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夢に咲く花

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 牛がすっかり寝入っているのを確認して、カダンもようやくロープを離した。牛を気遣い様子を見ているカウルにロープを託し、カダンは車の御者席のある方へ回り込んだ。

 誰も付いて来てはいない。

 一人きりなのを確認すると、カダンは御者席の横、幌の上から木枠に額を押し当て、ぎゅっときつく目をつむる。


「一体どうしたら良いんだよ」


 鉛のように重いそれを吐き出せず、ずっと胸の奥に抱えたまま、苛立ちばかりが募っていく。


「このままじゃあ、次は……」

 
 不意に車が揺れ、マリーの慌てた声と孝宏の苦しそうな声が聞こえてきた。立ち上がろうとした孝宏が車にぶつかったようだ。


 カダンは顔を上げ、孝宏とマリーがいるであろう方向を向いた。もちろん車が透けるはずもなく、見えるのは車に張られた幌と御者席から見える車内。

 車が牛に揺すぶられたおかげて、一か所にまとめられていた荷物が、今は散乱している。

 ふとオウカのノートが目に入り、カダンの心臓は跳ね上がる。

 運よく手が届く位置にある。焦って緊張する手でノートを取る。


「オウカさんならきっと、何かを残してくれているかもしれない」


 。期待が膨らむ。


 表紙を捲り、ノートの一番初めのページに目を落とし、カダンはにやりと笑った。








 孝宏は腹にある痣を摩った。熱と息苦しさが一瞬にしてなくなり、まるで、それまでの出来事が全部嘘のようだ。


(あれ?………………嘘だろ?何ともない?)


 苦しい時間はそれほど長くなかった様に思える。


(まったく痛くねえ。どうなってるんだ?)


「タカヒロ?もう大丈夫なの?」


 マリーの手が恐る恐る孝宏の額に触れた。


 冬だと言うのに孝宏は額を汗を掻き、首筋を流れ落ちる汗がシャツを濡らす。すっかり熱が引いた今は、逆に寒いくらいだ。体が震える。


 大丈夫……きちんと声に出したつもりが、擦れてきちんと音にならない。


「ルイ、これにこの魔法を掘ってくれない?できたら今すぐ」


 気が付くと、カダンがオウカのノートと銀色の細長い一対の筒を持って、ルイの傍に立っていた。

 細長い筒は籠手だろうか。それにはすでに術式が彫られ、芸術的な文様が籠手を飾っている。


「その籠手に、魔法を彫るの?祖父さんの魔法を消すのは何だか勿体ないな。一体どうしてさ?」


 自分でそう尋ねたのにもかからわず、カダンが持つノートを見て、ルイはすぐに納得して頷いた。カダンも説明する気はないらしい。ルイに開いたノート手渡し、自分は一対の籠手を弄ぶ。

 
「ふぅん、タカヒロ用にか。でも僕はもう少し軽めのでも良いと思うけど。だって、これじゃあ体への負担も大きいよ」


「孝宏は勇者何だし、平気だろう。それに仕方ないじゃないか。何かあってからでは遅いんだ。力を制御できていないのなら、使わせないのが一番だ」


 カダンの容赦のない物言いが、疲労ではっきりしない孝宏でも、だからこそだろう、軽い衝撃を覚えた。

 言葉の意味を考えようして、軽い眩暈を覚え、孝宏は側頭部を片手で押さえた。だが同時に忘れかけていた感情が沸々と湧きあがる。

 見下ろすカダンの険しい視線が、未だ蹲ったままの孝宏に注がれている。カダンはいよいよ不機嫌に言った。


「着けてもらうから。嫌なら、制御できるようになってよね」


 孝宏の中で何かが弾けた。寒さも震えも消え失せて、腹の奥で炎が静かに湧きあがる。


『なんかすげぇ、むかつく』


 孝宏はカダンが理解できないの理解した上で、敢えて日本語で言った。カダンの方は言葉のニュアンスや孝宏の表情から、良い言葉でないのは理解したのだろう。言葉が僅かに怒気を帯びる。


「今何て言ったの?俺に直接言えない内容?」


「別に……解ったって言っただけ」


「それ、絶対違うだろう。面と向かって言わないなんて男らしくないな」


「余計なお世話だ」


 孝宏はフンと鼻で笑った。


「分からないのが嫌なら、日本語勉強したら良いんだよ」


 カダンは何も言い返さず、舌打ちして、どこかに行ってしまった。



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