超空想~異世界召喚されたのでハッピーエンドを目指します~

有楽 森

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夢に咲く花

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 狭い病院内を行ったり来たりするのに疲れた孝宏は、床に座り込んで携帯の画面のアナログな時計が一秒を刻むのを数えながら待っていた。

 冷たい床が体の芯を冷やし、一人で待つには長い時間が過ぎた頃、ようやく治療が行われている部屋のドアが開いた。
 扉が開き中から助手の女が顔を覗かせ、彼女の無表情からルイがどうなったか読み取るのは不可能に近い。


「中にお入りください」


 中に入るよう促され、孝宏はノロリと立ち上がった。固まった膝がパキッと音を立て、伸びた肘が軋む。

 部屋に入ると、ルイはベッドに横たわったまま、半透明の緑色の何かに覆われていた。
 ルイの全身を覆う半球体のそれは一見するとゲル状にも見えたが、触れることのできないホログラフィーのようなものだった。

 その脇で医者は孝宏を待っていた。

 銀色のトレーに置かれた使用後の手袋の横に赤黒く染まった布が何枚も重ねられ、桶の赤い水が小さく揺れている。下段に液体の入ったままの透明なバッグが一つ。


「現時点でできることはすべてやりましたが、理想の結果は得られませんでした。処置は続けますが、後は本人の回復力に任すしかありません」


「それでルイは助かるんですか?」


「現時点は難しいとしか。あと出来ればお身内の方に連絡をされた方が……」


 医者は言葉を濁したが、要は治療出来なかったと言いたいのだろう。

 万が一奇跡でも起こらない限り、ルイは衰弱していくばかりだと。

 その瞬間を想像していなかったわけではない。
 家を出る前鈴木が一番危惧していた事態であり、これまでだって根拠のない自信で、あえて考えないようにしていただけのこと。

 恐る恐る手を伸ばし触れたルイの手はまだ暖かく、弱々しいが息をしている。
 それがこのままでは呼吸も心臓も止まり、冷たく固くなるのだ。

 孝宏にとってあまりにも受け入れがたい未来だった。


「何とかしろよ……あんた医者だろう!?まだ生きてる!死んでない!助けてくれよ!」


 孝宏の声が次第に荒げていく。
 感情的に食ってかかる孝宏に対し、医者は顔の筋肉をピクリとも動かさず孝宏を見下ろしている。


「力及ばす申し訳ない」


 医者は非常なほど冷静で、口にした謝罪の言葉は終わりを意味し、他人事で冷たい。

 まだ生きているのにも関わらず、医者が諦めるのかと孝宏は腹も立ったが、それ以上声を荒らげることも当たり散らすことをせず、ただキッと医者を睨み返した。


「起きろルイ。別の病院行くぞ」


 孝宏は医者を睨み付けながら言った。背後のルイが反応する気配はない。


「速くしろ、起きろって!」


 いくら声をかけても、体を揺すっても返ってくる返事はない。
 ただ一拍遅れて、揺れる頭が苦しそうに歪んだ。


「ルイ!?」


 目を覚ますのかと思った。
 目を開き、自分の名前を呼び、≪何してんの≫といつもの調子で言うのかと。

 だがいくら顔を覗き込み待っても目は開かないし、口も動かない。


「…………くそっ」


 ルイの肩に手を回し、何とか担ぎ上げようともしたが、孝宏の腕力ではそれも叶わず、ベッドからずり落ちそうになっただけだ。


 孝宏は溢れる涙を堪えきれず、首を横に振った。


「お前が赤の他人なら良かった」


 その内消えると言っていた顔の火傷痕もくっきり残ったままで、カウルとお揃いなのが嫌だと言って隠していた髪の毛も短いままだ。

 初めて会った時の憮然とした態度が今になって懐かしく思い出される。

 もしもこれが最後になるのなら、自分はどうするべきなのか。孝宏は自分に問いかけた。

 いろいろと道具を作ってもらったことを礼を言うべきだろうか。
 それとも魔法を教わる際、マリーを優先するあまり後回しにされたことに対して、恨みをぶつけるべきだろうか。

 どちらにしろおそらくルイは、今更と渋い顔をするだろう。

 こんなことになるのなら、花の腕輪をマリーに直接渡すよういえば良かった。

 もしかすると根性で回復したかもしれない。


「ルイ……ルイ……ルイ俺は……」


 自分の考えが上手くまとまらずルイの名前を繰り返し呼ぶ。だがその内、どうしてだか、沸々と怒りが込み上げてきた。
 

「お前って本当に面倒な奴だよな。顔は良いかもしれないけど絶対女にもてないタイプ。頭良いけど引きこもりだし。俺を守るって言ったくせに真っ先に死んでんじゃねぇよ」


 孝宏はベッドの端を両拳で叩くと、固めのベッドが僅かに軋んだ。


「っざけんな。いつも過剰なくらい自信家なのに、こんな時役に立たないって……そんな体たらくだからマリーに振られるんだよ。間抜け野郎」


 孝宏は膝を付きベッドに顔を埋めた。


「このまま死んだらカウルとカダンが泣くぞ。どうすんだよ。俺、あの二人に……言うなんて嫌だからな」


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