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夢に咲く花

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(俺の暗示が効かない、身なりの良い旅人?気に入らない)


 一般人が特殊魔術防御を施す場合は極稀で、仮に上流階級の人間ならばあり得るが、その場合護衛の一人でも連れているはずだ。今のところそれらしき気配はない。

 森で襲われた時もそうだったが、盗賊や盗人のような輩は綺麗な身なりを好む。

 襲う相手や周囲の目を欺きやすいからだ。普通の人や上品な衣服で上流階級を装ったりする方が、簡単に人を騙せるし、逃げる時も紛れやすい。

 カダンは男が嘘を言ったと解った瞬間に、腕をさらに締め上げた。


「ああああああがあああああ!!!!」


 カダンは男が痛がってあげる悲鳴にも眉一つ動かさず、平然と同じ質問を繰り返した。

 本当はまだ上流階級の変人という線も残っているのだが容赦はしない。


「何故、俺たちを見ていた」


「だから、私は何も見ていない。ただここで休んでいただけででででてててててっ!」


「ここは休むにはどう見ても不適格だ。どうしてここに隠れて、俺たちを見ていた」


「……………………」


 言葉に魔力を乗せ暗示を繰り返すが、効果がないまま、男はついに黙った。

 嘘を言うわけでもなく、本当のことを言うか躊躇しているのか。腕を通して男の緊張が伝わってくる。

 仕掛けてくるなら今か。足を狙ってくるか、それとも魔術で対抗してくるのか。どちらにせよ、不審なそぶりを見せるなら、その時はすぐさま腕を捻じり折るだけだ。


「答えろ。どうして俺たちを見ていた」


 カダンが再び腕を絞めようと手に力を込めた。緩んでいた男の腕を少しずつ上げていくと、男は低く呻き、わずかに身を捩ったが楽になれない。


「あぅ……うう……ぐぅっ」


「早く答えろ。でないと腕が折れるかもしれないな」


 苦し気に息を吐く男に、カダンが頭上から高圧的な台詞を浴びせる。

 本当に腕を折るつもりはない。このくらい言わないと脅しにならないと思ったのだが、男はカダンの本心を見抜いているのか、頑なに口を開こうとはしなかった。


「このまま兵士に突き出すのでも良いな。今はそこら中にいるしな」


 何度も重ねた暗示が効いたのか、それとも思い付きの脅しが効いたのか。男はようやく重い口を開いた。


「怪しく見えるかもしれないが、……私は君たちに危害を加えるつもりはない。ただ………」


「ただ?」


「ただ、私は……ここで……」


「ただここで?」


 途中で言葉が途切れ、カダンが語尾を繰り返して続きを促しても、同じように語尾を繰り返すだけで続けようとしない。男は首を左右に振っては唸っている。

 男が首を振る度にマントから髪がこぼれ、白に近い銀髪が泥で黒く染まっていく。


 そんな様子を眺めているうちに、カダンは男の耳と頬が赤く染まっているのに気が付いた。



(こんな状況で何故赤くなる………まさかとは思うが、こいつ……)


 パッと頭に浮かんだ理由は二つ。

 特殊な性癖を持つ輩か、もしくはこの場に好意を寄せいている相手がいてこっそり覗いていたか。

 こっそり覗いていたなど、下手したら犯罪行為だ。変質者と違いない行為を告白するのは容易ではないし、男が恐ろしく内気な性格なら一応つじつまが合う。プライドが高い人物ならなおさら言い出しにくいだろう。


 しかし、もしも恥をかき捨てるほどの、執着心を持つ輩だと厄介だ。


 自分の知らない所からずっと見られているのは、じつのところカダンにも経験がある。

 決して気持ちの良いものではなく、粘着質な相手だけにだいぶ苦労した。
 カダンにとって忌まわしい体験を思い出し、あの時の嫌悪感が湧き上がってきた。


「あれは本当に大変だったな」


 カダンはぽつりと呟いた。


「あれだよな。このまま見てるだけじゃ足りなくなって、行動がエスカレートしていくんだよな。終いには自分の妄想と現実をごっちゃにするんだろう?」


 このゲスめとでも言いたげなカダンの冷たい緯線が、男に降り注がれている。

 最も、目の前の男がゲスだとは限らないが、カダンの時も初めは危険人物を思わせる行為はなく、次第に豹変していったのだから、この男がそうならないとは限らない。

 カダンは無意識の内に手に力を込めた。


「いくら拒否しても耳を貸さず、自分の欲望を押し付けるだけになるんだ。最後には攻撃的になってい………」


 徐々に加えられていく握力と、冷静とは違う酷く冷めた声。
 男はこのままではある種の犯罪者にされかねないと、慌ててカダンの言葉を遮った。


「ちょちょちょっと待ってくれ!何の話だ!?私はそんなことしていない!ただ彼女と少し話をしてみたいと思っただけだ!」


「ああ、そうだった。あの時の彼女もそんなことを言っていたな。それで話をすれば、なぜか今度は恋人気取りで付け回して」


「あの時?彼女?何を言ってるんだ!?私は別件でここに隠れていたら、彼女が目に入って……」


 男は痛みに耐えながら、視界の端にカダンの姿を捕らえ目を見張った。

 カダンの凍り付くような冷たい目を、男は知っている。衛兵が犯罪者を捕らえた時の、相手を軽蔑し見下した時のあの目だ。

 男は自分が置かれている状況が、思っている以上に悪いと知ったが、それでも違うと言葉で訴える以上の事をしなかった。

 本当のことを言っても余計に怪しまれるだけだと考えたのと、下手に抵抗するそぶりを見せれば、その瞬間自分の身が危ない事を経験からよく知っていたのだ。


「別件で隠れていたとか、やっぱり怪しいじゃないか。あいつに何をするつもりだ?」


 カダンも男の言葉に嘘がないと解っていたが、それだけで害をなさないとは限らない。

 一度命を狙われた者は過敏になりやすく、冷静な判断が難しくなる。カダンも例外ではない。カダンの表情はますます険しく、腕に込める力も強くなっていく。


「まってくれ!私は君たちに危害を加えるつもりはない!本当だ信じてくれ!」


 抵抗のそぶりさえ見せないが、ますます男は声を張り上げ、痛みに耐え涙を滲ませている。


「本当に付け回していない!見かけたのは偶然なんだぁ!」


 男の顔も髪もすっかり泥に塗れ、もはや初めの雰囲気は皆無に等しい。唇にべったりと付く泥は、口の中にも入っているのではないだろうか。

 喚く男の姿はあまりにも情けなく、冷静でないカダンでも憐れみを覚えた。同時に気持ちも落ち着いてきて、ようやく自分がやりすぎていることに気が付いた。


「何もしない!本当だから離してくれぇ!」


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