123 / 180
夢に咲く花
49
しおりを挟む狭い病院内を行ったり来たりするのに疲れた孝宏は、床に座り込んで携帯の画面のアナログな時計が一秒を刻むのを数えながら待っていた。
冷たい床が体の芯を冷やし、一人で待つには長い時間が過ぎた頃、ようやく治療が行われている部屋のドアが開いた。
扉が開き中から助手の女が顔を覗かせ、彼女の無表情からルイがどうなったか読み取るのは不可能に近い。
「中にお入りください」
中に入るよう促され、孝宏はノロリと立ち上がった。固まった膝がパキッと音を立て、伸びた肘が軋む。
部屋に入ると、ルイはベッドに横たわったまま、半透明の緑色の何かに覆われていた。
ルイの全身を覆う半球体のそれは一見するとゲル状にも見えたが、触れることのできないホログラフィーのようなものだった。
その脇で医者は孝宏を待っていた。
銀色のトレーに置かれた使用後の手袋の横に赤黒く染まった布が何枚も重ねられ、桶の赤い水が小さく揺れている。下段に液体の入ったままの透明なバッグが一つ。
「現時点でできることはすべてやりましたが、理想の結果は得られませんでした。処置は続けますが、後は本人の回復力に任すしかありません」
「それでルイは助かるんですか?」
「現時点は難しいとしか。あと出来ればお身内の方に連絡をされた方が……」
医者は言葉を濁したが、要は治療出来なかったと言いたいのだろう。
万が一奇跡でも起こらない限り、ルイは衰弱していくばかりだと。
その瞬間を想像していなかったわけではない。
家を出る前鈴木が一番危惧していた事態であり、これまでだって根拠のない自信で、あえて考えないようにしていただけのこと。
恐る恐る手を伸ばし触れたルイの手はまだ暖かく、弱々しいが息をしている。
それがこのままでは呼吸も心臓も止まり、冷たく固くなるのだ。
孝宏にとってあまりにも受け入れがたい未来だった。
「何とかしろよ……あんた医者だろう!?まだ生きてる!死んでない!助けてくれよ!」
孝宏の声が次第に荒げていく。
感情的に食ってかかる孝宏に対し、医者は顔の筋肉をピクリとも動かさず孝宏を見下ろしている。
「力及ばす申し訳ない」
医者は非常なほど冷静で、口にした謝罪の言葉は終わりを意味し、他人事で冷たい。
まだ生きているのにも関わらず、医者が諦めるのかと孝宏は腹も立ったが、それ以上声を荒らげることも当たり散らすことをせず、ただキッと医者を睨み返した。
「起きろルイ。別の病院行くぞ」
孝宏は医者を睨み付けながら言った。背後のルイが反応する気配はない。
「速くしろ、起きろって!」
いくら声をかけても、体を揺すっても返ってくる返事はない。
ただ一拍遅れて、揺れる頭が苦しそうに歪んだ。
「ルイ!?」
目を覚ますのかと思った。
目を開き、自分の名前を呼び、≪何してんの≫といつもの調子で言うのかと。
だがいくら顔を覗き込み待っても目は開かないし、口も動かない。
「…………くそっ」
ルイの肩に手を回し、何とか担ぎ上げようともしたが、孝宏の腕力ではそれも叶わず、ベッドからずり落ちそうになっただけだ。
孝宏は溢れる涙を堪えきれず、首を横に振った。
「お前が赤の他人なら良かった」
その内消えると言っていた顔の火傷痕もくっきり残ったままで、カウルとお揃いなのが嫌だと言って隠していた髪の毛も短いままだ。
初めて会った時の憮然とした態度が今になって懐かしく思い出される。
もしもこれが最後になるのなら、自分はどうするべきなのか。孝宏は自分に問いかけた。
いろいろと道具を作ってもらったことを礼を言うべきだろうか。
それとも魔法を教わる際、マリーを優先するあまり後回しにされたことに対して、恨みをぶつけるべきだろうか。
どちらにしろおそらくルイは、今更と渋い顔をするだろう。
こんなことになるのなら、花の腕輪をマリーに直接渡すよういえば良かった。
もしかすると根性で回復したかもしれない。
「ルイ……ルイ……ルイ俺は……」
自分の考えが上手くまとまらずルイの名前を繰り返し呼ぶ。だがその内、どうしてだか、沸々と怒りが込み上げてきた。
「お前って本当に面倒な奴だよな。顔は良いかもしれないけど絶対女にもてないタイプ。頭良いけど引きこもりだし。俺を守るって言ったくせに真っ先に死んでんじゃねぇよ」
孝宏はベッドの端を両拳で叩くと、固めのベッドが僅かに軋んだ。
「っざけんな。いつも過剰なくらい自信家なのに、こんな時役に立たないって……そんな体たらくだからマリーに振られるんだよ。間抜け野郎」
孝宏は膝を付きベッドに顔を埋めた。
「このまま死んだらカウルとカダンが泣くぞ。どうすんだよ。俺、あの二人に……言うなんて嫌だからな」
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
魔法使いと皇の剣
1111
ファンタジー
かつて世界は一つだった。
神々が大陸を切り離し閉ざされた世界で
魔法使いのミエラは父の復讐と神の目的を知る為
呪われた大陸【アルベスト】を目指す。
同じく閉ざされた世界で〔皇の剣〕と呼ばれるジンは
任務と大事な家族の為、呪われた大陸を目指していた。
旅の中で、彼らは「神々の力の本質」について直面する。神とは絶対的な存在か、それとも恐れるべき暴君か。人間とは、ただ従うべき存在なのか、それとも神を超える可能性を秘めたものなのか。
ミエラに秘められた恐るべき秘密が、二人を究極の選択へと導いていく。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界転移しても所詮引きこもりじゃ無双なんて無理!しょうがないので幼馴染にパワーレベリングして貰います
榊与一
ファンタジー
異世界で召喚士!
