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夢に咲く花
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しおりを挟むソコトラ村の西に広がる森の奥。五分ほど歩いた場所に、大きな川が流れていた。
その川の一角に、巨大ないくつかの石で仕切られた、割と広い場所があった。
冷水の流れる川であるが、その場所だけは白い湯気が立ち上っている。
孝宏は脱いだ服を畳んで、濡れないよう石の上に置いた。身に着けているのは、大事な部分を隠す一枚のみ。
足の先からゆっくりと湯に入ったが若干深い。孝宏は周囲に転がっていた、大きく平らな石を取りお湯に沈めた。
「はああああああ、すっげぇ気持ちいい……」
石の上に座っていると、お湯の高さがちょうど良い。お湯に胸まで浸かり、両肘を温泉の淵に乗せた。
川の水と湧いた源泉が混ざり合い丁度良い加減だ。
場所によっても深さが違うようだし、ほとんど自然のままの温泉だろう。石で囲ったのは、ソコトラ村の人たちだろうか。
孝宏が温泉に浸かりゆったりとしている、その様子を物陰から見る目があった。茂みから隠れるように息を潜める。
「何してるの?」
突然声を掛けられ、ルイはビクッとし、茂みから顔を出した。
背後ではカダンが腕を組み、ルイを見下ろしている。
「これは後学の為に、見ておこうかと思ってだけであって、消して覗きとかそんなんじゃないし、そもそも見たいと言い出したのはマリーであって、僕じゃないん……」
「マリーはいないけど?」
「はぁあ!?」
確かに、ルイの隣にマリーはいない。
ルイは本当に気が付いていなかったらしい。自身の隣を見て口を開いたまま固まってしまった。
それというのも、これでは本当にただの覗きにしかみえないからだし、しかも相手は孝宏だ。
カダンは思わず、肩を震わせ笑った。一応は堪えようとしているのか、口元を隠しているが、ただそれだけだ。
「本当に、マリーが……」
「良いよ、分かっているから」
「あ、そう?」
ただ揶揄われただけと知ると、ルイも一応落ち着きを取り戻し、周囲を見渡した。
このあたりは冬でも葉の落ちない木も多く、生い茂る木々以外は何もない。
しかし、川の近くのこの辺りは、木々も密集しているわけでもないから、それなりに光も入るが、鳥の鳴き声以外は生き物の姿はなく、やはりマリーの姿も見当たらない。
「でも、あまり見られたくないから、馬車に戻ってくれると嬉しいな」
「わかったよ。マリーは?」
自分を揶揄ったのなら、おそらくカダンはマリーを見ているはずだ。ルイは当然のようにカダンに尋ねた。
カダンが自身の背後を、肩越しに親指で刺す。
少し離れた場所に、一際太い幹の木があった。ルイは肩を竦めて頷く。
「あ、そうだ……」
去り際、ルイはある事を思い出し立ち止まった。
「何?」
カダンが首を傾げる。
ルイはカダンの耳元に顔を寄せて、マリーに聞こえない様、小声で言った。
「そういえば、ずっと思ってたんだけどさ」
「うん」
「あの三人にさ」
「うん」
「カダンが本当はさ……女……だって言わないの?」
「あ゛?」
カダンがルイをギロリと睨んだ。声は一際低く、明らかに不機嫌さを隠さないカダンに、ルイは平気なフリをして、お道化る。
「こっわ。いや、僕らは言わないよ?言わないけどさ。黙ったままって良くないと思うんだ」
「だからって、性別は関係ないし、わざわざ言わなくても……」
「僕は変な所から、変な知識を入れられる方が、怖いと思うけどな」
ルイの言い分はもっともだと、思ったからこそ、カダンも反論できなかった。
黙るカダンに対して、ルイが畳みかける。
「初めに全部言って、正しい知識を与えておかないと、変な誤解を生むと思う。それにだよ。孝宏はともかく、マリーとスズキは、僕の魔法で世間の常識とかある程度、頭に入れてるわけだし、カダンが人魚だって知ったら、その内思い出すと思うんだ。その時にどうして黙ってたって、聞かれたら……何て答えるつもりなのさ」
「その時は……全部正直に話すよ。怖かったって……それで良いだろ?」
「僕はカダンが誤解されるのが嫌なんだ」
神妙な面持ちで言ったルイに対し、カダンはニヤリと、意味ありげに笑みを浮かべた。
「マリーを取られるのが嫌……の間違いじゃないくて?」
図星だったのか、ルイは顔を真っ赤にして、口をパクパクさせた。カダンが腕を組み、見下ろすような仕草をする。
「べ………………帰る!」
カダンはルイが車を止めている方へ歩いていくのを確認してから、茂みから、孝宏の待つ温泉へ出て行った。
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