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夢に咲く花
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それから二日後、孝宏たちはソコトラ村を出た。
未確認の危険生物発生のために、一帯はすべて封鎖されており、街道に設けられた検問所は大変な混雑で容易に抜けられないらしい。
結局孝宏たちは正規のルートではない、山を越えていくことにした。
向かう先はここより東、王都への定期船が出ている町。そこから飛行船に乗って一度王都に向かう。
そこで人に会おうと言うのだ。相手はオウカの知り合いで、王立魔術研究所の所長。
提案したのはルイだった。
ナルミーの情報が正確なものか確かめるのはもちろんのこと、孝宏とマリーの力を相談できないかと言うのだ。
生前オウカがその人の話をしていたのを、ルイだけでなくカウルも覚えていたし、カダンもオウカから頼りになると言われ、一度だけ会ったことがあった。
カダンも会ってみる価値はあると言う。
マリーは二人がそう言うならと、孝宏も反対する理由がないと言い、多少の不安を抱えたまま了承したが、それにカウル一人が反対した。
ソコトラ村を出発した次の日の夜。
一晩を過ごすキャンプを張った森の中で、孝宏は暖を取る為、焚火に手をかざしていた。
腕に付けた銀発色の籠手が焚火の光を受け、淡い橙色に反射する。
両腕の籠手は身に着けているだけで体力を奪い、体を重く下へと沈ませる。
本当は横になり体を休ませたいがそうもいかず、重い体を無理やり動かしていた。
すぐ後ろには水が張られた桶と、脇には三対の木製の器と匙。孝宏が食事を済ませてもうずいぶんと経つ。
焚火に落とした視線を上げた先、焚火を挟んで向かい側。
先刻からカウルが息を荒くして、ルイと睨み合っている。
「やっぱり俺は反対だ。もう少し考えてからでも遅くないと思う」
カウルは声を荒げ言った。ルイがすかさず食って掛かる。
「いいや、それじゃあ遅い。今この時もあれは人を襲っているかもしれない。なるだけ早く何とかしないといけない!カウルは解っていない!」
「解ってないのはルイだろう?マリーやタカヒロの力の正体が解った所で、今すぐどうにかなるわけじゃない!それに凶鳥の兆しの情報と火種。それに母さんのノートも渡したんだ。今はそれで十分だ!」
「十分じゃないかも知れないじゃないか!マリーの力だってきっと必要だよ!」
「それは俺も解ってるけど、もっと考えてからの方が良いって言ってるんだ!」
「もう十分考えたじゃないか!マリーやタカヒロだって了承してくれている。これ以上何を考えろって言うんだよ!」
カウルとルイ。二人はかれこれ三十分近く、こうして言い争っている。
しかもこれが初めてではない。これまでも道のりで、二人の言い争いを何度聞いたかわからない。
ソコトラを出る前日、皆で話し合っている時も。村を出発した日の朝も。次の町に向かうこの道中、車に揺られながらも。こうして体を休めている今でさえも。二人はことあるごとに話しを蒸し返しては、言い争っていた。
「研究所で何かあったらどうするんだ!死人だって出てるんだぞ、あそこは!」
「昔はだろう?いつの時代の話をしてるんだよ?今は事故はぐっと減ってるし、死人だって出ていない」
「じゃあ、去年の事件は?あれは研究所での実験が原因だったじゃないか。マリーにそんな所で体を調べろって?冗談じゃない。お前自分のことじゃあないからって、適当なこと言ってるんじゃないのか?」
「ふざけたこと言うなよ。その事件の時の所長と、問題を起こした魔術師はとっくに処分になってる。僕が適当だって?適当なことを言ってるのは、カウルのほうじゃないか!皆で話し合って決めたのに、いつまでも文句言ってるなよな!」
「俺は納得してない!」
「カウルが納得してなくても、肝心の二人が了承してるんだ!これ以上つべこべ言うなよ!」
