上 下
100 / 180
夢に咲く花

27

しおりを挟む

 空高く、風になびく絹糸のような細長い雲に、どこまでも続く濃い空色はどこか懐かしさを感じる。

 冬の日差しは柔らかく、今日の風は冷たくともどこか心地よい。だと言うのに、青い空が愁いを帯びているように感じるのは、眼下に広がる町を映しているからか。

 短く刈り揃えられた芝生の広場に挟まれた、道路に面した建物。役所であったはずの建物を前に、カダンたち三人は言葉もなく立ち尽くしていた。


 歩道の真ん中に立ったまま動かない三人を、通行人は迷惑そうに避けていくが、三人はまるで目に入っていないようだ。

 三人が見つめる古いレンガ造りの建物は、煤けた壁だけを残し内部は黒く焼け、中に見える兵士たちは、誰もが難しい表情で顔を突き合わせている。何があったのか、誰がだって解るだろう。


 いつ起こったのかは解らないが、黒く炭となった建物内部からは、一筋の煙も見当たらない。すでに冷え切っている。昨晩は静かなものだった。火事が起きたのは一昨日より以前だ。


 カダンはそばを通りかかった、上背のある体躯の良い若い男を呼び止めて尋ねた。

 頭部に立派な二本の角を持つ、おそらくは山羊人の男。カダンを見下ろし一瞥しただけで、そのまま通り過ぎようとする。

 強張った表情からすると、男は急いでいるのかもしれない。それでもと、もう一度引き止めると、男は立ち止まってくれたものの、あからさまに迷惑そうに眉を潜めた。


「三日前に火事があったらしい。役所、留置所、役人の宿舎などが全部焼けたのだ。お前たちは旅人か?もし役所に用事があるのなら、ここの反対の広場に臨時のテントを張っている。そこに向かうと良い」


「留置所に捕えられていた人はどうなったんですか?」


「全員焼け死んだと聞いている。まあ、留置所と言っても、ここにいたのは指名手配されていた、罪状などほぼ決まっていたような極悪人ばかりだ。同情もしてられんな。自分は急ぐのでこれで失礼する」


 顔色一つ変えず、男は早口でまくし立てると、礼を言う間もなく足早に去って行った。


「まさか……だろう?」


 男が立ち去った後、カウルは顔を青ざめさせて言った。

 唇をキュッと噛みしめ、視線をカダンに向けているが、そのカダンも焼けた役所を見つめたまま、言葉なく立ち尽くしている。

 そんな中、マリーだけが平静を装って笑ってみせた。


「大丈夫よ、きっと。ここに収監されてたって決まったわけじゃない。それにあれから何もないし、そもそも私たちを狙った奴らじゃないのかも知れないじゃない」


 マリーの言葉にカダンとカウルは短く頷いただけ、カウルに至ってはマリーをちらりとも見ずに、地面に視線を落とした。


「取りあえず仮設のテントに行ってみよう?まずはそれから、ね?」


 役所がある火事となった一帯は、青々とした芝生の広場に囲われ、延焼は芝生を三割程焼いた所で止まっていた。
 当然その広場を含めたすべてが立ち入り禁止になっている為、教えられた場所に行くためには、大きく迂回しなくてはいけない。

