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夢に咲く花

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――ジャリ――


 ぼんやりと空を見上げる孝宏に、背後に立つルイが足先を向けた。


 老婆はすました顔で椀の上の石をつまみ上げ、一つ一つ睨み付けている。
 孝宏は巨大な蜘蛛の巣に目を奪われ、二人の話が終わっていることにも、ルイが静かに近づいてきていることにも全く気が付いていなかった。ただ蜘蛛がこれからどのようにするのか、興味深そうに見上げている。
 だからルイがいつの間にか手に持っていたそれを、いきなり孝宏の頭に乗せた時も、心臓が飛び跳ねるくらい驚いて、文字通り飛び跳ねて後ずさった。


「あははは!」


 ルイが楽しそうに笑い、何故かはわからないが老婆の隣で店を構えていた男が、こちらに向かって笑顔で手を振っている。


「いきなり何すんだ!」


 ルイが自分に何かをしたのは確実で、頭に違和感を覚える。何かが首にまとわりつき、赤い影が顔面を覆う。それをかき上げ、指に絡ませ無造作に握り引っ張ると、それは簡単にするりと滑り落ち孝宏の手にぶら下がった。


「何だよこれ?」


「あー!勝手に取るなよ。被ったらどんな具合か見て、参考にしたかったのに」


 ルイがすかさず不満を漏らすが、もっともらしい理由を主張しても、声がかすかに上擦っている。頭を覆う布に隠れ、表情が読めなくともルイが何を考えているか、何となくだが想像が付く。


「まさかとは思うがこれウィッグ……かつらか?」


「そう。僕もいつまでもこんな暑苦しいのつけているのは嫌だからね。参考しようと思って」


 孝宏が知っているかつらやウィッグとはずいぶんとかけ離れた、かつらというには粗末なそれを、頭に乗せる具合に自身の拳に乗せた。


「これがかつら……ねぇ」


 一本一本の毛は太めの毛糸ほどもあり、固くごわごわとした肌触りは、孝宏が知るどの髪質とも程遠く、強いて言うなら、昔気まぐれで餌をやって懐かれた野良犬の毛並みが、このような感じだったと記憶している。

 買いたいと駄々をこねて反対する親を一週間かけて説得したのに、もともと病気だったのだ。一か月もしないうちに死んでしまった。妙に愛嬌のある犬で、もしかすると、元々飼い犬だったのかもしれない。
 不意に思い出した感傷に浸っていると、ルイが孝宏の手からかつらを取り上げ、再び、孝宏の頭に乗せた。


「普通ならちょっと魔力を込めれば使えるはずなのに……本当に面白くない奴だよね」


 最後に漏れた本音に、孝宏はどうも答えようがない。
 もし魔法が普通に通用していたならば、今頃はルイの玩具になっていたのかと思うと、魔法が通用しない今の状態も悪くないと思える。できそこないのかつらなど良い笑い者になるだけで、孝宏には何のうま味もない。


「モップを被る趣味はねぇよ」


「モップ?違うよ、これは…………被るだけでまるで地毛のように変化。これさえあれば歳を取るのも怖くない! という大変便利な道具だ。どうせ異世界にはこんな便利な物はないだろう?」


 見下ろすルイの口元は隠れて見えないが、目は口よりも物を言う。孝宏にもルイが得意げに笑っている様がありありと思い浮かんだ。
 ルイが時折見せる、地球を見下した物言いは多少内心腹も立つが、心とは裏腹に孝宏は微笑んで見せた。

 孝宏は耳に被さる一房をかき上げ、耳に掛けた。ルイを上目遣いで見上げモデルを気取るが、このかつらではさっぱり様にならない。


「どこら辺が地毛のように変化だよ。魔法も大したことねぇな。これなら地球のほうがかーな-り、マシだな」


 孝宏は目を細め、歯を見せてニッと笑い、反対にルイは眉間に皺を寄せた。


「じっとしてて。今、僕が見せてあげるから」


 ルイはかつらを押さえつける手をに一層の力を込め、術式を唱え始めた。
 孝宏は頭にかかる圧に首を垂れ、背骨が丸く縮む。首をもたげようとしても上がらず、抵抗するほどに首が痛んだ。
 低く鬼気迫る声色にいつになくルイの本気が伺えて、孝宏が抵抗を止めると頭を押さえつけるルイの力が緩み、孝宏は頭を下げたまま傾けてルイを見上げた。

 半分閉じた目は確かに孝宏を見下ろしているのに、視線は合わず、普段は暗い色をしているルイの瞳が、夕日のごとく僅かな時を輝く。
 フッとルイの瞳から光が消えた後、それを待っていたかのように、孝宏は息苦しさを覚えて胸を押さえながらその場に蹲った。地面に膝を付き、正座をする格好で前かがみに背中を丸めた。


「偽りをまとえ、覆い隠せ。お前は決して壊れない」


 一瞬ひきつけるように息が詰まり、全身に大きく脈打つ感覚があった後は、それまでが嘘のように穏やかに戻った。
 呼吸を整え体を起こすと、何故か長い髪が擦れてチリチリと鳴りかすかに耳に触れる。
 孝宏が明らかに地毛よりも長い前髪をかき上げると、頭皮を引っ張る感覚が確かにあり、背中まである後ろ髪を撫でて下ろす。側頭部を撫でながら一房指に挟み、自身にも見えるように引っ張った。鮮やかな赤い髪。


「すごいだろう?僕が本気になればこのくらい軽いね」


 ルイは得意げに手を当て胸を張った。





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