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夢に咲く花
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二人は再び歩き出した。ナキイはけだるげで息も絶え絶えのルイを担いで、孝宏は服の包みとルイの鞄を持って。
そこからさらに百メートルほど進んだ先、左手の角に目的の病院はあった。
レンガ造りなのは他の建物と同じだが、通りに面した壁は一面ガラス張りで、白を基調とした室内には革張りのソファが二脚と受付のカウンターがあるが、あとは質素なものだ。
診察待ちらしい患者が二人と、受付に座る赤毛の少年が一人。暇そうに欠伸しているところを見ると、外の騒ぎには気が付いていないのかもしれない。
なので三人が院内に入った時も、一瞥しただけで受付用紙を準備するだけだった。
「初めてですか?でしたらこの用紙に……………」
「急患だ」
ナキイは少年の言葉を遮りそれだけ言うと、少年に顔を寄せ、何やら耳打ちした。少年は顔を強張らせ、カウンターの両脇にある扉のうち、右側の扉を指さした。
「この奥のすぐの部屋でお待ちください」
「ありがとう」
扉の奥には細長い廊下が左右に伸び、目の前に一つ、右隣にもう一つの扉が並び、廊下の左手行き止まりは扉が、右には廊下の奥に階段がある。
ナキイは目の前の扉を開いて中に入った。
孝宏がナキイに続いて扉を潜ろうとした時だ。
突然耳障りな金属音が聞こえてきた。
振り返り、背後の閉まる扉の隙間から見たのは、ガラスを外から覆うように降りてくる幕と、何事かと動揺する患者の姿。徐々に暗くなっていく室内で、壁と天井の光源が一層光を強めた。
動揺しながらも部屋に入ると、すぐさま天井全体が白い光を放ち、真夏の太陽のような光が目に染みる。
そこはベッドが二つある以外は、机や棚はおろか窓すらない小さな部屋だった。
ナキイが部屋の両端に一つずつ置かれた、左側のベッドにルイを寝かせると、孝宏は持っていた衣類をベッドの脇に頬り投げ、ルイに駆け寄った。
ルイの顔は掻き毟った跡なのか巨大蜘蛛の足にぶつかった時にできた物か、あるいはその両方か、無数の傷が顔面に広がる。血の気は引き、紫に変色した唇が細かに震えている。
それからほぼ間もなく部屋の扉が開いた。入ってきたのは土色の髪に先が丸みを帯びた小さめの耳。身丈はナキイより大きいだろうか。筋肉質な体を白衣で覆った顔に皺が目立つ、医者であろう女だった。続いて可動式のトレーを押しながら、助手らしき赤髪の女が入ってきた。
「治療を始める前に、どういう状況かを教えてください」
医者はベッド脇でルイに寄り添う孝宏を、やんわりと押しのけ言った。孝宏もそれに大人しく従い、素直に後ろに下がる。
体躯の大きい医者の脇からはルイの姿が満足に見えないが、ナキイが事のあらましを説明する間も、孝宏は医者の背中越しにルイを覗いていた。
「巨大な……蜘蛛の化け物だって?」
ルイの、特に顔を重点的に観察していた医者が驚いた様子で顔を上げた。
ナキイが巨大蜘蛛の詳細を説明したが、医者にも心当たりの生物がなかった。
眉間に寄った皺と、細めた目が状況の悪さを優に物語っているが、幸いなのか、孝宏からは見えない。だからだろう。黙り込んでしまった医者の、背中を見守るだけの孝宏は、次第に苛立ちを募らせていった。
何でもいいから早くルイを助けてくれ。
そう言いかけた時、ナキイが孝宏の肩に抑えるよう手を置いた。見上げるとナキイが首を横に振る。
医者の集中を切らしていけない、そう言われている気がした。
状況は一刻を争う。だから医者が何もせずに考え込んでいる様子がじれったく思え苛立つのだか、医者は医療のプロ。
おそらくは必要な時間なのだろうと、頭では理解していても心が追いつかない。不安な気持ちを抑えきれず、孝宏は部屋の外、奥の階段へと続く狭い通路へと出た。
