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夢に咲く花
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しおりを挟む(ルイが怒るのも解るけど……これはきついな)
ルイが言う通り骨が砕かれていては、可哀想に、しばらく左腕は使えない。それは彼だけの問題ではなく、一緒に旅をしている自分たちにも支障をきたす。
普段の生活態度はいい加減で、やる気のないルイも、魔術に関してだけは違っていた。
彼に魔術を教わっている時も厳しく真剣で、ふざけようものなら容赦なく拳骨が飛んできた。
だから彼の怒りも納得できるのだが、しかし彼がマリーに対し、ここまで怒りを露わにするのは意外だった。
と言うのもどんな時も彼は、多少の程度の差ではあったがマリーには甘かったし、孝宏や鈴木と違って、拳骨が飛んでくることもなかった。それはルイの感情から来る甘さもあったが、大きな理由は彼女が優秀な生徒だったからだ。
その時はそれを妬ましく思いもしたが、今は逆に安堵している。
(俺、下手に魔法が使えなくて良かったぁ)
もしも好きな人が怪我をしているとして、自分が直せるかもしれないとする。そうなると孝宏でも間違いなく、治そうとするだろう。好きな相手だからこそ、虚栄心が働くのだ。根拠のない自信が湧いたりするのだ。
「ごめんなさい」
ルイの言葉の間、ずっとうつむけていた顔を上げた。可哀想になるくらい顔を真っ赤にして、今にも泣き出しそうなか細い声。
ルイの表情にも戸惑いの色が浮かぶが、それをカウルの位置から見えなかったのは、マリーにとって不幸だった。
「なあ、もう良いじゃないか。マリーだって悪気があったわけじゃないし、反省だってしてる」
《許してやってくれ》それまで黙っていたカウルが止めに入ったのだが、余計なひと言が火に油を注いだ。
ルイは激高し、奥歯をぐっと噛みしめ、手を震わした。
「マリーに魔術を教えているのは僕だよ?関係ないカウルは黙ってて」
怒気を孕む静かな声が、それまで以上に怖い。
今は自分が何を言っても逆効果だと悟り、カウルは口を噤む。
「そういやお前は大丈夫なのか?今朝はずいぶんと調子が良さそうだけど…………包帯取ったのか?」
孝宏の手や服の襟から覗く肌に、昨日自分が巻いた包帯が見えないのを不思議に思い、カウルは首を傾げ、右手で自身の左肩を指した。
「ああ、うん。朝起きたら怪我が全部治ってた。もう痛くも痒くもない。平気」
「たった一晩で?まさか………………そういや、カダンの様子はどうだった?」
「んーまだ寝てたから知らない。起こさないように出てきたから。でもこの騒ぎでも起きてこないなんて。ある意味すげぇよな」
孝宏は呑気に言うが、カウルは真面目な顔を崩そうしなかった。
カウルはバランスを崩しながらも立ち上がり、浮つく足どりで車に向かう。
「手、貸そうか?」
「いや、大丈夫だ」
カウルは孝宏の手助けを断ると、車に片手で器用に乗り込んだ。
それから数分後。ルイの説教は魔術のうんちくへと移り、孝宏もマリーの横に小さく座るはめになっていた。
騒動のそもそもの原因が、孝宏がカウルに火傷を負わせてしまった事にある故、ルイの怒りが孝宏に飛び火したのだ。
孝宏がルイの怒りを鎮める方法を思案していた所に、車から顔を出したカウルが講義を遮り、ルイに声を掛けた。
「ルイ!ちょっと来てくれ!カダンの様子がおかしい」
ルイが呼ばれるまま車に乗り込むと、カダンは寝たままで、昨夜最後に見た時と違い呼吸が苦しげだ。
魔力を使い果たし倒れた二人の回復には、魔力を補充するのが適当だった。それでルイは村でアベルに教わった陣を使ったのだ。
この中に一晩寝ていれば怪我は治らなくとも、少なくとも二人の魔力は回復すると思っていた。事実昨日最後に確認した時は、順調に回復してように見えていたし、だからこそルイは安心して休んだのだ。
「そんな……でもどうして……」
いくら確認しても車の床に描いた陣に間違いは見当たらず、文字が掻き消えている部分もない。
戸惑うルイにカウルが、車を覗くマリーと孝宏に聞こえないよう、そっと耳打ちした。
「孝宏は怪我すらも全回復らしい。たった一晩で。どう思う?」
「それって……まさか……」
どう思うと聞かれても、言葉にならない。
カウルの言うのが事実となら、原因はたった一つしか思い当たらない。ルイが後ろを振り返ると、心配そうにのぞき込む二人と視線がぶつかる。
状況を知りたがっているのだろう。説明してやりたいが、おそらくカダンはそれを望まない。孝宏に言ってしまえば後で叱られるのは自分たちだ。
ルイは何も言わず二人から視線を逸らした。
「あの状態で魔法を使えばそりゃ……」
「やっぱりそう思うよな。これじゃあ面倒事ばっか起こしやがってって…………言いたくなるよな」
「はぁ……」
たまらず零したカウルに、ルイは無言のまま顔を覆った。
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