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夢に咲く花

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「マリーまだか!?」

 返事はない。無言のままのマリーにじれったさを感じながら、孝宏は深呼吸で自身の荒れた呼吸を整えた。

 落ち着くためではない。気合いを入れ直すためだ。

 孝宏は勢いよく両手を振り上げた。同時に孝宏たちの周囲を火壁が囲い、火壁は外側に次々と現れ、男たちを押し返していく。

 見せかけでない正真正銘の火によって作られた分厚い壁は、周囲の温度を急激に高め、特に内側では熱気のために息苦しさが襲う。一秒でも長く火壁を維持しなければならないのだから、孝宏も必死だった。

 どれだけ調子が良くとも、こんな巨大な火がいつまで続く訳がない。

 火壁の向こうでは、下火になりつつある見せかけの火の中、正気を取り戻した男たちに新手が加わり、火壁が崩れる瞬間を、武器を構え、あるいは呪文の詠唱し今かと待ちわびている。

 それも一人二人でない。次から次へと現れて、ざっと数えただけでも十人以上はいるだろうか。


(奴ら、本当に大勢で来てたのか)


 徐々に弱まっていく火の勢いと共に、確実に蓄積されていく疲労に足が震え、心臓を握りつぶすかのような痛みと息苦しさに、孝宏はただ苛立ちばかりを募らせていった。


(もうやるしかない…………か?)


「っそが!いい加減目を覚ませよ!」


 その時だった。


「硬質な光は千本の矢になれ。俺たちの敵を打ち、貫き、すべて捉えろ」


 空には言葉の通り、白い硬質的な光を放つ矢が、それが雨のごとく降り注ぎ、男たちの絶叫が夜の森にこだました。


「あっっつい!!これじゃあ、僕らそのうち丸焼けになっちゃうよ」


「孝宏、火を消して大丈夫だ。後は俺たちに任せろ」


 孝宏は後ろを振り返らなくても分かった。


「二人とも、おっせぇよ」


 孝宏が空中を一撫でし、両手ともぐっと拳を握ると、渦巻く炎の壁が波打ち勢いが弱まる。


 しかし消えてはくれなかった。


 孝宏の意思を離れて勝手に勢いづいていた炎の、薄くなった壁の向こうで、武器を構えた男たちが透けて見える。

 そのままで絶好の的になりうる。そう考えた孝宏は足元に目を向けた。

 孝宏に投げられ、目を回し立てない男と、男が握っていた剣が足元に転がっている。

 孝宏に躊躇はなかった。膝を付いて剣を拾い、これまでと同じように切先をぐっと握ると、鋭い痛みと共に、刃を伝う鮮血が地面に黒いシミを残す。


「いってぇ……」


 孝宏の手から剣が零れ落ちると、暴走していた火はそれまでが嘘のように一瞬にして消え、それとほぼ同時にカウルが走り出し、孝宏の脇を駆け抜けていく。

 彼はいつ確認したのか、一目散に自身の剣を手に取ると、男たちが集まる中央で剣を勢いよく鞘から抜いた。

 孝宏は驚きのあまり口を開いたまま、目の前で繰り広げられる光景に見入っていた。

 カウルは確かに鞘から剣を引き抜いたのだ。しかし鞘から完全に引き抜かれた時、彼が手に持っていたのは剣でもただの刀でもなく、全長3メートル以上はあろうかと言う大刀。

 全体の三分の一を占める、火を噴く竜で模られた鋭い刃、鍔部分に鳥の羽が、まるでタテガミに似せて装飾されている。

 カウルは大刀を、おそらく重量もあるだろうに、まるでおもちゃでも振り回すがごとく、軽々と持ち上げ振り下ろした。

 カウルがそれを振り回せば、彼に近づける者など皆無だった。

 刃を立てていないが、だからと言って威力が半減するどころか、重量のある鈍器が容赦なく振るわれるのだ。男たちの腹を抉り、骨を砕く。

 カウルは自身から一定距離を保ち半円状に広がる男たちを横目に、鍔の鳥羽を数枚引き抜いき空に放り投げた。

 すると、羽はそれ自身が意志でもあるかのように、ヒラリヒラリと男たちの間をまんべんなく縫って飛んだ。そうかと思えば、羽を追うようにルイの放った橙色の閃光の爆発が襲う。

