上 下
106 / 180
夢に咲く花

33

しおりを挟む
 孝宏は何度も地毛と一体になったかつらを引っ張ったが、取れる気配はまったくなく、鏡がないので確かめようもないが、手で触れる限り不自然な点はない。
 苦しかったと言ってもほんの数秒で、人によっては一瞬と表現する者もいるだろう。
 これほど簡単に、しかも地毛と遜色ないとなれば、地球であったら飛びつく者は間違いなく多い。

 口を半開きに笑みを浮かべ、頻りに髪を触る孝宏を見ながら、ルイは満足そうに頷き、片手をそっと背中に隠した。背中に隠された手の掌は赤く腫れ、空気がそよぐだけでも痛むのだが、ルイはおくびにも出さずに言った。


「ついでにサービスしておいた。だーいじょうぶ!幻覚の一種で、体に影響はないから安心しなよ」


 ルイはもう片方の手の甲で孝宏の胸を軽く叩いた。本当なら平らなはずの孝宏の胸に、大きな膨らみが二つ、ポヨンと弾む。


「は………な!?」


 そう言った声は確かに自分の、男のものであるのに、胸には一目でそうだと解る膨らみが二つ。触ると柔らかく弾力があり、触っている感覚も、触られている感覚もある。


「ナニコレ……」


「本物みたいだろう?実際は柔らかいクッションみたいのを生成してくっつけただけなんだけど、一緒に暗示をかけることで、まるで本物のように見えてんの。本物を再現するのは難しからね。暗示で錯覚を起こさせると多少の違和感は脳が勝手に補修してくれるから問題ない。暗示自体は一定範囲内にいる人物に自動的に掛かるように設定してあるから、遠くから注意深く見なければばれないし……本当完璧!僕って天才!はっはっは!」


 当然孝宏は本物の胸など見たことはない。ルイの説明通りなら、これは自分自身が想像している女性の胸ということになるのか。孝宏は首を捻った。

 服の上からでもわかる膨らみを直に確認しようとして、孝宏は襟に指を引っ掛けた。堂々と見るのも憚れる気がして、目は薄っすらと開いただけで、唇も緊張から固く真一文字に結ばれている。

 恐る恐る引っ張り、自身の胸が不自然に盛り上がっているのを確認した。

 不自然と感じたのは、普段ないものがさも当然のようにあるのは、やはりひどく奇妙で、まるで別人の体を覗いている気分になったからだ。
 自分の胸に付いている物だというのに、妙に気恥ずかしくて、それでも物珍しさからくる好奇心のほうが勝ってしまうのは、思春期の男子なら同然だろう。


「なあ、鏡とか出せない?自分がどんな格好しているか見てみたい」


「もちろん良いよ」


 ルイはやや声を震わせながら返事をした。どう頑張っても、面白がっているのが隠しきれていない。

 ルイが腕を前に突き出し、指同士を付けた状態で掌を孝宏に向けた。顔の筋肉がピクリとも動かなくなり、瞳に静けさを含む。


「姿を映す鏡になれ」


 口元を覆う布がモゾモゾと動いたかと思うと、手をそのまま、腕で縦に伸びる楕円を描いて見せた。
 初めは大きく、だんだん小さく。やがて楕円の中心に来る頃には、孝宏の前に大きな鏡が表れていた。

 手で触れられないが、確かに艶やかな鏡が、孝宏と背後を映し出している。

 元は太く不格好だったかつらは、ごく自然に孝宏の頭に馴染んでいた。髪をかき上げると、赤毛に覆われた、黒髪が現れ、前髪などはそのまま赤と黒が入り乱れる。

 髪型が変わった以外変わらない、そのまま自分の顔のはずが、一瞬誰だと口をついて出そうになる。髪型一つでこうも雰囲気が変わるのかと、孝宏は呆気に取られた。


「はぁ……」


「……まあ、い、意外と似合ってるんじゃないかな」


 孝宏が吐いた溜息を、自分に見惚れているのだと誤解したルイが、ぎこちない褒め言葉を口にした。


「ちげぇよ!ただ思ってたより、何かこう……女っぽく見えるから驚いてたんだよ」


 それを見惚れているのだと反論されれば、孝宏には言い返す言葉もないが、ルイはそうとは言わず納得して頷いた。


「そりゃそうだ。僕がそれらしく見えるようにしたんだから」


 女性の胸まで再現しているのであれば、それらしくというのはこの場合、女性らしくという意味合いだ。魔術の効果が表れるまで嫌に長かったのは、他にも小細工していたのが理由のようだった。


「すごいだろう?」


 ルイは自信満々だ。孝宏は多少呆れたものの、素直に頷きすごいと繰り返した。

 ところがルイはその答えには満足せず、大げさに耳に手を当て聞き返した。
 今は布地で隠れているが、ルイの耳は孝宏と違い頭の横ではなく、上部に並んで付いているので、ルイの手もそのあたりに添えられている。


「はい?タカヒロはさっき何て言ってたっけ?魔法なんて…………とか?」


 根に持つ奴だ。大げさに振る舞っているあたり、だたふざけているだけだろう。


「はいはい、取り消す。俺の負け。ルイはすげぇよ」


 魔術でなく自分が褒められ、不意を突かれルイは照れくさくて頬を赤らめた。そのままでも分かりはしないのに、孝宏に悟らせたくなくて、口元を覆う布を無意識の内に引き上げた。
 その行為が逆に不自然で、何かあるのかと勘ぐったがあえて触れず、孝宏は陽気に笑った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者じゃないと追放された最強職【なんでも屋】は、スキル【DIY】で異世界を無双します

華音 楓
ファンタジー
旧題:re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~ 「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」  国王から殺気を含んだ声で告げられた海人は頷く他なかった。  ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。  その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。  だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。  城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。  この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」 その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。 『万能職』は冒険者の最底辺職だ。 冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。 『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。 口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。 要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。 その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。

ギルドの小さな看板娘さん~実はモンスターを完全回避できちゃいます。夢はたくさんのもふもふ幻獣と暮らすことです~

うみ
ファンタジー
「魔法のリンゴあります! いかがですか!」 探索者ギルドで満面の笑みを浮かべ、元気よく魔法のリンゴを売る幼い少女チハル。 探索者たちから可愛がられ、魔法のリンゴは毎日完売御礼! 単に彼女が愛らしいから売り切れているわけではなく、魔法のリンゴはなかなかのものなのだ。 そんな彼女には「夜」の仕事もあった。それは、迷宮で迷子になった探索者をこっそり助け出すこと。 小さな彼女には秘密があった。 彼女の奏でる「魔曲」を聞いたモンスターは借りてきた猫のように大人しくなる。 魔曲の力で彼女は安全に探索者を救い出すことができるのだ。 そんな彼女の夢は「魔晶石」を集め、幻獣を喚び一緒に暮らすこと。 たくさんのもふもふ幻獣と暮らすことを夢見て今日もチハルは「魔法のリンゴ」を売りに行く。 実は彼女は人間ではなく――その正体は。 チハルを中心としたほのぼの、柔らかなおはなしをどうぞお楽しみください。

夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話

束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。 クライヴには想い人がいるという噂があった。 それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。 晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。

処理中です...