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冬に咲く花

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出来れば一瞬の内に終わって欲しい。苦しみもがくのだけはごめんだ。


「ぐっ……」


 孝宏は覚悟を決めて身構えた。

 だが、いつまでたっても初めの一撃が来ない。その代わり重い物が落ちる音と、うめき声が降って来た。


 孝宏が恐る恐る目を開くと、そこには、男が孝宏と巨大蟻の間に立ちはだかっていた。


 男の太ももに、腹に、胸に、巨大蟻の牙が食い込み、新たに血が流れる。

 巨大蟻が顎を緩める事なく身を捩らせ、男の血肉を引きちぎろうとする度、血しぶきが飛び、孝宏にも降りかかった。

 孝宏は顔の血をいくらか指で拭っただけで、呆然と男を見上げた。



 完全に孝宏の許容を超えていた。



 感情が現状に追い付かず、逃げることも戦うこともせずに、地面をたたき続ける。

 その行動に意味はない。

 ただただ何かをしなければならないと気持ちばかりが急いていた。


「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 男の脇をすり抜けて、孝宏に牙を向かんとした化け物を、男は無事だった方の太ももの裏で押さえつけた。

 孝宏が見上げると、そこにいたのは覚悟を決めた男の顔だった。


「俺だって魔人の端くれだ。体を大きくするなんて訳ないさ」


 その言葉は男が魔術を使う為の媒介だった。

 男の体はメキメキ音を立てて膨れ上がり、皮膚は固く熱を帯びていく。

 その度に男は呻き、全身を捩り、襲ってくる巨大蟻を殴り飛ばしたが、それはどちらかというと、ただただ苦しくてもがいているようにも見えた。

 ようやく大人しくなった頃には、男の背丈は壁に迫り、巨木を連想させる程に分厚い胸は、鎧など簡単に砕いてしまった。

 表面を血管が縦横無尽に走り、充血した目から溢れているのは、涙ではなく鮮血。


「あ、あ、あ……大丈……」


 無事であるはずがないと思った。


 自分を助ける為に無理をしているのだと解っても、何もできず、あまつさえ手を伸ばしたものの、恐ろしくて触れることすらできない。

 孝宏は情けなくて自分を叱咤するも、手が震えるばかりで動させない。


 男はただひたすらに、襲い掛かる巨大蟻を引きちぎっては投げ、踏みつけては投げた。

 火は確実に巨大蟻たちを次々と飲み込み広がっているのに、一向に減る様子がない。

 それどころか増えている気さえする。

 そしてその中心は、集まってくる巨大蟻と男もろとも、ますます燃え上がっていった。


「あ!あんた、止めろ!」


 孝宏は叫んだ。

 凶鳥の兆しの火は孝宏を焼かなくとも、化け物の骸を、孝宏以外を燃やし飲み込んでいく。

 孝宏が操りでもしない限り、例外なくだ。

 男の下半身もすでに火に飲まれている。


「早く上に避難しないと!火が……このままじゃ死ぬぞ!」
 

 孝宏は男の太ももにすがって、男を止めようとした。

 両腕で揺すって男に合図を送り叫ぶが、男はまるで気に止めず、下を向こうともしない。それどころか煩わしそうに、足を壁に向けて蹴りだした。


 男にとっては、コバエを追い払う程度の感覚だったのかもしれないが、孝宏は男の足と壁とに挟まれ、大きく脳を揺すぶられた。視界が歪む。

 まともに立つどころか、背中を壁にぶつけた時の態勢のまま、ずり落ちて地面にうずくまる。

 数分前までそこにあったはずの化け物の死体はすでに、外装が溶け、僅かにカケラが残るばかりだ。


「はぁっはっはぁっはぁっ……」


 息を吸おうとすると腹と痛み、まとも息さえできず、短く小刻みに息を吐き出した。


「やめったすっ……て……はやく……げな……」


 嗚咽が漏れ、止めどなく溢れる涙が、地面にたどり着く前に蒸発して消える。

 孝宏は自分でも何を言っているのか、よく解らなくなっていた。

 痛いのと苦しいのが同時に襲ってきて、錯乱している。

 その時頭上で陰る物があり、何も見ずに霧中で掃った。

 分厚いゴム、まるで車のタイヤを思わせるそれは、孝宏の顔面を覆ってもなお余る、男の巨大な掌だった。

 男は何も喋らなかった。

 無言で孝宏の首を支えながら起こすと、膝の裏にも手を差し込み、そっと持ち上げた。


 そのまま高く掲げ、壁の上で待機していた魔術師たちに手渡した。























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