召喚したゴブリン3匹に魔物を押さえつけさせ、包丁片手にザク・ザク・ザク。
あれ?召喚士ってこんな感じだったっけ?なんか思ってったのと違うんだが?
っていうか召喚士弱すぎねぇか?ひょっとしてはずれ引いちゃった?
異世界生活早々壁にぶつかり困っていたところに、同じく異世界転移していた幼馴染の彩音と出会う。
彩音、お前もこっち来てたのか?
って敵全部ワンパンかよ!
真面目にコツコツとなんかやってらんねぇ!頼む!寄生させてくれ!!
果たして彩音は俺の救いの女神になってくれるのか?
理想と現実の違いを痛感し、余りにも弱すぎる現状を打破すべく、俺は強すぎる幼馴染に寄生する。
これは何事にも無気力だった引き篭もりの青年が、異世界で力を手に入れ、やがて世界を救う物語。
幼馴染に折檻されたり、美少女エルフやウェディングドレス姿の頭のおかしいエルフといちゃついたりいちゃつかなかったりするお話です。主人公は強い幼馴染にガンガン寄生してバンバン強くなっていき、最終的には幼馴染すらも……。
たかしの成長(寄生)、からの幼馴染への下克上を楽しんで頂けたら幸いです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
子連れ侍とニッポニア・エル腐
川口大介
ファンタジー
東の国ニホンからきた侍・ヨシマサは、記憶を失った少年・ミドリと旅をしている。
旅の目的は、ミドリの身元探しと、もう一つ。ある騎士への恩返しだ。
大陸のどこかにある忍者の里を見つけ出し、騎士の国との協力関係を築くこと。
何の手がかりもない、雲を掴むような話である。と思っていた二人の前に、
エルフの少女マリカが現れ、自分も旅の仲間に加えて欲しいと申し出た。
本人は何も言わないが、マリカはどう見ても忍者であったので、ヨシマサは承諾。
マリカの仲間、レティアナも加えて4人での旅となった。
怪しまれないよう、逃げられないよう、しっかり注意しながら、
里の情報を引き出していこうと考えるヨシマサ。
だが、ヨシマサは知らなかった。このエルフ少女二人組はBLが
大好きであり、レティアナはBL小説家として多くの女性ファンを
抱えていたこと。しかも既に、ヨシマサとミドリを実名で扱った作品が
大好評を得ていたこと。
それやこれやの騒ぎを経て、
やがてミドリの出生の秘密から、世界の命運を左右する陰謀へと繋がり、
そしてそれを凌駕する規模の、マリカとレティアナの企みが……
そんな作品です。
(この作品は、「小説家になろう」にも掲載しています)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
食うために軍人になりました。
KBT
ファンタジー
ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。
しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。
このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。
そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
称号は神を土下座させた男。
春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」
「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」
「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」
これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。
主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。
※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。
※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。
※無断転載は厳に禁じます
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】
一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。
追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。
無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。
そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード!
異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。
【諸注意】
以前投稿した同名の短編の連載版になります。
連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。
なんでも大丈夫な方向けです。
小説の形をしていないので、読む人を選びます。
以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。
disりに見えてしまう表現があります。
以上の点から気分を害されても責任は負えません。
閲覧は自己責任でお願いします。
小説家になろう、pixivでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる