120 / 180
夢に咲く花
47
しおりを挟む
――カチャ…――
ドアが開く音に、孝宏は勢いよく顔を上げた。いくらなんでも早すぎるし、違うと解っていても、進展があったのではと思ってしまう。
そして案の定、中から一人出てきたナキイを見て、孝宏はがっかりした。
「ルイはどうなりましたか?」
「出来る限りをことをすると言っていた。今は待つしかない」
「そうですか。あの、ありがとうございます」
孝宏は勢い良く頭を下げた。
巨大蜘蛛から助けてくれたのはもちろんの事、医者に状況を説明するのもすべて任せてしまった。
ナキイは首を軽く傾げ、「構わないよ」とほほ笑んだ。
「俺は外に行ってくる。やつの様子を確認したいし、新しい着替えも必要だろう。アレの毒針が付いているかもしれない服など早く着替えたいしな」
孝宏の不安に塗れた瞳が揺れる。
狭く暗い廊下は、一人でいるにはあまりにも寂しすぎる。とはいえナキイは、孝宏がわがままを言っても良い相手でないし、そんな人はこの世界に存在しない。
孝宏は夢にすがる思いで、両手を握り合わせた。
「はい」
一瞬の沈黙。静寂の中に漂う緊張感と相まって酷くこの場は居心地が悪い。
ナキイは罪悪感に胸を締め付けられた。
「えっと……まだ名乗ってなかったな。俺はナキイ。ヒタル・ナキイだ。あなたは?」
「進藤孝宏です」
孝宏は久しぶりにフルネームを口にしたなと感じた。いつも下の名前でしか呼ばれないためか、言いなれたはずの自身の名前に違和感を隠せず、奇妙な気分を味わう。
「もしかすると中の彼について、何か聞かれるかもしれない。シンドウさんはここで待っていてほしい。すぐ戻るから」
そういうとナキイは外へ出た。
ナキイから見て、今の孝宏は危うい感じがした。大事な人が命の危機にあるのだから情緒が不安定になるのは当然だろう。
ただそれ以外の違和感をどうしても拭えない。
孝宏を一人にしておくのは多少なり不安が残るが、何も本当に一人っきりにするわけでもない。めったなことにはならないだろうと、ナキイは考えていた。
本当なら二人を逃がした後に、ゆっくりとあの巨大蜘蛛を処理し、本隊と合流するつもりだった。仕方がなかったとはいえ、報告が遅くなってしまった感は否めない。
異様なくらい静かな町は、そこにいるだけで気持ちが悪くなる。
窓は固く閉ざされ人っ子一人歩いていない。
「いつものことながら、うちの殿下は引きが強くていらっしゃる。こうなる前に帰りたかったが、今回も殿下が勝ってしまわれた」
ナキイは来た道を戻り始めた。とは言えほぼ一直線、少し歩けば先程の巨大蜘蛛が小さく見えてきた。
目の横に位置する長めの獣の左耳に付けた、銀色のカフスを軽く指で弾く。
「103345。こちら13号。緊急連絡」
数秒の間の後、カフスから答えが返ってきた。
《十三号へ、どうした》
「商業区34番道路にて、不明生物が突如発生しました」
《具体的に報告しろ》
「私が確認した限りでは一匹。何もない空中に突如発生。三メートルから四メートルの高さから落下しましたが、目立った外傷はなし。蜘蛛に酷似した形状で、足まで含めると全長は二メートル近くはあり、全体は黒く背中に赤い線のような模様。民間人の保護を優先した為、現在は仰向けの状態で放置。かなりの重量があり、そう簡単に起き上がれないかと思われます」
《発生時刻と被害は?》
「正確な時刻は不明。発生時刻はおよそ十五分前。瀕死の民間人が一人。しかし出現時に無数の体毛を飛ばすのを目視で確認しました。被害者はこれから増える恐れがあります」
《お前は大丈夫なんだな?》
「はい。体毛を浴びた可能性はありますが、今のところ私にはこれと言った変化は起きておりません。ですが、不明生物に接触した民間人は…………………………………」
《どうした?応答しろ》
「テア山の滴の使用許可を下さい」
《………まさかその民間人に使いたいとか言うんじゃないだろうな?》
「しかしこのままでは………」
《馬鹿者!!!あれは殿下の為の薬だ!他の者に使用など許可できるか!》
「ですが殿下は常に民を優先しろと……」
《殿下が何とおっしゃっても駄目なものは駄目だ!現在他にも同じような不明生物の報告を受けている》
「殿下はご無事なのでしょうか!?」
《殿下は事態発生判明直後に保護した。現在は比較的安全と思われる場所に避難して頂いているが、いつその薬が必要になるかわからん。決して忘れるな、それは殿下の為の薬だ。良いな?》
「はい、承知しました」
《撮影機をそちらに飛ばした。監視はこちらで行う。お前はこちらから連絡するまで屋内にて待機。ただし体調に変化が合ったら記録しておけ。何かの役に立つかもしれん》
「了解しました」
通信を切り、ナキイは空を見上げ大きく息を吐き出した。
――殿下の為の薬だ――
当然と言えば当然の答えに、ナキイはなぜか落胆していた。
ドアが開く音に、孝宏は勢いよく顔を上げた。いくらなんでも早すぎるし、違うと解っていても、進展があったのではと思ってしまう。
そして案の定、中から一人出てきたナキイを見て、孝宏はがっかりした。
「ルイはどうなりましたか?」
「出来る限りをことをすると言っていた。今は待つしかない」
「そうですか。あの、ありがとうございます」
孝宏は勢い良く頭を下げた。
巨大蜘蛛から助けてくれたのはもちろんの事、医者に状況を説明するのもすべて任せてしまった。
ナキイは首を軽く傾げ、「構わないよ」とほほ笑んだ。
「俺は外に行ってくる。やつの様子を確認したいし、新しい着替えも必要だろう。アレの毒針が付いているかもしれない服など早く着替えたいしな」
孝宏の不安に塗れた瞳が揺れる。
狭く暗い廊下は、一人でいるにはあまりにも寂しすぎる。とはいえナキイは、孝宏がわがままを言っても良い相手でないし、そんな人はこの世界に存在しない。
孝宏は夢にすがる思いで、両手を握り合わせた。
「はい」
一瞬の沈黙。静寂の中に漂う緊張感と相まって酷くこの場は居心地が悪い。
ナキイは罪悪感に胸を締め付けられた。
「えっと……まだ名乗ってなかったな。俺はナキイ。ヒタル・ナキイだ。あなたは?」
「進藤孝宏です」
孝宏は久しぶりにフルネームを口にしたなと感じた。いつも下の名前でしか呼ばれないためか、言いなれたはずの自身の名前に違和感を隠せず、奇妙な気分を味わう。
「もしかすると中の彼について、何か聞かれるかもしれない。シンドウさんはここで待っていてほしい。すぐ戻るから」
そういうとナキイは外へ出た。
ナキイから見て、今の孝宏は危うい感じがした。大事な人が命の危機にあるのだから情緒が不安定になるのは当然だろう。
ただそれ以外の違和感をどうしても拭えない。
孝宏を一人にしておくのは多少なり不安が残るが、何も本当に一人っきりにするわけでもない。めったなことにはならないだろうと、ナキイは考えていた。
本当なら二人を逃がした後に、ゆっくりとあの巨大蜘蛛を処理し、本隊と合流するつもりだった。仕方がなかったとはいえ、報告が遅くなってしまった感は否めない。
異様なくらい静かな町は、そこにいるだけで気持ちが悪くなる。
窓は固く閉ざされ人っ子一人歩いていない。
「いつものことながら、うちの殿下は引きが強くていらっしゃる。こうなる前に帰りたかったが、今回も殿下が勝ってしまわれた」
ナキイは来た道を戻り始めた。とは言えほぼ一直線、少し歩けば先程の巨大蜘蛛が小さく見えてきた。
目の横に位置する長めの獣の左耳に付けた、銀色のカフスを軽く指で弾く。
「103345。こちら13号。緊急連絡」
数秒の間の後、カフスから答えが返ってきた。
《十三号へ、どうした》
「商業区34番道路にて、不明生物が突如発生しました」
《具体的に報告しろ》
「私が確認した限りでは一匹。何もない空中に突如発生。三メートルから四メートルの高さから落下しましたが、目立った外傷はなし。蜘蛛に酷似した形状で、足まで含めると全長は二メートル近くはあり、全体は黒く背中に赤い線のような模様。民間人の保護を優先した為、現在は仰向けの状態で放置。かなりの重量があり、そう簡単に起き上がれないかと思われます」
《発生時刻と被害は?》
「正確な時刻は不明。発生時刻はおよそ十五分前。瀕死の民間人が一人。しかし出現時に無数の体毛を飛ばすのを目視で確認しました。被害者はこれから増える恐れがあります」
《お前は大丈夫なんだな?》
「はい。体毛を浴びた可能性はありますが、今のところ私にはこれと言った変化は起きておりません。ですが、不明生物に接触した民間人は…………………………………」
《どうした?応答しろ》
「テア山の滴の使用許可を下さい」
《………まさかその民間人に使いたいとか言うんじゃないだろうな?》
「しかしこのままでは………」
《馬鹿者!!!あれは殿下の為の薬だ!他の者に使用など許可できるか!》
「ですが殿下は常に民を優先しろと……」
《殿下が何とおっしゃっても駄目なものは駄目だ!現在他にも同じような不明生物の報告を受けている》
「殿下はご無事なのでしょうか!?」
《殿下は事態発生判明直後に保護した。現在は比較的安全と思われる場所に避難して頂いているが、いつその薬が必要になるかわからん。決して忘れるな、それは殿下の為の薬だ。良いな?》
「はい、承知しました」
