超空想~異世界召喚されたのでハッピーエンドを目指します~

有楽 森

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夢に咲く花

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 そろそろ男を解放しても良いだろうと思い始めた時だった。

 男があまりにも騒ぐので、寝ていたカウルとマリーが目を覚ました。

 浅い眠りだったとはいえ、寝起きの思考も視界もぼんやりと霞み、二人ともが隣のカダンに声を掛けようとした。

 しかしそこにいたはずのカダンはおらず、マリーとカウルは互いに視線を交差させたものの、そのまま流し、マリーは芝生の上に視線を置き、カウルは茂みの方へ向けた。

 すると茂みの向こうで、見覚えのある白髪の頭が見え隠れする。カウルが真っ赤な短髪を指先で乱暴に払うと、枯れた芝生がバラバラ落ちた。


「そこにいるのはカダンか?何をしてるんだ?」


 カウルが尋ねた。


「起きたのか。隠れて俺たちを見ていた怪しい奴がいたから、尋問していたんだ」


 それを聞いて真っ先に脳裏を過ったのは森での出来事だ。カウルとマリーは体を強張らせた。

 カウルは武器に手を伸ばしながら、ちらりとマリーを見た。
 マリーは身構え、気丈に茂みを睨み付けているものの、どこか不安を滲ませている。カウルは小さく舌打ちした。


「危ない奴か?兵士を呼んでこようか?」


「俺たちに何かしようって輩じゃなかった。けど、怪しいには違いないし。そうしようか」


「解った。私が呼んでくる」


 マリーがあからさまにホッと息を吐いた。

 体に付いた枯れた芝の葉を払い、周囲を見渡す。

 探すまでもなく、広場には数人の兵士がうろついている。役所の焼け跡にいた兵士と、彼らとは違う格好の違う、背中に赤い花の刺繍の入った濃紺のマントを羽織っている兵士。テントの前の人だかりを、端から端まで何度も往復する者や、数人で固まって話をする者たち。

 服装が違えど、彼ら同士頻繁に言葉を交わしているし、兵士には違いないだろうが、マントを羽織った方は格が違うというか、やけに小奇麗な格好で、マリーは声を掛けるのがはばかれてしまう。



「ああああああのおおおお!まってください!」



 マリーの声がしたとたん男は目を輝かし、カダンに抑えられたまま声を張り上げた。男は高揚し顔は首まで真っ赤になっている。


「わわわ私は決して怪しいもののではななく!ソコ、ソコトラであなたをおみかげ…お見かけしてから……ずっと……す…す……好きでっというか一度お話をしたいと思っておりまして!よよ良ければ少々お時間をいたたけないでしょか!」


 どもるは早口にまくし立てるは。
 緊張して焦っているのか、男の言葉は聞き取りづらい。仮に内容を理解できたとしても、すでにマリーは兵士に声を掛けにその場を離れた後で聞いてすらいない。
 しかし見事に空振った男の言葉に、カダンが体を強張らせ、マリーを追って行こうとしたカウルも足を止めた。


(ソコトラでマリーを見たって?)


 カウルはソコトラの名に反応しただけだが、カダンは一人だけ心当たり、血の気がサッと引いた。


 あの時のソコトラに、少なくとも一人は花人はいたはずだ。
 これまで直接姿を見る機会は一度もなく、カダンはもちろん、双子も知っている人物。

 だが仮にその人物だとして、なぜここにいるのか、カダンは見当もつかなかった。その人ならここを経由せずに王都へ帰ったはずだ。



「まさか……こんなところに、いや…、あっいえ、このような場所におられるはずが……」


 カダンは慌てて手を放した。


 カダンの背中に汗が滲み、奥歯をかみしめる。心臓が嫌に早く打ち、手が震えた。

 冷静になれ、何度も自分に言い聞かせ、しかしいくら考えても答えはまとまらず、硬直したまま立ち尽くしている。


 カダンから解放され、男はややバツが悪そうに立ち上がった。

 気を取り直して胸を張り、背筋を伸ばし立つ。泥に塗れた髪を手櫛で整え、顔に付いた泥をマントの内側ポケットから取り出したハンカチで丁寧にふき取る。


「そいつ村人じゃ……ないよな。知り合い……でもなさそうな……」


 カウルは目を細め、男を凝視した。

 小規模な集落とはいえ、それなりに人が住んでいたら、覚えていない人物の一人や二人はいるだろう。

 しかし魔人ばかりが住む村で、彼のような容姿は否応なく目立つ。

 住んでいれば知らないはずはないが、カウルには見覚えがなかった。ならばカダンの知り合いかとも思ったが、カダンの様子ではそれも怪しい。

 カウルから見て、男の仕草の一つ一つが、妙に気取って見える。まるで貴族のようだ。長い髪は貴族が良く好み、彼らはそれが最も上品に見えると信じ込んでいる。

 カウルは泥に塗れた髪の中に、明らかに髪の毛より太いツタを見つけた。

 嫌な予感が脳裏を過る。


「ソコトラ……貴族……花人?…………は?は!?」


 カウルはかろうじで指をさすのだけはしなかったが、ポカンと開けたままの口元を引きつらせた。

 男は身支度を整えると一度咳払いし、固まったままのカダンに見合い、立てた人差し指を口に当てた。


「君を罰しようなど考えていないから安心しろ。ただ他には内緒で頼むよ。特に兵士たちには。まだ捕まりたくなくてね」


 カダンが首を振る。


「しかし、私が申し上げるのもなんですが、お一人では危ないのでは?」


 今だってカダンに拘束され、拷問紛いの事をされたのだ。次はどうなるかわからない。

 それともカダンが気づかなかっただけで、すでに護衛が隠れて見ているというのだろうか。

 カダンは周囲を見渡した。


「あ……」


 そこで、マリーに連れられ、兵士が一人こちらに近づいてくるのが目に入った。男はその事にまだ気が付いていない。


「大丈夫だ。こう見えても私は結構強いのだよ。それよりあの彼女と少し話を……あっ……」


 男は自分が周囲からすっかり丸見えになっている事を失念していた。

 マリーが連れてきた兵士と目が合うと、短く言葉を発し、互いに動作を止めた。そして男は今さら無駄と解っていても思わずフードに手をかけ、兵士は首に下げいる笛を思いっきり吹き鳴らした。



―――ピィィィィィィィィィィ!―――



 小さな笛の甲高い音が、広場全体に響く。それを聞きつけた兵士たちのみならず、広場にいた人々が一斉に笛の音に振り向いた。


「少年!その人物を捕まえて決して離すな!」


 兵士がそう言うのと、男がその場から逃げ出すのはほぼ同時だった。

 男はぬかるみに足を取られそうになりながらも、何とか茂みをかき分け、植木を乗り越え、大通りの方へ抜けていく。


「大通りの方へ抜けていったぞ!早く追うんだ!」


「街中を捜索中の奴に連絡しろ!」


 駆け付けた兵士たちは逃げた男を追いかけ、あっという間にいなくなってしまった。

 カダンとカウルの口から乾いた笑いがこぼれる。


「何?やっぱり危ない人だったの?」


 そんな中マリーだけが状況を呑み込めず、二人に質問を繰り返すばかりだった。





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