ああ言えばこう言う言葉の応酬は止まる所を知らず、同じネタで良くもこれだけ喧嘩ができるものだと、孝宏などは他人事のように関心すらしてしまう。
彼らの喧嘩の内容が、孝宏にとっても大切なのは重々に承知しているが、彼らが争うポイントが孝宏ではなくマリーなのは明らかで、孝宏の疲労は余計に増していた。
ただでさえ気分が滅入っているのに、このままではどうにかなってしまいそうだ。
孝宏は初め、アベルがしたようにするのだと思っていた。
あの時はとにかく苦しかったが、良く考えればそれは腹を殴られていた為だろうし、そうであれば特に反対する理由もない。
そう思っていたのに、二人の口論を聞けば聞くほど不安ばかりが募っていく。
孝宏はふと水場のある方を向いた。
黒い背景の中、ここより少し離れた場所で、ぼやっと光が灯っている。あそこでカダンを付き添いにして、ルイが作った簡易湯屋で、マリーが湯浴みをしているはずだ。
彼らに付いて行けば、少なくとも口論からは逃れられたのかもしれないが、初めから孝宏の中にその選択肢はない。
ソコトラでの口論以来、カダンとは言葉を交わしておらず、またそんな気になれずにいた。
何となくどうでも良くなってはいても、彼の顔を見る度に理不尽にぶつけられた怒りに対して、沸々と湧き出す感情をて持て余していた。
(わざと覗いたわけでもないのに、どうして俺があんな風に言われなきゃいけないんだよ?キスもまだで悪かったな!っクソ、ムカつくな)
半ば八つ当たり気味に、孝宏は二人に声を掛けた。
「二人とも良い加減して飯を食えよ。誰がその食器を片付けると思ってるんだ?それともマリーが戻ってくるまで続けるつもりか?って言うか、マリーの気を引きたいなら、こんな喧嘩よりも、もっとやり方あるだろうに。男の嫉妬はみっともないぞ」
しかし、どういっても口論を止めるつもりはないらしい。
孝宏をちらりとも気にせずに、二人ともすっかり冷えたスープと匙を握り締め、睨み合っている。
器の中身は一向に減らないし、口論はますます盛り上がるばかりだ。
「本当…………いい加減にしろよ……」
未確認の危険生物発生のために、一帯はすべて封鎖されており、街道に設けられた検問所は大変な混雑で容易に抜けられないらしい。
結局孝宏たちは正規のルートではない、山を越えていくことにした。
向かう先はここより東、王都への定期船が出ている町。そこから飛行船に乗って一度王都に向かう。
そこで人に会おうと言うのだ。相手はオウカの知り合いで、王立魔術研究所の所長。
提案したのはルイだった。
ナルミーの情報が正確なものか確かめるのはもちろんのこと、孝宏とマリーの力を相談できないかと言うのだ。
生前オウカがその人の話をしていたのを、ルイだけでなくカウルも覚えていたし、カダンもオウカから頼りになると言われ、一度だけ会ったことがあった。
カダンも会ってみる価値はあると言う。
マリーは二人がそう言うならと、孝宏も反対する理由がないと言い、多少の不安を抱えたまま了承したが、それにカウル一人が反対した。
ソコトラ村を出発した次の日の夜。
一晩を過ごすキャンプを張った森の中で、孝宏は暖を取る為、焚火に手をかざしていた。
腕に付けた銀発色の籠手が焚火の光を受け、淡い橙色に反射する。
両腕の籠手は身に着けているだけで体力を奪い、体を重く下へと沈ませる。
本当は横になり体を休ませたいがそうもいかず、重い体を無理やり動かしていた。
すぐ後ろには水が張られた桶と、脇には三対の木製の器と匙。孝宏が食事を済ませてもうずいぶんと経つ。
焚火に落とした視線を上げた先、焚火を挟んで向かい側。
先刻からカウルが息を荒くして、ルイと睨み合っている。
「やっぱり俺は反対だ。もう少し考えてからでも遅くないと思う」
カウルは声を荒げ言った。ルイがすかさず食って掛かる。
「いいや、それじゃあ遅い。今この時もあれは人を襲っているかもしれない。なるだけ早く何とかしないといけない!カウルは解っていない!」
