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夢に咲く花

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 孝宏と会話している最中でもルイは、顔を俯けたまま手元は今も作業中だ。

 見張りに魔術具作り、ルイも孝宏同様、夜はあまり寝ていないかもしれない。色白のルイの肌だから、目の下の隈は余計にくっりきと浮き出ている。

 疲労から手元が狂わないかと、刃物を扱っている時などは、見ていてハラハラする。

 
「これでようやく安心して眠れる、ホント。確かに前のはすごかったけど、外れないし、体は重いしで。正直しんどかったんだ。あり……」


 そう言いながら、孝宏はふと何気なしにルイの手元を覗き込んだのだ。しかし、彼が手にしているそれを見るなり、言葉の最後をコップの水と共に飲み込んだ。


「その割には一番よく寝てたけど。そんなとことより、タカヒロにお願いがあるんだけど………」


 ようやく作業が終わったのか、ルイはそれを孝宏に良く見えるよう、掌に乗せやや傾け持ち上げた。

 ルイの掌に鎮座するそれは、小さな白い花で作られた見覚えのある輪っか。数日前までマリーの腕を飾っていたそれによく似ている。

 孝宏は嫌な予感が脳裏を過った。


「まさかそれをマリーに渡して来いとか…………言うんじゃないよな?」


 孝宏がそう言うと、ルイはばつが悪そうに口元を引きつらせ、白い歯を覗かせた。


「やっぱりダメ、かな?僕が渡すのは……ほら色々と誤解を生みそうだろう?」


 ルイは妙な言い方をする。

 誤解も何も、他にどんな意味を持つのだろう。それを送るのは将来を誓うのだと、特別だと言ったのはルイ自身だ。
 それはカウルとマリーの態度からも見て取れたし、それを今さら何を言っているんだと、孝宏は首を捻った。そして、一つの可能性に思い当たり顔をしかめた。

 孝宏は反射的にルイを指さす。


「ってまさか……お前、それ盗んだのか?」


「は!?違っ違う!ぼ、僕はただ…………」


 ルイの表情が一瞬にして引きつり、とっさに出る否定の言葉も、声は裏返っている。孝宏の中で疑惑が確信に変わった。


「いくら妬ましいからって、それはないだろう?嫉妬で嫌がらせなんてかっこ悪いだけだし。確かにあの二人ちょっと鬱陶しい時はあるけど、でもだからってこういうのは駄目だって」


「だから違うって!……そりゃまあ、少しは……あ、いや、じゃなくてただ……」


 ルイは一度口を閉ざし間を取った。ばつが悪いのか、視線をやや下に落とし顔を顰める。


「カウルの奴、下手すぎるんだよ。あんなんじゃ、一週間も持たないよ」


 ルイが苦々しく言う《あんなの》が何の事が良く解らないが、表情が剥き出しの彼の動揺は明らかだ。

 忙しなく視線が泳ぎ、赤毛の尻尾が小さく揺れ、耳を震わせている。

 ルイは孝宏の目を気にしてか、顔下半分を掌で覆い、撫でながら咳払いで動揺を誤魔化すと、今度はいくらか落ち着いた様子で説明を加えた。


「この花輪は普通一年毎に決まった相手に渡すんだ。だから魔法も一年間続くようにかけるんだけど、カウルの魔法じゃ一年どころか、すでに解けかけてたから。それじゃあ、あっという間に枯れちゃうだろう?だからこっそり直してやろうと思って……その……こっそりと………」


「それで、盗んだのか?マリーの元気がないと思ったらそう言う訳か。ずっと腕に着けてたのに、この所してないから、変だと思ったんだ。ただでさえカウルに怪我をさせるは、ルイにこっぴどく叱られるはでしょげてたのに、腕輪まで失くしたんじゃ、そりゃ落ち込むよ」


「あれに関しては、僕は悪くないから。それより、何って言って返せばいいのか解らなくて、ずっと持ってるんだ。……なあ、これどうしよう?」


 どうしようと聞かれても、孝宏に良い案があるはずもなく、ルイの伺う視線を横目に、二杯目の水をグイッと飲み干した。


「俺に聞くなよ。って言うか直接返すのが気まずいなら、鞄の中にこっそり入れておけば良いんじゃねぇの?一度探した所からひょっこり出てくるってよくあるし、何言われても知らないって言えばいいじゃん」


「それは、そうなんだけど、さ……」


 ルイは何故か言葉を濁し、視線を左右に揺らしながら下へ落とした。手元の花輪をじっと見つめ、今も迷った様子で愛おしげに指の腹で優しく撫でる。


「…………」


 ルイの表情が僅かに強張ったかと思うと、幾度か右手の中指と親指の爪を弾いた。

 そんなルイを横目に、孝宏は空になったコップをテーブルの上に戻すと、ゴロリとベッドに横たわった。

 薄汚れた天井が目に入った所で目を閉じると、ずっと着っぱなしのジャケットの内ポケットに手を伸ばした。

 掌に納まる程度の冷たく四角いそれは、今は自分と地球を繋ぎとめる唯一の物。大切なものだからこそ、そこにしまってある。

 ルイが黙っていた時間は僅かだった。
 ため息交じりに《そうだよな》と零し、ベッドから降りると、部屋の隅にまとめてある荷物の中から小振りの鞄を持ち上げた。鞄の中に花輪を奥へ入れ、その後鞄を丁寧に元の場所に戻す。

 孝宏は目を閉じたまま、ベッドの上に仰向けに転がっているルイは孝宏の肩を軽く揺すった。


「なあ、町に出かけないか?欲しい物があるんだ。気分転換にもなるし、ここでじっとしているより良いだろう?付き合えよ」


 本当は眠気などまったくない。孝宏は片目だけを薄っすら開け、首を傾けただけでルイを視界に捕えた。


「別に良いけど……」



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