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夢に咲く花

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 なぜ襲われたのかもわからないまま孝宏たちは、四日もあれば足りる道のりを、一週間かけようやく目的の町へたどり着いた。

 王都への定期船が出るその町は、多くの人が行き交い、活気に溢れ、また興味深い品々が露店に並び、旅人を誘っている。
 しかし五人は町に入ると真っ先に宿を取り、身を横たえた。

 いくつかある中でも安そうな宿を選んだとは言え、外見以上に部屋の作りは質素で、木製の壁は薄い。
 ベッドは板に厚めの布を引き、木版の冷たさを若干緩和しているだけで、固い車の中と大差ない。それでも手足を伸ばして寝られるだけ、これまでよりはだいぶマシに思える。

 牛を小屋に繋ぐために、カウルが一人遅れて部屋に入った時も、カダンを除く三人は、ベッドの上で身じろぎ一つせずに伸びていた。

 カダンは部屋に一つしかない椅子に座り、戸枠に頬杖を付いて外を眺めていた。
 カウルが部屋に入ってくると、労いの言葉をかけたが、カウルはそれに答えぬまま開いているベッドの一つに腰かけ、そのまま仰向けに倒れた。

 そうやって一旦は三人と同じく目を閉じたが、すぐに身を起こした。


「なあ、カダン?」


 カウルが声を潜めて言った。


「どうした?ここまで無理をしてきたんだ。俺が起きてるから、カウルは寝てて良いよ」


「もちろんそうするつもりだ。けど、あの連中がどうしても気になって。あれは何だったと思う?やっぱりマリーを利用しようって連中だったんだろうか?」


 あれから妙な輩に絡まれることなく、無事に町にたどり着いた。彼らがどうしてマリーを探していたのか、道中幾度となく話し合ったが答えは出ないままだ。

 ただの人攫いだったのか、それともマリーの力を利用しようと言うか輩だったのかもしれない。
 彼らはマリーをか弱い女の子だと思い込んでいた。ともすれば、たんなる人違いの線もある。

 誰かに頼まれたのなら、依頼主が盗賊を警戒し、あえてそう言ったのかもしれない。

 どちらにしろ、手元にある情報だけで、彼らの本当の目的を探るのは不可能に近い。


「それは直接聞くしかないね。明日役所に行ってみてからだよ。でも、一つだけ言えるのは、あれに軍が関わっていたのなら、あんな面倒はしなかっただろうね」


 もしも軍が、国が、マリーの力を必要とするのなら、まず盗賊などという輩を使うはずがない。公的機関ならば他にもっと確実な方法がいくらでもあるからだ。

 たとえ強引に事を運ぶとしても、孝宏たちがソコトラを出ると伝えた時点で拘束されていただろうし、何よりオウカのノートには、マリーの力と同等の効果が得られる術が載っていたのだ。今更マリーだけを狙う必要はない。


「それは俺も解ってる。だからこそ不安なんだ。解るだろう?」


 先が見えず、解らず、どうしても不安が残る。

 これはカウルだけでなく、皆同じだった。これまでと違った緊張感がまとわりつき、精神的疲労が蓄積されていくばかりだ。

 不安だと弱音を零すカウルに、カダンは椅子から立ち上がり、そっと頭を撫でた。


「解るよ。だから俺がいる。大丈夫、もうあの時みたいに無様を晒したりしないさ。だから……安心して寝てて」


 カダンがカウルを上から見下ろすと、目の下が陰になり隈がより濃く見える。

 額を押すと、カウルは初めの一瞬の反発の後、ふっと力が抜けベッドに崩れ落ちた。

 薄っすらと目を開き、しかしカダンを見上げる視線には力が籠る。


「もう……もいなく……なって欲しく、ない。お願……から……あ……」


 すべてを言い切る前に、言葉に込められた魔力に捕らわれ、カウルはそのまま眠りに落ちていった。


 そんな事があってから、孝宏が目を覚ましたのは翌朝になってからだった。とは言え、日はすっかり昇りきり、青々とした空には、二つの太陽が輝いている。

 孝宏は強烈な空腹感に吐き気をもよおし、腹を手で押さえながら身を起こした。

 開かれた窓から吹き込む冷たい風が、気持ち悪さをいくらか和らげてくれる。

 ベッドの上であぐらをかいたルイが、こちらを一瞥し《おはよう》と声を掛けてきた。部屋にはルイと孝宏以外誰もいない。

 今はターバンを取り、後ろ姿だけだとほとんどカウルと見分けがつかない。


「おはよう…………他の皆は?」


 孝宏が寝ぐせの付いたぼさぼさの頭を掻き毟りながら尋ねると、ルイはあきれた様子で振り返った。


「とっくに出た。ついでに買い出しも行ってくるって。テーブルの上に朝ごはん置いてあるから食べてよ。まあ、もう時期に昼になるけど」


 部屋に備え付けられた小さなテーブルの上には、パンと冷えたスープ、サラダとソーセージが用意されてる。

 久しぶりのに、孝宏は喉を鳴らし手を合わせた。

 パンにサラダとソーセージを挟み三口で胃の中に収めると、スープを一気に飲み干す。あっという間に朝食を終えると、最後に水差しからコップに水を注いだ。


「遅くなったけど、一応籠手は仕上げたから。適当に着けててよ」


 あぐらをかいたルイの膝元に無造作に転がる、いくつかの魔術具の中に、銀色の籠手か一対。どこにもヒビの入っていない綺麗な銀色。不自然にも大きさの違う文字が入り混じって並ぶ。


 森の中で襲われてからというもの、ルイは彼の祖父の魔術具を使いやすいよう仕立て直していた。


 もちろんそのままでも、カウルやカダンなどは難なく使いこなしただろうが、マリーやましてや孝宏はそうはいかない。


 何かあった時の為、まずは身の安全を優先するべきだと、ルイは考えていた。とは言え、今は時間も余裕もなく、一からすべてをやり直せる訳もなく、術式の仕様を魔術を使い整えただけだ。

 もちろん祖父の魔術具を出来るだけ、そのままの形で残して置きたかったというのもある。


 多少なりとも術式の仕様を変えるのなら、本当は術式を手で彫り直した方が具合も良いし強度も出るのだが、今は時間もないのだし仕方がないだろう。それでも数が数だけに時間がかかった。後回しになっていた孝宏の籠手が仕上がったのは、たった今だ。

 おかげで孝宏はこの数日間、また寝ぼけて燃やすのではないかと、夜も眠れる日々を過ごしてたのだ。


「一応手動でも取り外ししやすいようにしてある。魔術具の効果自体は、壊れた部分と術を、僕の魔法で整えただけだから、正直言って前のより脆いし簡単に壊れるかも。でもその分…まあ、楽になるとは思うよ。前のはきつかっただろう?僕はそれくらいで十分だと思うんだ。カダンには内緒だからね」


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