「解ってないのはルイだろう?マリーやタカヒロの力の正体が解った所で、今すぐどうにかなるわけじゃない!それに凶鳥の兆しの情報と火種。それに母さんのノートも渡したんだ。今はそれで十分だ!」
「十分じゃないかも知れないじゃないか!マリーの力だってきっと必要だよ!」
「それは俺も解ってるけど、もっと考えてからの方が良いって言ってるんだ!」
「もう十分考えたじゃないか!マリーやタカヒロだって了承してくれている。これ以上何を考えろって言うんだよ!」
カウルとルイ。二人はかれこれ三十分近く、こうして言い争っている。
しかもこれが初めてではない。これまでも道のりで、二人の言い争いを何度聞いたかわからない。
ソコトラを出る前日、皆で話し合っている時も。村を出発した日の朝も。次の町に向かうこの道中、車に揺られながらも。こうして体を休めている今でさえも。二人はことあるごとに話しを蒸し返しては、言い争っていた。
「研究所で何かあったらどうするんだ!死人だって出てるんだぞ、あそこは!」
「昔はだろう?いつの時代の話をしてるんだよ?今は事故はぐっと減ってるし、死人だって出ていない」
「じゃあ、去年の事件は?あれは研究所での実験が原因だったじゃないか。マリーにそんな所で体を調べろって?冗談じゃない。お前自分のことじゃあないからって、適当なこと言ってるんじゃないのか?」
「ふざけたこと言うなよ。その事件の時の所長と、問題を起こした魔術師はとっくに処分になってる。僕が適当だって?適当なことを言ってるのは、カウルのほうじゃないか!皆で話し合って決めたのに、いつまでも文句言ってるなよな!」
「俺は納得してない!」
「カウルが納得してなくても、肝心の二人が了承してるんだ!これ以上つべこべ言うなよ!」
ああ言えばこう言う言葉の応酬は止まる所を知らず、同じネタで良くもこれだけ喧嘩ができるものだと、孝宏などは他人事のように関心すらしてしまう。
彼らの喧嘩の内容が、孝宏にとっても大切なのは重々に承知しているが、彼らが争うポイントが孝宏ではなくマリーなのは明らかで、孝宏の疲労は余計に増していた。
ただでさえ気分が滅入っているのに、このままではどうにかなってしまいそうだ。
孝宏は初め、アベルがしたようにするのだと思っていた。
あの時はとにかく苦しかったが、良く考えればそれは腹を殴られていた為だろうし、そうであれば特に反対する理由もない。
そう思っていたのに、二人の口論を聞けば聞くほど不安ばかりが募っていく。
孝宏はふと水場のある方を向いた。
黒い背景の中、ここより少し離れた場所で、ぼやっと光が灯っている。あそこでカダンを付き添いにして、ルイが作った簡易湯屋で、マリーが湯浴みをしているはずだ。
彼らに付いて行けば、少なくとも口論からは逃れられたのかもしれないが、初めから孝宏の中にその選択肢はない。
ソコトラでの口論以来、カダンとは言葉を交わしておらず、またそんな気になれずにいた。
何となくどうでも良くなってはいても、彼の顔を見る度に理不尽にぶつけられた怒りに対して、沸々と湧き出す感情をて持て余していた。
(わざと覗いたわけでもないのに、どうして俺があんな風に言われなきゃいけないんだよ?キスもまだで悪かったな!っクソ、ムカつくな)
半ば八つ当たり気味に、孝宏は二人に声を掛けた。
「二人とも良い加減して飯を食えよ。誰がその食器を片付けると思ってるんだ?それともマリーが戻ってくるまで続けるつもりか?って言うか、マリーの気を引きたいなら、こんな喧嘩よりも、もっとやり方あるだろうに。男の嫉妬はみっともないぞ」
しかし、どういっても口論を止めるつもりはないらしい。
孝宏をちらりとも気にせずに、二人ともすっかり冷えたスープと匙を握り締め、睨み合っている。
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