《撮影機をそちらに飛ばした。監視はこちらで行う。お前はこちらから連絡するまで屋内にて待機。ただし体調に変化が合ったら記録しておけ。何かの役に立つかもしれん》
「了解しました」
通信を切り、ナキイは空を見上げ大きく息を吐き出した。
――殿下の為の薬だ――
当然と言えば当然の答えに、ナキイはなぜか落胆していた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
今世では溺れるほど愛されたい
キぼうのキ
ファンタジー
幼い頃両親を亡くし、親戚の家を転々としてきた青木ヨイは居場所がなかった。
親戚の家では煙たがられ、学校では親がいないという理由でいじめに合っていた。
何とか高校を卒業して、親戚の家を出て新しい生活を始められる。そう思っていたのに、人違いで殺されるなんて。
だが神様はヨイを見捨てていなかった。
もう一度、別の世界でチャンスを与えられた。
そこでのヨイは、大国のお姫様。
愛想、愛嬌、媚び。暗かった前世の自分に反省して、好かれるために頑張る。
そして、デロデロに愛されて甘やかされて、幸せになる!
キャンピングカーで往く異世界徒然紀行
タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》
【書籍化!】
コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。
早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。
そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。
道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが…
※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜
※カクヨム様でも投稿をしております
竜の御子は平穏を望む
蒼衣翼
ファンタジー
竜に育てられた少年が人の世界に戻って人間として当たり前の生き方を模索していく話です。あまり波乱は無く世界の情景と人々の暮らしを描く児童文学のようなお話です。
※小説家になろう、カクヨム、自サイトで連載したものに手を入れています。
可愛くない私に価値はない、でしたよね。なのに今さらなんですか?
りんりん
恋愛
公爵令嬢のオリビアは婚約者の王太子ヒョイから、突然婚約破棄を告げられる。
オリビアの妹マリーが身ごもったので、婚約者をいれかえるためにだ。
前代未聞の非常識な出来事なのに妹の肩をもつ両親にあきれて、オリビアは愛犬のシロと共に邸をでてゆく。
「勝手にしろ! 可愛くないオマエにはなんの価値もないからな」
「頼まれても引きとめるもんですか!」
両親の酷い言葉を背中に浴びながら。
行くあてもなく町をさまようオリビアは異国の王子と遭遇する。
王子に誘われ邸へいくと、そこには神秘的な美少女ルネがいてオリビアを歓迎してくれた。
話を聞けばルネは学園でマリーに虐められているという。
それを知ったオリビアは「ミスキャンパスコンテスト」で優勝候補のマリーでなく、ルネを優勝さそうと
奮闘する。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのにいつのまにか溺愛ルートに入りそうです⁉︎
sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。
遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら
自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に
スカウトされて異世界召喚に応じる。
その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に
第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に
かまい倒されながら癒し子任務をする話。
時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。
初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。
2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる