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夢に咲く花
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しおりを挟むマリーは草むらの影から見た光景を思い出し、果たしてアレはそうだったのかと疑問を持った。
「そう言えばそんなこともあったかな。でもあれは魔法を使っているようには見えなくて……別の印象を受けたと言うか…………何というか………」
マリーが口ごもる。昼間とはいえ雨戸まで締め切った部屋は薄暗く、赤く頬を染めたマリーの顔を誤魔化した。
孝宏の傷を癒す行為のはずが肌を愛撫しまぐあう――ようにみえる――様子は、どうしても情事の最中であるかのようで、見ているだけでたまらなく恥ずかしかった。
そう見えてしまった原因はカダンにあるのだが、悶え苦しむ孝宏も要因の一つだ。
孝宏は体内に注がれる魔力に凶鳥の兆しが反応し苦しかっただけなのだが、遠目に見ているだけではそれが解りづらく、結果誤解を招いてしまった。
二人はああなる事を予想していたに違いない、とマリーは思っていた。ルイはというと、嫌気が滲むため息を吐いた後は、ずっと彼らに背を向けていた。
兄弟同然の従兄の濡れ場など見たい者など、いるはずもない。
「別に普通だったと思うけど……」
カダンは首を捻る。さも当然と言わんばかりのカダンに、マリーがつい声を荒げた。
「普通?アレが?ルイだってかなり引いてたよ?!」
わざわざする必要もないのに、唇を傷口に密着させ肌の上を滑らせ、挙句の果てには孝宏の上の馬乗りになり押さえつけ、手で撫で噛み痕を残す。それのどこが普通なのか。
マリーが見たありのままの光景を口にすると、傍で黙って聞いていたカウルが口をグッと真一文字に結び眉間の皺を一層刻む。それから眉間に指を当て軽く首を横に振った。
ただ一人カダン本人がきょとんとしている。
「何のことだか。傷とかに軽く吹きかけただけだよ。遠くから見たからそう見えただけだと思うけど……」
カダンはため息交じりにこぼした。それがあまりにも自然で、マリーはそうだっただろうかと再度あの日の記憶を思い返したが、どう思い出しても、カダンは孝宏の肌に直接口づけていたし、孝宏は可哀想な程に悶えていた。
納得していないマリーを見て、カダンはワザとらしく首を横に振る。椅子に座り興味なさげに頬杖をついて、しっかり閉じられた窓を見た。
「カダンってあまりタカヒロと会話とかってしてなかったじゃない?タカヒロはカウルたちと喋っている事の方が多かったし、もしかして苦手なのかと思ってたけど、逆なんだ」
カダンのそっけない態度は、マリーには関係ないらしく、一方的に喋り続けている。
「興味はあるけど、逆に気になりぎてどう接して良いのか分からないってやつでしょ?青春って感じでなんかムズムズする。歳も同じくらいだし、お似合いだよ、うん!」
親指をカダンに向かって立てる。異世界では通じないハンドサインに、カダンが首を笑みを浮かべ首を傾げた。
マリーが一人盛り上がって行くのを、カウルはハラハラしながら見ていた。
カダンが孝宏絡みの話題を嫌がるのは、実の所、初めの頃からずっとだ。
この二人、確かに間に壁を感じるものの、仲が悪い訳ではないしそれなりに会話もある。ただルイもカウルも、カダンの孝宏に対する扱いが、他の二人とは違うのに気が付きつつも、深く尋ねたりしなかった。
なのでカダンが不機嫌にならず、わざとらしくない自然な笑みを浮かべたのは、カウルには意外だった。
「俺がタカヒロを嫌ってるって、そう見えてたの?」
「ええ、だってあまり喋ってなかったし……まあ、確かにカダンってそんなに喋るタイプでもないけど、タカヒロと話す時は……私にはカダンが不機嫌に見えてたから。私と話す時はそうでもなかったから、余計にそんな感じがしてただけかもしれないけど……」
カダンは椅子から立ち上がり、床に座り込むマリーの前に両膝を付いてしゃがみ込んだ。
「え?」
