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夢に咲く花
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しおりを挟む気が付けば男は、いつの間にかいなくなっていた。
カウルは仰向けだったのがカダンに背を向けて、マリーも獣ように背中を丸めて体を横たえている。規則的な寝息。完全に寝入っているようだ。
カダンが受付はどれだけ進んだろうかと立ち上がり、テントの方を向いた。
その時、背後の茂みが揺れた。
通常なら動物か風かと流すところも、今はそれすらも敵じゃないかと神経を尖らせている。風が揺らすのとは違う、わずかな音をカダンが聞き逃すはずがなかった。
カダンは注意深く耳を澄ました。
木の実を食べに来た小鳥が枝を揺らしさえずり、風が木の葉で遊ぶ音。50メートル以上離れたテントを囲う、人だかりのピリピリした声。傍で寝ている二人の寝息の他に、茂みの奥から聞こえてくる、潜めた息遣いが一人分。
茂みに足を向けると、その息遣いは一層小さくなった。明らかに茂みに隠れ、こちらを伺う輩がいる。
カダンはまず、一歩踏み出しだ。相手の様子に変化はない。それではと、カダンはできるだけ普通を装い茂みに近づき、いくらか距離を残し立ち止まった。
カダンなら一気に茂みの向こうへ飛び込める距離だ。居場所の見当はついている。
「んー……気のせいか」
カダンは茂みの奥にいる輩にも聞こえるよう、気持ち大きめの声で言った。後頭部を掻きながら左足を一歩引き、背中を向けるふりをする。
どうやら茂みに隠れている輩は単純なようだ。カダンの一言で緊張を解き、大きく、だか静かに息を吐いた。
安心して体の力抜いた瞬間は、どんな屈強な戦士でも、いくらかの隙ができるものだ。
カダンは素早く体を反転させ、地面を思いっきり蹴り茂みの向こうへ一気に跳躍した。
飛びながら茂みの向こうに、植木に張り付いている影を見つけた。
濃紺のマントを着込み、目深に被ったフードの為に顔は影になってよく見えない。
カダンは地面に着地する前に、人影に手を伸ばしマントの首元を掴んだ。そして掴んだまま、受け身をとりつつ地面に転がった。
カダンがむき出しの地面に仰向けに倒れこみ、ほぼ同時か少し早かったか、相手も地面に引き倒された。
相手は思いもよらない事に受け身も取れず派手に倒れ、驚きのあまり声も出ない様子だ。
大した怪我は負わなかったものの、頭を打ち付け痛みに堪えながら、呆然と目を見開いている。
ただ、カダンは早かった。
相手がショックから回復する前に素早く起き上がり、相手をうつ伏せに転がし両腕を押さえつけ、片腕は背中で捻じった。
茂みの中は当然ながら土が向きだしで、数日前に降ったと思われる雪が木の陰で固まっている。カダンも背中や足の後ろなど、水分を多めに含む泥に塗れ、白髪にまとわりついた泥が、自身の重みで男の背中に落ちた。
「いぃぃぃぃたたたたたたたた!」
相手が動けば腕をねじって絞め、じっとしていれば多少緩めて。初めこそ抵抗したが、数回繰り返すだけで逃げられないと観念したのか、相手はすっかり大人しくなった。
今はフードを被ったまま、ぐったりと横向きに顔をぬかるみに埋めている。
この体勢ではわかり難いが、背は双子と同じくらいあるだろう。だが、体躯だけで歳を図るのは難しい。性別は男。厚手で肌触りの良いマントと、土に塗れた中に品の良い石鹸の香りが漂う。
貧乏人や旅人でなければ、地元民でもない。少なくとも中流以上の宿に泊まれる人物か、それを装う必要のある者だ。
「お前男か?」
「お、男だが、それがどうした」
カダンは男の両腕を右手一本でまとめて押さえつけると、空いた左手で男のフードを取った。その拍子に長い前髪がこぼれ、男は顔が地面に付かないよう必死に頭をもたげた。
フードの下は艶やかな銀色の長髪、尖った耳と、長髪に絡む葉の枯れたツタ。
「種は?」
「見てわからないのか?花人だ」
見てわからないのかと問われれば、当然見てわかる。カダンはニッと笑った。
カダンの目がぼんやり青く光った。言葉に魔力を乗せ、男に暗示をかけるためだ。
「そうか、では何者だ?なぜ俺たちを見ていた」
「見ていない。ただの通りすがりだったたたたった!」
男は努めて普通を装っていたが、声は緊張感に包まれていた。声の高低はなだらかになり、声色は明るいが固く若干早口になったか。
どの変化も常人に判別の付かない些細な物だ。しかし、本人も意識していない変化と、人魚としての本能がカダンに男の嘘を知らせた。
疑惑が確信に変わり、同時にカダンは警戒心をむき出しにした。
今男が嘘を吐いた。ということは、男はカダンの暗示にかからなかったということだ。
男は暗示にかかりにくい体質か、もしくは予め対魔術防御を施していたかのどちらかだ。
体質は種によって決まっている。となると男はあらかじめ対魔術防御を施していたはずで、しかもただの対魔術防御ではない。特殊魔術に対応させている。
人魚の使う暗示はその性質から、特殊魔術に分類され、防ぐには通常とは違う、特殊な防御魔術を使用する。
特殊魔術の使い手は様々な理由から人里に暮らす者もめったにおらず、カダンのようなハーフとて珍しいケースだ。何故必要度の引くい防御魔法を施しているかは想像に難くない。
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