超空想~異世界召喚されたのでハッピーエンドを目指します~

有楽 森

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夢に咲く花

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 一方のカダンは想像以上に、巨大蜘蛛の数が多いことに、内心焦っていた。

 全方向から広場へ侵入してくる巨大蜘蛛を見て、ある程度予想はしていたが、目の当たりにすると焦りが思考を焼く。

 町の地理を把握していない以上、できるだけ来た道を戻りたいのだが、大通りは巨大蜘蛛が赤い目をぎょろりと光らせている。

 前を横切ろうものなら、たちまち獲物として認識されかねない。
 かといって逃げ場の少ない路地裏では、巨大蜘蛛と遭遇した時、回避しようがない。

 カダンは通りに沿って立ち並ぶ建物を見上げた。

 ここは比較的大きな地方都市で歴史は古い。
 建物同士の距離が近く道幅は狭いのは、昔の人の知恵から作り上げられた街だからだ。

 建物は赤いレンガとコンクリートで固められ、現代においても強度は申し分ない。出入り口にひさしを設けている建物が多く、窓には窓手摺が取り付けられている。

 綺麗な花を飾る部屋も、しまい損ねた洗濯物が格子に引っ掛かっている部屋も、今は固く雨戸が閉じられ住人は中で息を殺しているのだろう。


 カダンは目の前の巨大蜘蛛に再び視線を戻した。

 獲物に夢中になっている今がチャンスだ。

 カダンは背中の二人がそれぞれ、カダンの体毛を掴み、しっかりと体を固定したのを肌で感じ取ると、瞬時に、太い後ろ足をバネに駆け出した。

 巨大蜘蛛を大きく迂回し、車の少ない個所から通りを、背中に乗る二人への遠慮など全く感じさせない速度で横切り、勢いそのままに、二階建ての背の低い建物の壁を、窓枠やレンガの隙間に爪を引っ掛けて一気に駆け上がった。

 屋根に上っても、二階建ての屋上ならさほど見晴らしは良くない。
 背の高い建物がちらほら視界を遮るが、カダンが駆け上がれないほど高い建物は少なく、遠くを見ればそうでもないが、この周囲はせいぜい高くて四階建て。建物同士の距離もさほど開いていないのであれば、短い助走でカダンが駆け上がるのも可能だ。

 狼の姿になったカダンは、双子のよりも4本足を器用に動かしたし、それは純血の狼人であった双子の父の動きにもよく似ていた。


「行けそう……だな」


 かつての自分の父親の動きを思い出してカウルがそう言うと、カダンはさも当然と言いたげに、耳をピンと立て鼻を鳴らした。

 間を入れず屋根の上を、野を走るのと同じく走り出したのだから、壁を駆け上がる時は堪えたマリーがたまらず叫んだ。


「あ、ちょっと待って。私体勢を……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


 カダンは足を止める所か、ますます速度を増して行く。

 建物と建物の間は二メートと開いておらず、大通りを除けば、道を挟んで立っている建物同士であっても精々十数メートル程。

 予想通り、獣姿のカダンが飛べない距離ではなかった。
 カダンがトップスピードに乗れば、宿までの距離など目と鼻の先。ほんの数分間持てば良いのだから、カウルもカダンもこの速度に堪えられるつもりでいた。

 唯一マリーだけが先の見えない苦行の中におり、心の中で大好きなヒーロー映画の主題歌を無我夢中で歌い、疲れて痺れていく手の感覚から目を逸らし続けていた。



 そうやって三人が屋根伝いに宿を目指し、初めは良かった。
 思った通り屋根に巨大蜘蛛の姿はなく、時折マリーが振り落とされそうになっている以外は、何事もなく渡っていけていた。

 ちょうど赤い三角の瓦屋根から、道を挟んだ白い平屋根に飛び移った時だった。

 まるで誰かが図ったかのように、おおよそ着地地点に、巨大蜘蛛が文字通りぬっと生えてきた。

 カダンはとっさに体を元の人間へ戻した。それは、着地点を少しでもずらす為と、身軽になるためだった。

 頭だけは上げてしっかり前を見ていたカウルも、マリーを脇に抱え、カダンを踏み台に足で蹴って横に飛んだ。

 その拍子にカダンの着地点はさらにずれ、巨大蜘蛛から一メートル程離れた屋根の軒先に、かろうじでしがみ付いた。
 足で壁を蹴り、素早く赤瓦に足をかけると、飛び上がって棟まで駆け上がる。

 カウルとマリーは反対側の屋根に届けば良かったが、手を伸ばしたがかすりもせず、結局、三階の高さから真っ逆さまに落ちてしまった。

 カダンにしがみ付くのに必死だったマリーは、てっきりカダンが足を踏み外したのだと思った。
 頼りにしていた毛むくじゃらの背中が消え、一瞬の浮遊感の後、胴をしっかり抱えられるも、それもすぐになくなった。

 落ちていること以外解らないままのマリーが、状況を把握できたのは、全身に衝撃を受けた後だった。


「キャウン!」


 地面に叩きつけられ、甲高い獣の悲鳴がマリーの下から聞こえた。見れば赤毛の大きな獣が背中を丸めマリーの下敷きになっている。


「カウル!?」


 赤い毛の獣、カウルは見た目に怪我はしていない。
 最も赤毛で覆われているのだから、血が出ていても単純に見えないだけかもしれない。体の内部に傷を負っている可能性だってある。

 カウルは短く切るように大きく息を吐き出す。それがマリーには苦しんで見えた。
 カウルの背中から腹に、頬から鬣にかけて優しく撫でる。


「怪我は?どこが痛い?」


 カウルは心配そうに覗き込むマリーの顔に、自身の鼻先をすり寄せた。


「ああ……私は大丈夫、ありがとう」


 カウルはマリーの顔を、彼女の顔より大きな舌の先だけで舐めて、人型に戻ってからは頬に、唇に少々乱暴にキスをした。

 それでもほんの二・三秒の短いキス。

 唇が離れ、腰に回された腕が、名残惜しそうに滑って離れていくのが寂しくて、マリーは追ってカウルの唇をついばんだ。


「俺も大丈夫だ」


 乱れた呼吸に苦し気に眉をひそめ、カウルはまっすぐマリーを見つめ言った。

 マリーはキスをするのも、それどころか顔がこれほどまでに近くにあるのですら久しぶりで、キスの感触に思わず夢中になってしまったが、今はそれどころでないのをようやく思い出し、恥ずかしさからカウルから視線を逸らした。


「そ、そう。良かった。でも歩けないなら言って、負ぶうのは難しくても、肩を貸すくらいできるから」


「ああ、ありがとう」


 久しぶりのコミュニケーションを、嬉しく思っているのはカウルも同じだった。

 マリーが警戒するふりをして周囲を見渡すのも、あからさまにワザとらしくてカウルは口元を緩めた。

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