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冬に咲く花

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 男は魔術師が孝宏をしっかり抱き支えるのを見届けると、自身も壁に手をかけたものの、壁に寄りかかるようにして前方に倒れ込んだ。


 数秒間は堪えたが次第に体が沈み、手を離し、ついには膝を地面に付けた。


「はや、早く助けないと!」


「もう駄目だ。放っておけ!」


 魔術師に抱えられたままの孝宏が、痛む腹を捩って手を伸ばしたが、魔術師は冷酷とも取れる態度でそれを制した。

 周囲を見渡しても助けようとする者は誰一人としておらず、それどころか、一人、また一人と塀の向こうへ消えていく。

 孝宏を下で受け止める為だ。


「今なら助かるかもしれないじゃないか!何でだよ!?」


「あれではしばらく動けないだろう。しばらく休めば回復もするだろうが、火の中では……」


「だから早く引き上げろって!」


 言葉を濁す魔術師に、孝宏の苛立ちも最高潮になり、体が痛むのも忘れて声を荒げ怒鳴った。

 魔術師は不確かなことだがと前置きをしてから、視線の孝宏から反らし言った。


「あんたの火は魔法を不安定にさせる。我々だって何度も試したが、魔法が消えるんだ。あんたを引き上げた時も、そうだった。おそらくあんたの火か、あんた自身が魔法を不安定させる要素を持っている。だからと言って、あの巨体を力で引き上げるのは無理だ。彼を引き上げられるのなら、とっくにしている。仲間なのだからな」


「…………」


 孝宏は言葉を失った。


 今度こそ誰かを助けたいと思い、怖くとも逃げ出したくても止まったと言うのに、その誰かを殺すのは化け物ではなく、自身の火だった。チリチリ腹の奥で火花が散る。


(ああ、これは不味い)


 解ってもどうにもならなかった。悲しくて悔しくて情けなくて。理性は片隅に追いやられ、孝宏は感情の波を制御できなくなっていた。

 弾ける火は一つ二つと増えていき、そう時間を空けず、腹の表面で大きく弾けた。


 孝宏は正気でなかった。なので、腹からはじけ飛んだ火を見ても、魔術師が逃げるまで状況を理解出来ずにいた。

 壁は熱さが2メートルほどの厚さで、魔術師が慌てて孝宏から距離を取っても、転がり落ちる事故は起きなかった。


「と、止めなきゃ」


 とはいえ火を制御しようとしても、どうしてか、これまで自分がどうやって操っていたのか、やはりまったく思い出せなかった。

 周囲を見やったが、魔術師たちは火を止めるよう言うばかりで、助けにはならなさそうだ。

 火は徐々に勢いを増し、数分も経たずに孝宏を丸ごと飲み込んでしまうだろう。

 止められないのなら、ここから離れ人気の少ないところで、やり過ごすしかない。周囲を巻き込んでしまってからでは遅いのだ。


 孝宏は足を立て、手を付いて支えながら立ち上がった。力が入らず足が震え、しゃがみそうなるのを、太ももを拳で打ち叱咤した。


 左に一人、右に三人。壁の上では魔術師が孝宏を遠巻きに見ている。もちろん壁の下では多くの兵士や魔術師が、いつ落ちてきても良いように、衝撃を和らげるための幕を張っている。


 つまり人気がないのは前方の、壁の中だけになる。


 壁の下から心配そうに見上げるカダンと目が合った。

 彼との間に何かあった訳ではないが、すぐに目を反らしたのは、何故か気まずく思ったからだ。


 彼は自分を勇者と信じて疑わなかったから、あるいは責任を感じていたのか知れない。


 孝宏は腹の痣を服の上から手で押さえたが、火は小さな爆発を繰り返し、止めどなく溢れてくる。


(やっぱり止まらない……)


 孝宏は一歩前に踏み出した。


 壁の向こうは化け物と火の海。オレンジ色の劫火の中で、黒い蟻のような化け物が、踊り狂っている。だが人はいない。

 この時孝宏が冷静であったら、その場に止まり、落ち着くのを待っただろう。

 しかし自分の為に人が死んだと思い詰めているこの時の彼は、正常な判断力を失っていた。

 行動こそ痛みからゆっくりだったが、頭の中はパニックに陥っていた。

 この場を離れないと次の犠牲者が出るかもしれない、そんな考えばかりが彼を支配し、その先どうなるかなど考えてもいなかった。


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