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夢に咲く花

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 空高く、風になびく絹糸のような細長い雲に、どこまでも続く濃い空色はどこか懐かしさを感じる。

 冬の日差しは柔らかく、今日の風は冷たくともどこか心地よい。だと言うのに、青い空が愁いを帯びているように感じるのは、眼下に広がる町を映しているからか。

 短く刈り揃えられた芝生の広場に挟まれた、道路に面した建物。役所であったはずの建物を前に、カダンたち三人は言葉もなく立ち尽くしていた。


 歩道の真ん中に立ったまま動かない三人を、通行人は迷惑そうに避けていくが、三人はまるで目に入っていないようだ。

 三人が見つめる古いレンガ造りの建物は、煤けた壁だけを残し内部は黒く焼け、中に見える兵士たちは、誰もが難しい表情で顔を突き合わせている。何があったのか、誰がだって解るだろう。


 いつ起こったのかは解らないが、黒く炭となった建物内部からは、一筋の煙も見当たらない。すでに冷え切っている。昨晩は静かなものだった。火事が起きたのは一昨日より以前だ。


 カダンはそばを通りかかった、上背のある体躯の良い若い男を呼び止めて尋ねた。

 頭部に立派な二本の角を持つ、おそらくは山羊人の男。カダンを見下ろし一瞥しただけで、そのまま通り過ぎようとする。

 強張った表情からすると、男は急いでいるのかもしれない。それでもと、もう一度引き止めると、男は立ち止まってくれたものの、あからさまに迷惑そうに眉を潜めた。


「三日前に火事があったらしい。役所、留置所、役人の宿舎などが全部焼けたのだ。お前たちは旅人か?もし役所に用事があるのなら、ここの反対の広場に臨時のテントを張っている。そこに向かうと良い」


「留置所に捕えられていた人はどうなったんですか?」


「全員焼け死んだと聞いている。まあ、留置所と言っても、ここにいたのは指名手配されていた、罪状などほぼ決まっていたような極悪人ばかりだ。同情もしてられんな。自分は急ぐのでこれで失礼する」


 顔色一つ変えず、男は早口でまくし立てると、礼を言う間もなく足早に去って行った。


「まさか……だろう?」


 男が立ち去った後、カウルは顔を青ざめさせて言った。

 唇をキュッと噛みしめ、視線をカダンに向けているが、そのカダンも焼けた役所を見つめたまま、言葉なく立ち尽くしている。

 そんな中、マリーだけが平静を装って笑ってみせた。


「大丈夫よ、きっと。ここに収監されてたって決まったわけじゃない。それにあれから何もないし、そもそも私たちを狙った奴らじゃないのかも知れないじゃない」


 マリーの言葉にカダンとカウルは短く頷いただけ、カウルに至ってはマリーをちらりとも見ずに、地面に視線を落とした。


「取りあえず仮設のテントに行ってみよう?まずはそれから、ね?」


 役所がある火事となった一帯は、青々とした芝生の広場に囲われ、延焼は芝生を三割程焼いた所で止まっていた。
 当然その広場を含めたすべてが立ち入り禁止になっている為、教えられた場所に行くためには、大きく迂回しなくてはいけない。

 カウルはマリーに促され頷きはしたが、心ここにあらずと言った様子で、ただただ唇を噛みしめ地面を睨みつけている。

 マリーは多少の苛立ちを覚えながら構わず歩き出し、それにカダンが続き、数歩遅れてカウルが一番後ろを歩き始めた。

 一番後ろをゆっくりと付いてくるカウルを、マリーは何度も声を掛けようと後ろを振り返るが、かける言葉が見つからず、固く結んだ口元をそっと撫でた。

 カウル自身マリーの視線に気が付いてよさそうなものだが、言葉をかけてくるどころか、目を合わそうともしない。


 森で襲われた後辺りから、二人の間には気まずい雰囲気が消えずにいる。


 道添に植えられた腰丈の植木の内側を左に曲がると、僅かな時間カウルが見えなくなる。そのタイミングを見計らい、カダンはマリーに話しかけた。


「まだ喧嘩してるの?」


 食事処とのれんが掛けられた建物の角にカウルの姿が隠れ、マリーが前を向くと、呆れ困った様に笑むカダンと目が合った。

 マリーは一瞬身構えたが、だとしてもことの顛末はすでに知られているのだから、ここで黙っていても同じだろう。


「もう終わったって言うか、まだ続いているって言うか。最初はちょっとした意見の食い違いだったの。それは知っているでしょ?」


 賊に襲われたあの日、孝宏とカダンが倒れ、ルイが疲労で寝込んでしまった後のことだ。


 賊は死刑になるだろうとカウルが言ったのに対し、反論したのがまずかった。

 マリーの出身国は死刑制度を廃止して久しい。マリー自身死刑制度は廃止すべきだと思っており、持論をカウル相手にまくし立てたのだ。

 自分の意見が間違っているとは今でも思っていないが、やはりもう少し自重するべきだったと反省している。

 カダンの目つきが心なしか鋭く光る。それがあの時のカウルを彷彿とさせ、マリーは息を飲んだ。


「………知ってるよ。でもカウルが怒ったのは、マリーが賊を庇ったように聞こえたからで、誤解は解けたんだよね?そう言ってたじゃないか」


 ようやく角を曲がり姿を見せたカウルに、カダンが目をやった。彼は相も変わらず地面を睨みつけながら歩いている。

 カウルの様子がおかしいのでずっと気になっていたが、マリーとの仲がこじれていると思っていなかったので、カダンは少なからず驚いていた。

 慎重で比較的寛容な彼を激怒させるのは、実は難しい。マリーと気まずくなっても、態度を変える程怒るのは正直意外だった。

 マリーはカダンとの間を詰め、声を落とした。


「それがその後、左手を動かせない彼を手伝っている内にね、これを落としたのよ。喧嘩してから、ずっと気まずい感じで、だんだんと会話も少なくなって、これを失くした後はずっとあんな感じ」


 マリーは自分の左手首を、カダンに見せつけた。くいっと一回手首を捻ると、カダンは何故か笑いながらああっと知ったように頷いた。


「なんだ、そんなことか。俺はてっきり……」


「何だとは何よ。笑うことないでしょう?こっちは真剣に悩んでるんだから」


 マリーは眉をひそめ、細めた目をカダンに向けた。まだ不満を言い足りない口を真一文字に結ぶと、《んん》と小さく唸って抗議した。


「ごめん、ごめん……仕方ないんじゃないかな。多分マリーのせいじゃないよ。だってあれは………」


 言いかけで、やや間をあけて続けた。


「カウルは魔法が苦手なのは……知ってるよね?」


「知ってる」


「たぶんあの腕輪に掛けた魔法も、きちんとかかっていなかったんだと思うよ。魔法が解けて、気が付かない内に崩れてしまったんじゃないかな。それでもカウルの魔法にしては良く持った方だよ」


「何よそれ。もしもそうだとしても、落とした時に気が付くべきだったのよ。どうしたら良いんだろ……」


 マリーはどうしようなどと肩を落とすが、もう後ろを振り返る気にはならなかった。

 何度謝っても、気にしなくて良いと言ってくれても、カウルはずっとあの調子だ。おそらくは彼自身の中で整理が付かない限り変わらない。


「しょうがないっ」


 小さくしかし、気持ち大きめに漏らした声は、後ろをうつろに付いてくる彼には届かなかった。





















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