 マリーもカウルが投げ捨てた鞘を握り締め、果敢に応戦し男たちの急所目掛けて、振り上げた。


「皆すげぇ」


 孝宏はと言うと、極度の疲労と、今さらながら痛み出した二か所の刀傷に、気力を奪われ地面に倒れこんだ。

 いや、正確に言えば地面に倒れそうになった、が正しい。地面との衝撃に備える前に、孝宏を支える人がいた。


「大丈夫?」


 そう言って孝宏を自身の胸と腕で受け止め、地面に倒れる衝撃を受け止めてくれたのはルイだ。


「辛いのは解るけど、もう少し頑張れない?今ここで倒れたら、邪魔なんだ」


「邪魔って誰のお蔭で……」


「孝宏が居てくれたから助かった。解ってる、でも今は倒れたらダメ。邪魔だよ」


「解ってるなら、もっと労われよ」


 その時孝宏は自分たち勝利を確信していたが、その後に起こった出来事はまったくの予想外だった。


 ガサガサ……茂みが揺れ奥から人が現れた。

 まだ仲間がいたのかと孝宏は一瞬身構えたが、出てきたのはカダンで、ふっと力を抜いた。

 孝宏たちと同じく身ぐるみ剥がされ、寒空の下薄手のシャツ一枚で、カダンもこの光景を脳で処理しきれずにいるのだろう、呆然としている。

 戦況は優勢とはいえ、お互いまったく無事で立っているやつなんて一人もいやしない。

 孝宏などは未だ立てずにルイに抱えらているし、カウルやマリーだって傷だらけで、得物を振るっている。

 そんな状況を見て、カダンが最終的にどう思ったのかわからない。

 だたその時の彼は、爆発的に膨れ上がる魔力がその身に納まりきれず、体を中心に渦を巻き、孝宏に見えているのはもはやカダンではなく、巨大な光の渦であった。


「俺は血の制限を解除する。魔力の解放と集約。カウル、ルイ、悪いが後はよろしく頼むぞ」


 何をよろしくするのだろう、と状況を理解できない孝宏やマリーは成り行きを見守るだけだったが、カウルとルイの動揺は明らかだった。

 カウルはマリーに耳元で何かを囁き、ルイは手で孝宏の片耳を押さえつつ、もう片方を自身の胸に押し当てた。


「じっとしてて」


 ルイはそれだけ言うと、珍しく術式を声に出して唱えていた。もはや聞き取ることすら不可能な早口で、術が完成するまで三秒もあっただろうか。


「展開、固定。つなげ」


 ルイにしてはずいぶんと乱暴な呪文を唱えると、辺りは異様な空間に包まれた。

 空気が真綿にくるまれたかのように弾力を持ち、息苦しさなどはまったくないが変に酔ってしまう。
 音が軒並み遠く小さくなり、ルイの声は聞こえるが、それ以外の音は聞こえてこない。

 耳をふさいでいるとはいえ、孝宏は奇妙な感覚に捕らわれた。


 ルイは孝宏の耳から手を離すと、孝宏が火を操る時と同じように指を動かした。


 するとそれと、どう関連しているのか孝宏にはさっぱり理解できなかったが、男たちが一人、また一人と耳を押え、文字通りのたうち回り始めた。


(一体何が起きてるんだ?)


 カダンは相変わらず光の渦に呑みこまれたままで、孝宏は姿を確認できない。

 カダンのすさまじい魔力の放出は広範囲に及び、魔力の波は辺り一帯を海に沈めた。

 男たちは武器を置き、まるで何かに心を奪われかのように、恍惚と波に身をゆだね、しかしその一方で、海の底では荒々しく削り取らんばかりの渦が、男たちを一人、また一人と巻き取り、地面に沈めていく。

 苦しみもがく男たちとは正反対に、集団から離れ状況を見守っているカウルとマリーが、魔力の渦に捕らわれる様子はない。


「なんだ?これ、歌か?」


 ふと歌が聞こえてきた。

 そっと耳元を撫でるささやかな歌声は遠くに聞こえ、それがカダンの声だと初めは気付かなかった。

 次第にはっきりと聞こえてくる歌声は、得も言われぬ美しさで、孝宏は状況も忘れ歌声に聞き入った。

 歌声はスルリスルリと心の隙間に入り込み、思考を縛る歌声が次第に狂気へと変貌する。


(苦しい、頭が痛い、割れそうだ……)


 孝宏は両手で耳を力の限り押さえつけたが、まるで効果はなかった。グワングワンと頭の中で響く鐘の音が、鼓膜を突き破る壮絶な痛みとなり、孝宏を苦しめる。





「カダン止めろ!タカヒロには僕の魔法が効いていない!カダンの歌が聞こえてる!」



 そんなルイの言葉すら聞こえず、孝宏はその場で意識を失った。











「おぉーお…………すごいな。全員気を失ってる。………タカヒロもだけど」


「今のは何だったの?いきなり無音になったと思ったら、皆次々に倒れちゃった。カダン、あなた何をしたの?」


「…………」


「歌の破壊力はすさまじいね。さすがにん……ってとにかく、ココ片付けなきゃいけないかな。………面くさいな。僕はタカヒロの為に回復用の術式を馬車に書いてくる。最優先だよね」


「確かにこいつらしばらく目は覚まさないだろうな。けど、終わったらこっちも手伝えよ。周囲の確認もしなきゃいけないし、お前が役所に連絡に連絡するんだからな」


「え?何で僕が!?」


「お前しか通信具使えないだろ?」


「あっ……解ったよ。仕方ないなぁ」


「う……うう……」


「カダン?どうした?立てないのか?大丈夫か!?」


「まさか久しぶりに封印を解いたから?……ったく、面倒なことばっか」


「ルイ!何てこと言うの!?とにかく二人とも馬車に運びましょう。休ませなきゃ」


「……失言でした。ゴメン」


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