 カウルはマリーに促され頷きはしたが、心ここにあらずと言った様子で、ただただ唇を噛みしめ地面を睨みつけている。

 マリーは多少の苛立ちを覚えながら構わず歩き出し、それにカダンが続き、数歩遅れてカウルが一番後ろを歩き始めた。

 一番後ろをゆっくりと付いてくるカウルを、マリーは何度も声を掛けようと後ろを振り返るが、かける言葉が見つからず、固く結んだ口元をそっと撫でた。

 カウル自身マリーの視線に気が付いてよさそうなものだが、言葉をかけてくるどころか、目を合わそうともしない。


 森で襲われた後辺りから、二人の間には気まずい雰囲気が消えずにいる。


 道添に植えられた腰丈の植木の内側を左に曲がると、僅かな時間カウルが見えなくなる。そのタイミングを見計らい、カダンはマリーに話しかけた。


「まだ喧嘩してるの?」


 食事処とのれんが掛けられた建物の角にカウルの姿が隠れ、マリーが前を向くと、呆れ困った様に笑むカダンと目が合った。

 マリーは一瞬身構えたが、だとしてもことの顛末はすでに知られているのだから、ここで黙っていても同じだろう。


「もう終わったって言うか、まだ続いているって言うか。最初はちょっとした意見の食い違いだったの。それは知っているでしょ?」


 賊に襲われたあの日、孝宏とカダンが倒れ、ルイが疲労で寝込んでしまった後のことだ。


 賊は死刑になるだろうとカウルが言ったのに対し、反論したのがまずかった。

 マリーの出身国は死刑制度を廃止して久しい。マリー自身死刑制度は廃止すべきだと思っており、持論をカウル相手にまくし立てたのだ。

 自分の意見が間違っているとは今でも思っていないが、やはりもう少し自重するべきだったと反省している。

 カダンの目つきが心なしか鋭く光る。それがあの時のカウルを彷彿とさせ、マリーは息を飲んだ。


「………知ってるよ。でもカウルが怒ったのは、マリーが賊を庇ったように聞こえたからで、誤解は解けたんだよね?そう言ってたじゃないか」


 ようやく角を曲がり姿を見せたカウルに、カダンが目をやった。彼は相も変わらず地面を睨みつけながら歩いている。

 カウルの様子がおかしいのでずっと気になっていたが、マリーとの仲がこじれていると思っていなかったので、カダンは少なからず驚いていた。

 慎重で比較的寛容な彼を激怒させるのは、実は難しい。マリーと気まずくなっても、態度を変える程怒るのは正直意外だった。

 マリーはカダンとの間を詰め、声を落とした。


「それがその後、左手を動かせない彼を手伝っている内にね、これを落としたのよ。喧嘩してから、ずっと気まずい感じで、だんだんと会話も少なくなって、これを失くした後はずっとあんな感じ」


 マリーは自分の左手首を、カダンに見せつけた。くいっと一回手首を捻ると、カダンは何故か笑いながらああっと知ったように頷いた。


「なんだ、そんなことか。俺はてっきり……」


「何だとは何よ。笑うことないでしょう?こっちは真剣に悩んでるんだから」


 マリーは眉をひそめ、細めた目をカダンに向けた。まだ不満を言い足りない口を真一文字に結ぶと、《んん》と小さく唸って抗議した。


「ごめん、ごめん……仕方ないんじゃないかな。多分マリーのせいじゃないよ。だってあれは………」


 言いかけで、やや間をあけて続けた。


「カウルは魔法が苦手なのは……知ってるよね?」


「知ってる」


「たぶんあの腕輪に掛けた魔法も、きちんとかかっていなかったんだと思うよ。魔法が解けて、気が付かない内に崩れてしまったんじゃないかな。それでもカウルの魔法にしては良く持った方だよ」


「何よそれ。もしもそうだとしても、落とした時に気が付くべきだったのよ。どうしたら良いんだろ……」


 マリーはどうしようなどと肩を落とすが、もう後ろを振り返る気にはならなかった。

 何度謝っても、気にしなくて良いと言ってくれても、カウルはずっとあの調子だ。おそらくは彼自身の中で整理が付かない限り変わらない。


「しょうがないっ」


 小さくしかし、気持ち大きめに漏らした声は、後ろをうつろに付いてくる彼には届かなかった。





















しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

追放シーフの成り上がり

白銀六花
ファンタジー
王都のギルドでSS級まで上り詰めた冒険者パーティー【オリオン】の一員として日々活躍するディーノ。 前衛のシーフとしてモンスターを翻弄し、回避しながらダメージを蓄積させていき、最後はパーティー全員でトドメを刺す。 これがディーノの所属するオリオンの戦い方だ。 ところが、SS級モンスター相手に命がけで戦うディーノに対し、ほぼ無傷で戦闘を終えるパーティーメンバー。 ディーノのスキル【ギフト】によってパーティーメンバーのステータスを上昇させ、パーティー内でも誰よりも戦闘に貢献していたはずなのに…… 「お前、俺達の実力についてこれなくなってるんじゃねぇの?」とパーティーを追放される。 ディーノを追放し、新たな仲間とパーティーを再結成した元仲間達。 新生パーティー【ブレイブ】でクエストに出るも、以前とは違い命がけの戦闘を繰り広げ、クエストには失敗を繰り返す。 理由もわからず怒りに震え、新入りを役立たずと怒鳴りちらす元仲間達。 そしてソロの冒険者として活動し始めるとディーノは、自分のスキルを見直す事となり、S級冒険者として活躍していく事となる。 ディーノもまさか、パーティーに所属していた事で弱くなっていたなどと気付く事もなかったのだ。 それと同じく、自分がパーティーに所属していた事で仲間を弱いままにしてしまった事にも気付いてしまう。 自由気ままなソロ冒険者生活を楽しむディーノ。 そこに元仲間が会いに来て「戻って来い」? 戻る気などさらさら無いディーノはあっさりと断り、一人自由な生活を……と、思えば何故かブレイブの新人が頼って来た。

妖精王オベロンの異世界生活

悠十
ファンタジー
 ある日、サラリーマンの佐々木良太は車に轢かれそうになっていたお婆さんを庇って死んでしまった。  それは、良太が勤める会社が世界初の仮想空間による体感型ゲームを世界に発表し、良太がGMキャラの一人に、所謂『中の人』選ばれた、そんな希望に満ち溢れた、ある日の事だった。  お婆さんを助けた事に後悔はないが、未練があった良太の魂を拾い上げたのは、良太が助けたお婆さんだった。  彼女は、異世界の女神様だったのだ。  女神様は良太に提案する。 「私の管理する世界に転生しませんか?」  そして、良太は女神様の管理する世界に『妖精王オベロン』として転生する事になった。  そこから始まる、妖精王オベロンの異世界生活。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが

倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、  どちらが良い?……ですか。」 「異世界転生で。」  即答。  転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。  なろうにも数話遅れてますが投稿しております。 誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。 自分でも見直しますが、ご協力お願いします。 感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

処理中です...