すヘルメルに、マリーだけでなくカウルとカダンの二人もポカンと口をあけた。

 ヘルメルがマリーを気に入っているのは、広場での出来事で察しが付いていたが、こんな時でさえ己の色恋に陶酔できるのかと呆れる。

 しかしマリーの脳裏によぎるのは、初めてこの世界に来た時、カウルに馬の名前と言われた苦い記憶だ。所変われば常識も変わる。馬は好きだが、馬の名前と思われるのを良しとするかは別の話だ。



「あの、私の名前に何か……?」


――あ!いやすまない、……彼らの様態については先程コオユイが説明した通りだ。ルイという若者は快方に向かっている。数値もほぼ正常に戻って、医者も時期に目覚めるだろうと言っていた。これでどうにかなるようなら、むしろ逆に奇跡だとも言い切っていたくらいだからな。もう一人のタカヒロと言ったか、彼女についても、状態は決して良くはないが、ほかの患者と比べると明らかに進行が遅く、長く耐えている。現在も数値が悪くなりつつあるが、今すぐどうこうなるような状態じゃないと報告を受けている。それから、今二人は安全な場所で守られている。私の護衛兵たちは優秀だ。蜘蛛からの脅威と言う点においては安心して欲しい。私が保証しよう。毒の解毒方もきっと突き止める。だからあなた方は信じて待っていてほしい――

 その奇跡が起こらないとも限らないが、マリーはひとまず胸を撫で下ろした。
 丁寧に答えてくれたヘルメルに、震え声で礼を述べたのはカウルだった。


「ありがとうございます……本当にありがとうございます」


 カウルは声に嗚咽が混じり、まともに発声できていない。

 元気でいる人精を見ても、回復に向かっていると聞いてもどうしても拭えなかった不安が、逆に奇跡と言い切った、ヘルメルの力強い言葉でいっきに溢れた。

 カウルはよく見知った三人しかいない空間で、誰にはばかることなく全身を震わせ泣き崩れた。

 カダンも目に涙を浮かべながらカウルの肩を抱き、赤ん坊にするように軽くリズムを叩く。それは数十秒後正気に戻り、照れくさくなったカウルに止められるまで続けられた。

 マリーはすっかり安心しきっている彼らを見て、胸に苦しさを覚えた。
 カウルは違うと信じているが、彼らから見れば孝宏も所詮他人なのだとしたら、自分とて立場は変わらない。そう思うと、少しだけ寂しさを感じる。人の心などあっという間に変わってしまう。マリーはそれをよく知っていた。


「あの、殿下。よろしいでしょうか。ルイの血から血清を作れないでしょうか?そうすればタカヒロだって、きっと……」


――駄目だった。回復したと聞いてすぐさま血から解毒剤を作ろうとしたのだがまったく回復しなかった。だからあの解毒魔法を知らなければならなかったのだ――


「そんな……」


 思いついた時は妙案だと思ったが、素人が思いつく程度すでに試みているのは当然だ。マリーはがっくり肩を落とした。


――うちの者たちは皆優秀だ。信じてほしい――


「いえ、殿下。出過ぎたことを申しました。申し訳ございません」


――いや気にするな。それであの……あなたは……その……どのような……その……あー……何だ……本当ならばそなたたちも彼らの傍に行きたいのだろうが、この状況下ではそれも難しくてな――


「とんでもございません。こうやって彼らの状態を知れただけで十分でございます」 


――うむ、何かあればまた連絡しよう。必要があればこちらから迎えを出す。それまで極力動かぬようにな――


「はい、解りました。二人をよろしくお願いします」


 何かあればすぐに連絡をくれる約束を交わし、マリーはヘルメルとの会話を終了した。

 人精達が役目を終え破裂するように消えていく。一つ二つと順序良く、十体すべての人精が消えるのを見届けて、三人は一斉にため息を吐き出した。


「はぁ……」


 もはや誰も喋ろうとはしなかった。
 疲労感に襲われ、マリーはベッドに横たわる。だが目を閉じても眠れそうにない。


「今のうちに休んだ方良い。カダンも疲れてるだろう?」


 カウルがカダンにも休むよう促した。

 カダンも一度はベッドに横たわった。無意識の内に固くなっていた筋肉がほぐれ伸びれ確かに気持ち良い。一度に多くの魔術を使えない体は、ここに来るまでのいくつもの魔術で酷く疲労していて、自覚すれば更には酷くなった気さえする。そのまま休もうかと思ったが、気が立ちどうにも落ち着かない。


「水でも貰ってくる」


 カダンはそっけなく断りを入れ、二人の返事を待たず部屋の外へ出た。

 二階の廊下の奥の部屋。そこがカダンたちの部屋だ。
 昨日宿に来た時点では開いたままのドアも多かったが、今は全室の扉が固く閉まる。カダンが聞き耳を立てずとも中で息を潜め恐怖する人々の気配が伝わってくる。

 宿の一階への階段を下りたところでカダンは、目を見開き食いしばった歯をむき出しに、誰に向けるわけでもない悪態を吐いた。


「くそがっっっ!」


 それだけで気分が納まるなら良しとしよう。しかしカダンは興奮冷めやらぬどころか、ますます息を荒くした。

 食堂と受付かねた一階の広間には十数人の人々が、普段は食事をするテーブルに座りうなだれていたが、突然聞こえた悪態に驚き一斉にカダンを振り向いた。
 そんな彼らを一瞥し何か言うでもなく、カダンはカウンターの中で忙しくする女性、この宿の主人に声をかけた。


「悪いのですが、水を頂けなでしょうか。ここまで急いできたもので喉が渇いているんです」


「良いけど……あんた見えなかったお連れさんは大丈夫だったのかい?」


「はい、別の所で避難していると連絡がありました。ご心配をおかけしました。」


 宿の主人はカダンが無理やり作る笑顔を訝し気にしていたが、結局≪そうかい良かったよ≫と相槌を打ち、コップに水道水を入れてカダンに渡した。

 カダンが礼を言って受けとり、一気にコップの水を飲みほすのを見て、水差しに水をたっぷりと注いで渡した。


「こんなもので良かったら、部屋に持っていっておくれ。あいつ等建物の中までは入ってこないらしいし、ゆっくりと休むと良いよ」


 ゆっくり休むなど、どだい無理な話なのは宿の主人だとてわかりきっていた。しかし彼女はそう言って皆に食事や水を配っていた。ここには逃げ込んできただけの人も多いが笑顔で接している。


「水、ありがとうございます」


 カダンは先程よりもしっかりと笑みを作り礼を告げた。



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