カダンの妙に真剣な眼差しが、自分の知らない人の様に感じ、マリーはとたんに緊張した。それをカダンがふんわり笑うものだから、調子を崩してドキドキする。
「まさかタカヒロを嫌ったりしてないよ。そう見えたのは、多分俺にとってマリーが特別だったからかも。マリーと話している時は……すごく………何ていうのかな、ワクワクというか、緊張……していたから」
カダンはハッとしてカウルを見たが、すぐに気まずそうに視線を落とした。それだというのに、マリーと目が合うと恥ずかしそうに頬を染め、上目遣いで微笑んだ。
「え?」
「へ?」
突然何を言い出すのか。マリーも、傍で立ってみていたカウルも理解が追いついていなかった。
カダンは地面とマリーとの間で視線が泳ぎ、やがて意を決して顔を上げたかと思うと、今度は、未だ照れが残る顔ではにかんだ笑顔を見せた。
「俺、ずっとマリーのこと素敵だなって……本当だよ。俺、マリーが好きなんだ」
「あ、ありがと………でも、私は……」
突然の告白に嫌味な印象はなく、むしろ人懐っこい笑顔に、マリーは笑顔を引きつらせながらも若干熱を持つ。
マリーが引きつった笑顔しか浮かべられなかったのは、恋仲になりえないはずなのに、間違いなく、目の前の彼を魅力的に思う自分がいて、背後のカウルの存在を思い出しヒヤリとしたからだ。
年下の男など恋愛の対象にならないと思っていたが、こんな時でなければうっかりその気になってしまったかもしれない。もしくは女として自分のライバルになりえると、警戒せざる得ないか。
それだけカダンは美しくて、見事だった。
今の会話の流れでどうしても拭えないはずのわざとらしさをどこかに隠し、やや上から見下ろす形なのにも関わらず、高圧的でなく伺うような下出な態度。
今初めて出会ったかのような印象さえ受ける彼は、頬を染め子供っぽさを残しつつも、妖艶さを兼ね備えていた。
そのギャップがマリーにはたまらなく魅力的に映る。
マリーはこの時初めて、カダンは他者を魅了する能力に長けていると確信した。
「タカヒロからマリーに鞍替えするつもりなら諦めろ。いくらカダンでもそれは許さん」
明らかに不機嫌なカウルの声がして、マリーの目は大きくて堅い手に覆われた。逞しい腕が背後からマリーを抱き寄せ胸で優しく受け止める。
特に喧嘩をしたわけでもないのに、腕輪を無くしてしまった気まずさからギクシャクして一週間。ようやく元に戻れそうだ。
「へえ……」
カダンがにやりと笑った。それは双子と喋っている時のいつもの彼だ。
マリーはホッと胸を撫で下ろしつつも、瞬時の変わりように、少し残念な気持ちになった。カダンはマリーをか、おそらくはカウルを揶揄っていたのだろう。
少々デリカシーに欠けるが、マリーにとってすればそんなことよりもカウルとの関係が重要だった。マリーは体重をカウルに預け、頭を胸に軽くすり寄せる。マリーの目を覆っていた手が今度は頭を優しく包んだ。
「自分が孝宏と喧嘩して面白くないからって、こんな八つ当たりはどうかと思うぞ」
カウルもカダンがマリーに対して、本気で好いているとは思っていなかった。カダンの言動を腹を立てているいうよりも、むしろ呆れていると言った方が正しいだろう。
「あんな女を相手するからこじれるんだ。自業自得だ」
「あんな女って誰?タカヒロのを言ってるの?」
「ん……いやぁ……」
今の話の流れからあんな女が孝宏でないのは明白だったが、マリーには他に心当たりもない。あんな女に心当たりがなさげにしているのはカダンも一緒だった。
「何のこと?」
知らないと言わんばかりのカダンに、カウルは半ばあきれつつ首を振る。
「別に心当たりがないなら良いんだ。気にするな」
この手の話題で図星を付かれたカダンの機嫌がすこぶる悪くなるのを、カウルはこれまでの経験上良く知っていた。カダンがとぼけている内に、出来るだけこの話題を終えたくて、カウルは早々に会話を終了させた。
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