けだるげに壁にもたれ掛かると、立ったまま壁に頭を付ける。
目は閉じない。何も考えたくないから。
そこからさらに百メートルほど進んだ先、左手の角に目的の病院はあった。
レンガ造りなのは他の建物と同じだが、通りに面した壁は一面ガラス張りで、白を基調とした室内には革張りのソファが二脚と受付のカウンターがあるが、あとは質素なものだ。
診察待ちらしい患者が二人と、受付に座る赤毛の少年が一人。暇そうに欠伸しているところを見ると、外の騒ぎには気が付いていないのかもしれない。
なので三人が院内に入った時も、一瞥しただけで受付用紙を準備するだけだった。
「初めてですか?でしたらこの用紙に……………」
「急患だ」
ナキイは少年の言葉を遮りそれだけ言うと、少年に顔を寄せ、何やら耳打ちした。少年は顔を強張らせ、カウンターの両脇にある扉のうち、右側の扉を指さした。
「この奥のすぐの部屋でお待ちください」
「ありがとう」
扉の奥には細長い廊下が左右に伸び、目の前に一つ、右隣にもう一つの扉が並び、廊下の左手行き止まりは扉が、右には廊下の奥に階段がある。
ナキイは目の前の扉を開いて中に入った。
孝宏がナキイに続いて扉を潜ろうとした時だ。
突然耳障りな金属音が聞こえてきた。
振り返り、背後の閉まる扉の隙間から見たのは、ガラスを外から覆うように降りてくる幕と、何事かと動揺する患者の姿。徐々に暗くなっていく室内で、壁と天井の光源が一層光を強めた。
動揺しながらも部屋に入ると、すぐさま天井全体が白い光を放ち、真夏の太陽のような光が目に染みる。
そこはベッドが二つある以外は、机や棚はおろか窓すらない小さな部屋だった。
ナキイが部屋の両端に一つずつ置かれた、左側のベッドにルイを寝かせると、孝宏は持っていた衣類をベッドの脇に頬り投げ、ルイに駆け寄った。
ルイの顔は掻き毟った跡なのか巨大蜘蛛の足にぶつかった時にできた物か、あるいはその両方か、無数の傷が顔面に広がる。血の気は引き、紫に変色した唇が細かに震えている。
それからほぼ間もなく部屋の扉が開いた。入ってきたのは土色の髪に先が丸みを帯びた小さめの耳。身丈はナキイより大きいだろうか。筋肉質な体を白衣で覆った顔に皺が目立つ、医者であろう女だった。続いて可動式のトレーを押しながら、助手らしき赤髪の女が入ってきた。
「治療を始める前に、どういう状況かを教えてください」
医者はベッド脇でルイに寄り添う孝宏を、やんわりと押しのけ言った。孝宏もそれに大人しく従い、素直に後ろに下がる。
体躯の大きい医者の脇からはルイの姿が満足に見えないが、ナキイが事のあらましを説明する間も、孝宏は医者の背中越しにルイを覗いていた。
「巨大な……蜘蛛の化け物だって?」
ルイの、特に顔を重点的に観察していた医者が驚いた様子で顔を上げた。
ナキイが巨大蜘蛛の詳細を説明したが、医者にも心当たりの生物がなかった。
眉間に寄った皺と、細めた目が状況の悪さを優に物語っているが、幸いなのか、孝宏からは見えない。だからだろう。黙り込んでしまった医者の、背中を見守るだけの孝宏は、次第に苛立ちを募らせていった。
何でもいいから早くルイを助けてくれ。
そう言いかけた時、ナキイが孝宏の肩に抑えるよう手を置いた。見上げるとナキイが首を横に振る。
医者の集中を切らしていけない、そう言われている気がした。
状況は一刻を争う。だから医者が何もせずに考え込んでいる様子がじれったく思え苛立つのだか、医者は医療のプロ。
おそらくは必要な時間なのだろうと、頭では理解していても心が追いつかない。不安な気持ちを抑えきれず、孝宏は部屋の外、奥の階段へと続く狭い通路へと出た。
けだるげに壁にもたれ掛かると、立ったまま壁に頭を付ける。
目は閉じない。何も考えたくないから。
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