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夢に咲く花

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 ルイに変化が表れ始めたのは、それから三十分が経過した頃。気が付いたのは、はやり孝宏だった。

 ルイの顔色が心なしか、明るくなっている気がした。ナキイに言おうかと迷ったが、気が急いた為の勘違いの可能性もあった。しかし、一度は見送った変化も、顔の傷が薄くなっていくと、いよいよ確信に変わった。
 孝宏は逸る気持ちを抑えきれず、大きな声で――怒鳴り声に近かったかもしれない――ナキイの名前を叫んだ。


「ナキイさん!」


「わぁっ!」


 ナキイは体を跳ねさせ、背中を壁から離した。余程驚いたのだろう、心臓を抑え目を丸くしている。


「これって薬が効いているんですよね?」


 孝宏は今度こそ、期待してナキイを見つめた。しかし、当のナキイは口を浅く開いたまま、ルイを凝視している。その表情に滲み出るのは間違いなく吃驚。

 孝宏の期待は一瞬にしてしぼみ、表情から笑みが消える。否定する言葉が口から零れた。


「まさか、嘘だろ……」


「ぁあ……す、すまない。多分回復していると思う。私が医者を呼んで来よう。シンドウさんはここで彼についていてくれ」


 ナキイがにっこり笑む。だが若干のぎこちなさが、孝宏を安心させてくれななかった。
 一人で待っている間も、ルイの傷が目に見えて綺麗になっていくのに、どうしてか、一度心に刺さった不安は取り除けなかった。

 何がそんなに彼を驚かせたのか。孝宏はそれに気づくのが恐ろしかったのだ。無意識の内に考えるのを止め、恐怖に目を瞑った。

 ナキイが医者を連れて部屋に戻ってきた頃には、見た目の七割は回復していた。


「これは驚いた。本当に回復している……ありえない」


 医者が感嘆の声を上げる。


 部屋に入ってきた医者はまず、ルイを包む緑色のそれを指先でなぞり操作した。孝宏にはただの光の固まりでしかなかったそれの表面に、医者の指先に合わせて、複雑な図や数字が浮かび上がる。

 これは心電図のようなもので、ルイの体内部を知るための装置でもあり、呼吸などを補助する生命維持装置でもある。

 興味深そうに医者の手元を眺める孝宏に、後ろから小声で、そう教えてくれたナキイは、すっかり元に戻っていた。


「回復して本当に良かった」


 ナキイは人の好さそうな笑顔で言うのだから、先程とは別人のようだ。


「今の所、あなた方が襲われた怪物に襲われ、回復した人は一人もいません。原因がよくわかってないのです。ですから安易に判断するのは危険ですが、数値は正常に戻りつつありますし、今のところは概ね回復に向かっていると言っても良いでしょう」


 ルイを一通り診察した医者が眼尻に、皺を寄せ口角を緩め言った。


「もう大丈夫なんですか?」


「断定はできません。ですが、今のこの状態を見る限りですと、非常に良い状態と言えます。希望が見えてきました」


 一歩、二歩。孝宏は後ろへよろめいた。

 一時はどうなるかと思ったが、これでカウルたちに報告できそうだ。
 ルイはソコトラに続いてのトラブルだ。一度お祓いでもしたほうが良いかもしれない。もちろんこの世界にも、お祓いの概念があればの話だが。


「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」


 孝宏は大きく息を吐いた。
 すると全身の筋肉が緩み体の重みが増した。今まで自分がどれだけ緊張していたのかがわかる。

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