上 下
73 / 180
冬に咲く花

70

しおりを挟む


 凶鳥の兆しの火は一晩をかけてすべてを焼き尽くし、崩れ残っていた外壁さえも、細かな石と砕けてしまった。

 残されたのは黒く焼けた広い大地と、それを眺めるだけの人々。


 ルイが目を覚ましたのは、そんなすべてが終わった、更にその翌日だった。


 地面に一枚敷いただけの寝床に、他の兵士たちと一緒のテントの中。

 カウルが傍で付き添っていた。


「ルイ、目を覚ましたのか。良かった」


 両腕と胸から上、口までを包帯で巻かれたルイは喋らない。

 無言で立とうとすると、カウルがさっと手を差し出した。


「外を見たらお前、きっと驚くぞ」


 ルイはカウルに支えられテントの外に出た。


「あれは……雪?」


 包帯の下でルイがくぐもった声を出した。


 数日前まで村であった大地は、今は黒いシミ一つない白化粧へと変わっていた。


 冬とはいえ、この地方では雪が積もるのは年に一回あるかどうか。どれだけ寒くても、雪が積もるのは珍しかった。

 困惑するルイを、カウルはそれが良く見えるよう、近くまで連れて行った。

 近づいても白い大地は変わらない。

 しかし、それは真冬の雪ではなく、小さな白い花だった。

 小さな白い花はどこまでも大地を覆い、一面を白に染め上げていた。


 ルイは自分が見ている光景が信じられず首を横に振った。


「これじゃないか。まだ咲く時期じゃない。何だって真冬に?それに、村が跡形もないなんて……」


「驚いたろ。昨日は気配すらなかったのに、今朝起きたらこうなってた。村は……あの後色々あって…………全部燃えちまった」



 カウルはルイが倒れた後何が起こったのか、できるだけ細かく伝えた。


 化け物に襲われ、皆が戦ったこと。

 村を壁で覆い、化け物を閉じ込め燃やしたこと。

 それは一晩中燃えていたこと。

 実は孝宏は村が襲われると知っていたこと。

 それを誰にも言わなかったこと。

 孝宏自身に起こったすべてのこと。

 さらには、孝宏が異世界に帰る方法を、探したいと言ったこと。

 だから最後まで、付き合えないかもしれないこと。

 そして、彼が泣きながらすべてを告白したこと。



 ルイは目に涙を浮かべ、黙って聞いていた。



「話を聞いていたらさ、だんだん腹が立ってきて。だけど、俺が何に対して怒っているのか、自分の事なのによくわからないんだ。ただ……ただ思うのは…………あんな話聞かなければよかったって」


 カウルの声が、心なしか震えている。ルイがカウルの手を握って言った。


「ああ、本当にそうだ……聞かなきゃよかったよ」


 白い大地からは壮絶な戦いどころか、かつて村があったことすら想像できない。

 二人だけではない。何人もの村人が、見渡す限りの白花の絨毯に見入っていた。


「いつもこの花が咲いたら、祭りが始まるんだがなぁ」


 隣で一人座り込む、初老の男が言った。

 するとその前方で遊んでいた、幼い兄妹が嬉しそうに男に尋ねた。


「お祭りがあるの?いつ?」


「今年は無理だろうねぇ」


 困って言葉を濁そうとする男の代わりに、傍で見ていた見知らぬ若い女が答えた。

 幼い兄妹を優しく抱きしめると、しょうがないよね、と呟く。


「そういや、毎年楽しみにしてたな。祭りの屋台」


 ルイが幼い頃の記憶に酔い、目を閉じた。


「ああ、結構美味かったよな、あの花酒。子供は一杯だけなのにおかわりが欲しくて、こっそり買って怒られた。覚えてるか?」


 ルイが目を開くと、カウルと目が合い、自然と笑みが零れた。


「覚えてる。父さんの分だって言って、嘘ついて買ったよな。そして祭りの最後は広場の大きい松明囲んで、必ず歌うんだよ。ああ、でもしばらく歌ってないや」


「何って歌だったろう?変わった題名だったような。え……と……」


「コレーの娘だよ。お兄ちゃん達知らないなら、私が教えてあげる」


 そう言ったのは、まだ小さい女の子だった。いつの間にか二人の側に立っていて、小さな手でカウルのズボンを掴んでいる。


「歌えるのか?」


 ルイが言った。


 少女はえへんと咳払いをし、背筋をしゃんと伸ばし口を大きく開いた。


「とーとーぉさーまーぁうーちーへー かーえぇえってぇおーいーでー」


 少女の声は甲高く、とても澄んでいた。それに幼い兄妹の伸びやかな歌声が加わり、カウルとルイが続いた。


「かかさまおんもへよんどいでーはーあぁなーがぁさーいーたーむーすーめーよぉおーいーでー」


 聞きなれた歌に周囲の人々は拍子をとり、同調して歌いだした。


 歌はこだまとなり、春告草の広がる大地に響き渡った。





父様家へ帰っておいで


母様おんもへ呼んどいで


花が咲いた


娘よおいで


母様おんもへ呼んどいで


春が来たよと呼んどいで





花が咲いた


風よ歌え


春の娘が帰ってくる


伝えておくれ


風よ歌え


女神さまが目を覚まし


実りの季節が蘇る










第一章『冬に咲く花』完

   



      第二章『夢に咲く花』へ続く
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

おいでませ異世界!アラフォーのオッサンが異世界の主神の気まぐれで異世界へ。

ゴンべえ
ファンタジー
独身生活を謳歌していた井手口孝介は異世界の主神リュシーファの出来心で個人的に恥ずかしい死を遂げた。 全面的な非を認めて謝罪するリュシーファによって異世界転生したエルロンド(井手口孝介)は伯爵家の五男として生まれ変わる。 もちろん負い目を感じるリュシーファに様々な要求を通した上で。 貴族に転生した井手口孝介はエルロンドとして新たな人生を歩み、現代の知識を用いて異世界に様々な改革をもたらす!かもしれない。 思いつきで適当に書いてます。 不定期更新です。

史上最強魔導士の弟子になった私は、魔導の道を極めます

白い彗星
ファンタジー
魔力の溢れる世界。記憶を失った少女は最強魔導士に弟子入り! いずれ師匠を超える魔導士になると豪語する少女は、魔導を極めるため魔導学園へと入学する。しかし、平穏な学園生活を望む彼女の気持ちとは裏腹に様々な事件に巻き込まれて…!? 初めて出会う種族、友達、そして転生者。 思わぬ出会いの数々が、彼女を高みへと導いていく。 その中で明かされていく、少女の謎とは……そして、彼女は師匠をも超える魔導士に、なれるのか!? 最強の魔導士を目指す少女の、青春学園ファンタジーここに開幕! 毎日更新中です。 小説家になろう、ノベルピア、カクヨムでも連載しています!

夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話

束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。 クライヴには想い人がいるという噂があった。 それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。 晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。

退屈な人生を歩んでいたおっさんが異世界に飛ばされるも無自覚チートで無双しながらネットショッピングしたり奴隷を買ったりする話

菊池 快晴
ファンタジー
無難に生きて、真面目に勉強して、最悪なブラック企業に就職した男、君内志賀(45歳)。 そんな人生を歩んできたおっさんだったが、異世界に転生してチートを授かる。 超成熟、四大魔法、召喚術、剣術、魔力、どれをとっても異世界最高峰。 極めつけは異世界にいながら元の世界の『ネットショッピング』まで。 生真面目で不器用、そんなおっさんが、奴隷幼女を即購入!? これは、無自覚チートで無双する真面目なおっさんが、元の世界のネットショッピングを楽しみつつ、奴隷少女と異世界をマイペースに旅するほんわか物語です。

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。

千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。 気付いたら、異世界に転生していた。 なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!? 物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です! ※この話は小説家になろう様へも掲載しています

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

処理中です...